一家の団欒 Ⅱ
※注※ 本日二話目です
「正直に言うと、あなたにVtuberを勧めたとは言え、これ程までのモノになるとは思っていなかったわ」
夕飯の時間になって呼ばれたのでリビングへ。
ピアノを弾いていたせいで気付かなかったけれど、ユズ姉さんはすでにウチに到着していたらしく、着席するとほぼ同時にそんな言葉をかけられた。
「それに……なんというか、垢抜けたわね」
「ユズ姉さんのおかげだよ。色々と変わらなきゃって思えるように背中を押してくれたもの」
「そうだったらいいけど……はあ。こうなってくると変わって良かったのか変わらない方が良かったのか、判断に迷うわね……」
解せぬ。
そこは素直に喜んでくれてもいいじゃない。
「今日やって来た用件は幾つかあるわ。姉さん、今度の撮影のこと、もう伝えたの?」
「えっと~……、凛音ちゃん? 私、撮影のこと言ったかしら?」
「撮影? 長期撮影になるの?」
「えぇ、一ヶ月ぐらい海外で撮影があるのよね~。それで、今まではお手伝いさんを呼んでたんだけど、ほら、凛音ちゃんも高校生になったし、それにVtuberになって身バレを隠したいっていうのもあるだろうし、他の人をあまり入れたくないんじゃない?」
「ん、まぁあんまりね。一人でご飯とかやれってことなら大丈夫だよ」
お母さんが長期でロケに出てしまうと、当然ながら私は一人きりになってしまう。
そういう時はだいたいお手伝いさんを雇って家の事をしてもらってきたのだけれど、私も高校生になったし、そういうお手伝いさんを入れないようにしようと考えているらしい。
ちなみに前世の記憶を取り戻すまでは、基本的にそういうお手伝いさんがやって来ても扉越しに話した事ぐらいしかない。
……ふむ。
料理とかはした事なかったけれど、これを機にやってみようかな。
なんでも出前とかにしてしまうのもどうかと思うし。
「姉さんがいない間は私ができるだけこっちに帰ってくるつもりよ」
「……それ、ユズ姉さんが死ぬんじゃない?」
「…………だ、大丈夫、よ……」
ハッキリ言って、Vのマネージャーは大変だと思う。
特にユズ姉さんはジェムプロの一期生の統括マネージャーであり、会社の中でもかなりの上役に当たる。元々はお母さんのマネージメントで色々と勉強していた過去があって、ジェムプロを立ち上げる際から尽力してきたという話だったはず。
何かがあって突然呼ばれる、なんて姿を見ているだけに、あまり無理にこちらに来るのも大変だろうとは思っていたけれど……案の定、目が泳いでいた。
ウチは都心からそう離れてはいないと言っても、車でも電車でも一時間ぐらいはかかる場所にある。
万が一の際に迅速に動かなくちゃいけない立場として、極力すぐに出社できるようにという理由で一緒に暮らしていなかった訳だし。
「えっと、ユズ姉さん。無理しないでね。来てくれるのは嬉しいけど、週に一回ぐらいでいいからね?」
「……せ、せめて半分……」
「そうやって現実的じゃない、無理をしたらできるっていう範囲を提示するの、ユズの悪い癖よ~?」
「うぐ……」
うん、前世の私の部下にもいたね、そういうタイプ。
自分が無理をすればできる範囲を受けてしまうものだから、そこにイレギュラーが重なってしまうと凄まじく忙しくなってしまう。
やる気があって能力もあるからそうやってしまう方がある意味では楽なのだけれど、それをやり続ける限り、本人が苦しくなって、周りもその人がいれば大丈夫だからと成長も止まってしまって、あまりよろしくない方向に進んでしまったりする。そういう人に限って貧乏くじを引いてしまうのだ。
じとりと見つめてくるお母さんの視線に負けてしまったのか、ユズ姉さんは徐々に肩身を狭くさせて、やがてため息を吐いた。
「……分かったわ。そうさせてもらうわね」
「ふふ、ありがとうね、ユズ」
不貞腐れるように視線を逸らしたままのユズ姉さんと、にっこりと微笑むお母さんの力関係は、まぁ見ての通り。お母さんには勝てないね、ユズ姉さんも。
「それより、凛音ちゃん。あなた、収益化の申請はした?」
「収益化?」
「えぇ。頭からすっかり抜けているようだけれど、あなたのチャンネルはもう収益化が申請できる程度には登録者も再生時間も伸びているわ」
「あー、そういえばそうだったね」
「未成年だから保護者の承認も必要だし、その事もあって今日はこっちに来たのよ。姉さん、いいわよね?」
「えぇ、もちろん。凛音ちゃんも自分でお金を稼げるようになっておくに越した事はないものね」
「ありがと、お母さん。ユズ姉さんもありがとうね、助かる」
うん、すっかり私も頭から抜け落ちてた。
というより、お母さんが必要なものも買ってくれているし、前世でも魔王っていう立場になってから自分でお金を稼ぐっていうのが頭になかったせいか、すっかりと。
でも、これからは自分でお金を稼ぐ事もできるんだね。
なるほど、色々とやれる事も増えそうだ。
「元々この業界に引っ張り込んだのは私だもの、これぐらいは、ね。まあ、予想していない早さでこんな話になっちゃったから、正直に言うと驚かされているけど……」
「あはは……。私もここまでになるとは思ってなかったけどね」
「まったく、今からでもあなたをジェムプロに引き込みたいぐらいよ。とは言え、ジェムプロじゃあなたのやり方はできなかったかもしれないけどね。過激過ぎて、箱として許容できないわ」
「まあ、箱所属だったらそうだろうね。あ、そういえばエフィールさんは大丈夫なの?」
私のやり方ができないとなると、当然エフィールさんが私を支持すると表明してしまったのは多少なりとも問題になるはず。
そう思って問いかけると、ユズ姉さんは苦笑を浮かべた。
「エフィに関しては大丈夫よ。というより、ウチの箱としては明言こそしていないけれど、あなたのやり方は批難するようなものではないというのが圧倒的多数の意見ね」
「へえ、意外」
「あら、ユズが何か周りに手を回してくれたの?」
「そうじゃないわ。単純に、この子の――ヴェルチェラ・メリシスの言葉には聞いた者の心を強く惹き込む力がある。斜に構えて他人を罵倒したり馬鹿にしている訳じゃないと、この子の言葉を聞くと誰もがそう理解する。そう感じさせるカリスマ性が確かにあるもの。だから炎上しきらないのよ。なにせあなたのあの発言は多くの人が心を震わせている。モノロジーを見れば分かると思うけれど、それだけの説得力があったのよ。そのカリスマ性は姉さんの血ね」
「ふふーん、私がお腹を痛めて産んだ子ですもの」
お母さん、得意げである。
まあでも、ただの女子高生で、前世の記憶――それも魔王であった記憶なんてものがなかったら、まず間違いなくこうはなっていなかったはず。
その正当性というか、根拠になるものがあると思われるなら、その方が私にとっては都合がいい。
さすがにもしもお母さんが一般人で私が今の有様だったとしたら……ユズ姉さん、私を二重人格か精神的な何かが問題だと思ったんじゃないだろうか。
まあ何より、人間であり、かつ四十年という時間すら生きていないお母さんが短い人生で培ってきたという方が私にとっては凄まじいと思うけど。
何せお母さんは前世の私の二十分の一も生きていないのに、そう思わせているという事なのだから。
普段はのほほんとしているのに……芸能界、恐ろしいところだ。
「それより、凛音ちゃん」
「ん?」
「あなた、コラボとかやるような準備ってできてるかしら? もしまだなら、『Connect』っていう無料のVCツールがあるから、それでヴェルチェラ・メリシスの専用アカウントとか作ってもらえる?」
「いいけど……なんでコラボ?」
「……表立って大々的にやるかどうかはともかく、やりたいって声が上がっているのよ」
「え、私と?」
「えぇ」
「誰が?」
「……エフィを筆頭に、ウチの子の何名かからよ」
…………え?
「……正気?」
「自分で言わないの」
だって、私って結構な破天荒ぶりというか。
ただでさえ箱に所属しにくいような注目のされ方をしているし、それを抑えていくような気配すら見せていないのに、なんで私とコラボしたいなんて発想が出てくるの?
数字だって全然違うし。
これらを考えれば、普通に正気を疑うのが妥当じゃない?
ライバーとして考えたら、今の状態で私とコラボなんて、起爆剤どころかC4抱えてるようなものだよ?
「……それ、ユズ姉が言ってきたって事は……」
「……えぇ。ジェムプロとして前向きに検討中、という方針になっているわ」
「……正気?」
今度ばかりはユズ姉も答えに窮するらしかった。