祭りのあと
結論から言えば、『OFA VtuberCUP』は盛況のうちに幕を閉じた。
最終試合でレイネも私も倒されてしまったものの、エフィやリオ、スーといった『魔王の宝石』メンバー、それに今回参加してくれたジェムプロメンバーも積極的に攻撃してくれた事もあり、ダメージ総数でポイントをしっかりとキープし、優勝を死守してみせたのだ。
いやあ、魔力の動きも見えない状態で目視と僅かな音を判別するしかないゲームじゃ、さすがの魔王こと私も勝てなかったよね。
まさか他チーム合同で手榴弾を一斉に投げて空から爆撃してくるとか、普通じゃ有り得ないやり方というか、予想外だったしね。
まあ、負けるだろうなとは思ってましたけど?
悔しくなんてないけれども、ほら、ね?
……むぅ、嘘。
確かに負けるのは既定路線というヤツだけど、ホントはちょっと悔しい。
「んああぁぁ~~……っ、っくふぅ……。お疲れさま、レイネ。ありがとうね、参加してくれて」
背もたれに背中を押し付けるように盛大に伸びをしてから、改めて同じ部屋にいたレイネに声をかけて振り返る。
レイネはさっさとパソコンの前から離れて、私のための飲み物を用意していてくれたらしく、飲み物の入ったカップを持ってこちらに向かって歩いてきて、にっこりと微笑んだ。
「いえ、むしろ良い機会を与えていただけたのはこちらでございます。ありがとうございます、凛音お嬢様」
「……お、おう……」
なんていうか、こう、めっちゃ眩しい笑顔じゃん……。
こーれ、しっかりと憂さ晴らしできて精神的なストレスから解放されたってトコなんだろうなぁ、きっと。
ついつい飲み物を受け取りながら顔を引き攣らせてしまった。
「しかし、よろしかったのですか?」
「んぁ? なにがー?」
「勝ち残らなかったことが、です」
「あー、いいのいいの。『魔王の宝石』は優勝したし、なんだかんだでスーパーエキシビションマッチは盛り上がった。私をキルしたおかげでワンサイドゲームにはならずに済んだし、イベントとしてはそれなりの盛り上がりだったと言えるしねー」
不正疑惑からの案件配信、そして優勝結果。
これらのおかげで視聴者数は多いみたいだし、注目度も高かったおかげか参加したVtuberやプロ選手は軒並みチャンネル登録者数も増えたらしいしね。
今も感想配信みたいな感じでエフィが大会の総括みたいに語っているみたいだけれど、こちらから見ている限り、特に文句を言うようなコメントもなさそうだ。視聴者からは「面白かった」とか「優勝おめでとう」といった明るい感想が溢れている。
別モニターでは最後の試合で私をキルした水無月サツキさん――あの不正主導者と思しきカタツムリみたいな名前の配信者のチームに入っていた、クロクロのVtuberさん――の配信も開いているけれど、あちらもコメントは称賛とポジティブな感想に溢れているみたいだ。
まあ、なんで私を称賛して尊敬してるとかコラボしたいとか、そんな発言をしているのは謎だけど。
見なかった事にしよ。
「こうして見る限り、視聴者もそれなりには納得してくれたみたいだね。それに……」
「それに?」
「レイネのおかげで目的は達したからね。因果応報の報いを与える事には成功した、でしょ?」
「えぇ、無論しっかりと」
ツヤツヤの笑顔で頷いて肯定するレイネの笑顔。
ぱっと見れば美女の美しく整った笑顔なんだけど……ちょっとこう、心胆を寒からしめる、という言い回しを思い出してしまう。
分かりやすく言えば、ぞっとするものを感じるのだ。
こう、笑顔なのに「ひぇっ」ってなりそうな怖さがあるというか。
「……一つ確認したいんだけど、殺してないよね?」
「凛音お嬢様のご指示通り、あくまでも因果応報――『心が追い詰められるだけ』に留めております」
「……具体的に何したのか聞かせてもらえる?」
「悪意を対象にした【呪詛返し】です。下位悪魔を使役して凛音お嬢様に対する罵詈雑言、誹謗中傷をした者に、『その者がお嬢様に対してそのような言葉を吐いたのと同じ回数、心を追い詰める現象を体験させる』というものです」
「へー……、え? ねぇ待って? 下位悪魔? この世界にそんなのいるの?」
私てっきりこの世界にはそういうのいないと思ってたんだけど。
伝承とかでは一定数存在しているようだし、実は今も表には出てこないけれど、裏では当たり前に存在していて、みたいな感じで存在してるとか?
「いえ、存在しているかいないか、で言えば後者に当たるかと」
「え、いないの?」
「私も悪魔に関して言えば、天然モノは見かけておりません」
「言い方どうなの、それ」
「所詮は悪魔ですので。正確には、下位悪魔程度になるように調整した、というところでしょうか。人間の恨み辛みに嘆き苦しみ、そういったものが集まり、凝縮して漂っている存在を集め、こちらで方向性を少し調整したところ使役するに至っております」
「あ、そういう感じなんだ。……というか、その素となるモノを見つけたって事は、レイネに頼めば私もこの世界の怪異とかそういうのに私も出会えるかも!?」
「確かに見つける事は可能ですが……、凛音お嬢様はまだ見かけていらっしゃらないのでしょうか?」
「うん、そうなんだよね」
記憶を取り戻して魔力に覚醒してからというものの、それらしい存在の気配を遠くに感じた事はあるんだけれど、ことごとく逃げられているというか、見失ってしまっているんだよ。
こう、雲を掴むような感じとでも言うのかな。
確かに〝在る〟という事は判るのに、邂逅にまでは至れないんだよね。
妖怪とか、前世では見かけなかった変わり種っぽいのがいそうなのに、この世界。
ちょっと見たい。
「……その、凛音お嬢様は力が強すぎますので、おそらく逃げているか、一定範囲内に近づくだけでもお嬢様の漏れ出した魔力の圧によって消滅してしまっているのではないかと」
「え、魔力抑えてるのに!?」
「それでも、です。凛音お嬢様の御力の僅かな発露、それこそ呼吸するだけでもこの世界の幽霊や悪霊という存在は塵となって砕かれ擦り潰され、消されるかと」
「なにそれ。対幽霊とか対悪霊専門の空気清浄機みたいなサムシングじゃん、私。呼吸するだけとか、鼻息で吹き飛ばしちゃう?」
「ぶふ……っ、い、いえ、そうではありません」
「ふすーっ」
「~~っ、り、凛音お嬢様……!」
「ごめんごめん」
鼻息で吹き飛ばすっていうのをイメージしてやってみせたら、レイネも不意打ちに耐えきれなかったらしく堪らず噴き出しそうになって抗議してきた。
いや、ごめんて。
さすがに元魔王と云えど、その力を誇示するために鼻息で吹き飛ばす、なんてしたくないんだけど。
まあ、掃除機みたいに吸い込むとかよりはマシかもだけどさぁ。なんか怨念とか呪いとかってどろどろしてて見た目汚いし、身体に入れたくない。
「はあ……、んんっ。その、この世界はどうやら〝力〟を持った存在が弱いようなのです。希薄、とでも言いましょうか。なので、個体として害をなすような存在は稀な程で、時折人の目につく程度が関の山、というところのようですね」
「なるほど。それで敢えてレイネが力を与えて、そういう存在に方向性を持たせた、という訳ね。それで、その存在って具体的にどういう事ができるの?」
「そうですね。それでも実害を与えるという事は何もできません。せいぜい下位の魔小霊と同様に、存在の具現化、無機物への多少の干渉というところです。それこそ、この世界のホラー動画等にあるようなレベルでしょうか」
「あぁ、映っちゃったテヘペロって感じで消えるアレ?」
「……て、テヘペロかどうかはともかく、それです」
この世界のああいう動画って、よく分からないけど自己主張するだけしてすぐ消える、みたいなの多いよね。
向こうの世界の魔霊とか下位悪魔なんて、姿を見せたらサーチアンドデストロイよろしく襲いかかってくる存在だったのに。シャイなのか。
「【呪詛返し】とは本来、呪詛を唱えた術者に対してそのまま効果を返すという代物ですので、結果も呪詛と同程度のものとなります。今回はネット上の罵詈雑言や誹謗中傷、口撃によって意図的に相手の心を傷付けようとした者への【呪詛返し】なので、『精神的に攻撃を受けて心が追い詰められる』という結果を得るには、ホラーな現象というのはなかなかに効果的かと」
「あー、なるほどね……」
暴言や罵詈雑言、誹謗中傷っていうのは心を傷付け、時には人を追い詰め、死に追いやる。見えない攻撃とも言える。
そういうものに対して同等の効果を返す方法としては、確かに単純な呪いなんかよりも【呪詛返し】を仕掛けた方が因果応報としてはちょうどいい。
前世の世界じゃまず間違いなく通用しないやり方だけどね。
聖水を振り撒くだけで消える程度の相手だし、魔小霊なんて。
「でも、【呪詛返し】なんてよくできたね。結構な人数が標的になったでしょ?」
「確かに人数はかなりの数になりましたが、むしろ向こうの世界よりも、こちらの世界の方が呪いは使いやすいな、と」
「え、そうなの?」
「はい。そもそも呪いを発動するにあたって、何が一番難しいか、お嬢様にはお分かりになりますでしょうか?」
「さっぱり」
呪いとか【呪詛返し】とか、そういう細かい魔法の使い方って私いまいちよく分かっていないんだよね。
ちまちまとそんな事するぐらいだったら、転移して上空から魔法ぶっ放した方が手っ取り早いしスッキリするもの。
……ねえ、レイネ。
その妙に生暖かい目は何かな?
コイツ脳筋だな、みたいな目に見えるのは気のせいかな??
じとりとした目を向けてみせると、レイネはそんな私を誤魔化すように一つ小さく咳払いした。
いや、誤魔化すの下手くそか。
「呪いの扱いが難しい理由は、対象となる相手との『繋がり』を持続するのが難しいからです。たとえば、呪具を用いて対象の体毛や爪などを使い、擬似的に『繋がり』を構築する。あるいは、ネックレスなどの身につけるものなどの贈答品を介して呪いを届ける必要がありますが、今回のケースではそういったものが必要ないのです」
「え、なんで……って、そっか。『繋がり』ね」
「はい。『インターネットという繋がり』が最初から構築されています」
「……つまり、電波に乗って呪いを飛ばしてるってこと?」
「厳密に言えば少々違いますが、認識としてはそれに近いと言えます。『凛音お嬢様に対して暴言を口にした相手』もまた配信という場にいたのは確かですので、必然そこに『繋がり』は生まれ、下位悪魔を潜り込ませ、その痕跡を辿って呪いを届ける事ができる、という訳です」
うーん、ハッカーがネット回線を通してハッキングするとか、そういうのと似たような感じなんだろうか。いや、私もハッキングとかそういうのは全然詳しくないけど。
「……それって、【呪詛返し】を受けた家族が一緒に暮らしてたりしたらどうなるの?」
「【呪詛返し】の対象者以外には見えませんので、問題はないかと。もっとも、精神的に追い詰められて病んでいけば間接的な被害はあるかもしれませんが、それについてまで面倒を見るつもりはありません」
「ん、そうだね。何もしてないのに精神的に追い詰められる被害者と、そんな被害者の家族の苦しみ。そういうものを一切考えずにやった行いが返ってきただけのこと。いっそ全員、精神を破壊するぐらい負荷をかけてやってもいいぐらいかもね」
「凛音お嬢様……?」
別に私は『罪に罰を与える』なんて事は考えていない。
やられたからやり返すだけだし、お灸を据えて黙らせるという方法を選択しただけ。
その結果、本人がどうなろうが知った事ではないっていうのは、それこそ最初に私に罵詈雑言を並べ立てた連中こそが一番理解しているはず。
だって、そうやって考えて行動してきたのは間違いなくそちらなのだから。
だから、こちらもまたそのスタンスでいい。
――同じ土俵に立つな?
――相手と同じレベルで争うのは愚か?
――はは、馬鹿馬鹿しい。
そうやって相手を小馬鹿にしたフリをして、どうしようもない存在を遠巻きに見つめるだけの事なかれ主義を貫いて、〝戦わない為の正しい理由〟という名の逃げる口実を持ちたがる。
結果、『自分は正しかった』なんて安い自尊心を満たして、そいつの事なんて見なかった事にする。
でも現実は、どうしようもない存在をそのまま放置して、相手に「自分の行いが認められているんだ」なんて勘違いさせてのさばらせてしまっているだけ。
どうしようもない存在なんてものは、放っておけばどこまでも横柄になっていく。
そういう厄介な性質だからこそ『どうしようもない存在』なのだというのに、『正しい行い』とやらは見なかった事にする。
取り返しのつかないところまでは遠巻きにするだけ。
そうして取り返しのつかない事をやってから初めて罰するなんて、そんな甘っちょろい考えを貫こうとしているから、結果として取り返しのつかない被害者が生まれる。
それはつまり、取り返しのつかない事が起こった時、被害に遭う存在を許容しているのと何が違う?
生贄を用意して災厄を終わらせようと何かに祈るだけのような、そんな愚かで無知な行いと、どう違う?
――何も違わない。
一緒だよ、そんなものは。
周りが我慢し続ける方がよっぽど不健全だし、非効率。
本当に取り返しのつかない被害者を生み出さないために、どうしようもなくなる前にしっかりと叩き潰すべき相手は叩き潰せばいい。
それをやれ人権がどうのだの正当性がどうのなどと宣うような、対岸の火事を眺めて安全なところから『正義』や『優しさ』を叫ぶ連中なんて放っておけばいい。
「――凛音お嬢様」
――――レイネの声に、はっと我に返る。
気がつけば、私は椅子に座ったままレイネに抱き締められていた。
じんわりと熱が伝わってきて、冷えていた心に温もりが沁み込んでいくような気がして、私はゆっくりと目を閉じた。
「……はあ。ごめん、レイネ。ありがとう。どうも私も、気持ちがささくれ立っていたみたい」
「無理もないかと。今の――たった16歳でしかない貴女様が一身に悪意を浴びていれば、そうなってしまうのも当然というものです。ですが……」
「うん、分かってる。少し配信を控えて距離を取るつもりだから、大丈夫」
「……どうか無理はなさらぬよう」
「うん、ありがと」
「さあ、お背中をお流しいたしますからお風呂へとまいりましょう。お疲れのようですから、しっかりと疲れを取って早くお休みになるべきです」
「あはは……。うん、そうだね。それじゃあ、今日はお願いしようかな」
前世の自分に比べると、どうにも精神が揺らぎやすいというか、影響を受けやすいというか。
たとえ記憶を取り戻したのだとしても、所詮、今の自分はまだ16の小娘なんだなぁ、なんて。
そんな実感を残して、『OFA VtuberCUP』は幕を閉じた――――。