【配信】『兵科』スキル
《――……やっぱりダメみたい。スナイパーライフルはなさそう》
《よりにもよって、という感じだなー》
《ん、でもまあここを落としてもポイントは有利なまま。気にしない》
エフィ、リオ、スーの3人がどこか諦めた様子で声を掛け合う中、私は私でボックスを開けては彼女たちにピンで使える装備を伝えつつ、即座に次の場所へと周囲を探索していく。
「ふむ……、確かにこれは予想外と言えば予想外じゃな」
基本的に『OFA』は『兵科』を選択しているというゲームシステム上、メインウェポンは拾いやすい仕様にはなっている。
たとえばプレイヤー全員が『兵科』でスナイパーを選ばなかったとしてもスナイパーライフルはドロップするしね。
でも、場所によってはメインウェポンが拾いにくいマップなんてものもある。
たとえば、私がエフィ達と初めてこのゲームをプレイしたマップである市街地は『市街地の呪い』なんて言われていて、メインウェポンそのものの取得がなかなか難しかったりもしたし、その他にも小規模戦って呼ばれるような2チームのみしか参加できないモードだったりすると、そういうギミックは割りと多い。
ただまあ、この『兵器研究開発所』マップはそういう噂があるなんて聞いた事もないけどね。
単純に運が悪いというか……もしくは……。
「しかしまあ、まるで作為的に仕組まれたような状況じゃのう」
《確かにね……。ここ、狙撃向きのマップとは言えないしね》
この大会の対戦舞台は常にランダムで選定される事になる。
だだっ広いマップで移動しながら戦闘するというものが多いけれど、ごく少数ながら、広めの建物全体が舞台になっているマップもある。
独りごちるように呟いた私にエフィが同意してくれたように、今回は見事にその後者である狭めのマップが舞台という訳だ。
もっとも、確かにスナイパーという『兵科』を考えれば非常に戦いにくい不利なマップにも思えるけれど、実はこの建物、割と直線が長い通路だったり吹き抜け状の構造になっている場所も結構あったりする。
今私がいる室内も広々とした体育館を思わせるような広さの部屋で、内部は吹き抜け状になって二階部分、三階部分階段と通路も繋がっていて、立体的に動ける場所だし射線も通りやすい。
スナイパーライフルを活かしたいのであればこういうポイントで待つという手法を選ぶ事もできるからね。
だから特別不利になるというようなものでもないけど……些か状況が作られているようにも思える。
もっとも、それができるとしたら公式側が何かしらをしているという事にもなるし、ただただ珍しい偶然が重なったというのが現実的なところだとは思うけど。
ともあれ意識を切り替えて、足音を出さないようにキャラクターをしゃがませて抜き足差し足忍び足。
《よーし! リオ、スー! 今回は私たちががんば――》
〈ヴェルチェラ・メリシス >> さくら 桜華〉
《――……は?》
《え、銃声なかったぞ!?》
「うろうろしておったので背後から近接アクションでキルしただけじゃ。お、あと3人、同室におるぞ」
近接アクションというのはいわゆる一定条件で行える確殺アクションだ。
背を向けた相手に一定の距離まで近づいてから近接攻撃のボタンを押すと、単純にナイフを振って攻撃して削るのではなく、一撃で相手をキルする特殊なモーションが発動して相手を確実にキルするというもの。
なかなか使いにくい攻撃ではあるけれど、銃声を鳴らさずにほぼ無音で確実にキルできるので、キルログは表示されるものの即座に逃走して離れる事もできるし、こういう狭めのマップでスニーキング状態で戦う場合には役に立つ。
まあ、配信で使った事はないけどね。
スナイパーライフル持ってれば基本的にここまで接近して戦う事ってないし、そもそも私からスニーキングして襲いかかるって事もなかったからね。
《ッ、すぐ行く!》
「リオ、スー。そっちからこの部屋に入って右手階段方向、2人じゃ。エフィ、おぬしは少し部屋前で待機して合図を待つと良い」
短く指示を出して初期装備のハンドガンで威嚇射撃をしつつ、こちらの位置を敢えて知らせるようにキャラクターの姿を晒してみせれば、案の定相手はこちらに向かって即座に攻撃してきた。
多少ダメージは喰らうけどキルされる程ではないので、慌てず身を隠すように後方に下がりつつ様子を見れば、相手は逃げるよりも私を狙う好機と考えたらしく、こちらに向かって詰めようと動き出した。
「――今じゃ、エフィ! 入って左、コンテナ裏から階段に向かっておる!」
《はいよーっ!》
合図と同時にエフィが入ってきて後方から銃撃。
リオとスーの二人も追いかけているけれど、一向に構わずこちらに向かってきている。
これは……うん、私を一番危険視しているんだろうね。
キル獲っている以上、私だろうって事はすぐに判ったはずだし。
でも――残念。
ドォンッ、と激しい爆発音が鳴り響いてこちらに向かっていた二人組が走っていたであろう通路が爆発。それと同時に流れるキルログと、さらにその爆発で瀕死になったらしいもう一人をスーが撃破。
さらにもう片方、エフィが追いかけていた方の相手も突然の爆発に見舞われて瀕死状態に陥り、後方から追いかけていたエフィが見事に撃破した。
《い、今のは……? ……あ! もしかしてトラップ!?》
「うむ。スナイパーの『兵科』はトラップを使えるからの。まして、こういう場所は接近経路が限られる。トラップを仕掛けるにはちょうど良い」
《あーっ、忘れてた! そういえばスナイパーの兵科は特殊アイテムのトラップがなくてもトラップ仕掛けられるんだっけ!?》
《ん、私もすっかり忘れてたけど……納得》
はい、そういう事です。
実はこれも今まで配信では一度も使ってなかったんだよね。
みんながトラップの存在を忘れていたのは、昨今の風潮がスナイパーの『兵科』を使わない編成が最適解と騒がれているせいかな。
私がスナイパーとして動く前まではスナイパーは使えない、みたいな風潮になって随分と時間が経っていたようだし。
で、私は私でスナイパーライフルを持っていても一度撃つ度に即座に移動して次の狙撃にって具合に動き回るものだから、トラップを仕掛けて相手を待つなんて戦法は実は今まで一度も取っていない。
だから3人の頭からもすっかり抜けていたのかも。
動画を漁った時にたまにトラップだけで戦うとかってネタプレイをしている人もいたみたいだけど、トラップ自体は実は注視すれば地面、壁面、天井についている事が判るものだから対策も取りやすいは取りやすいんだよね。
だから接近して中距離から近距離戦闘を主軸とした昨今の流行りとは違うし、その動画もあまり人気も出ていなかった。
FPSで再生回数を稼げる動画は、大体がスーパープレイだからね。
次点で戦い方解説だったりもするけど……まあ、解説している人が誰もが知ってるような有名なプレイヤーだったりプロって訳でもない以上、そういう動画はなかなか伸びない。
配信者が人気で伸びているってケースもあるけれど、ああいうのは例外だね。
まあそんな背景もあって、トラップの活用は注目されていないからこそ、こういう場面では有効なんだろう。
トラップなんて一切使っていなかった私がトラップを使うのは予想外だろうし、かと言ってトラップを警戒するあまり慎重になり過ぎると他のみんなから一斉に攻撃される。
意識外からやってきたダメージエフェクトと爆風。
手榴弾あたりを警戒する事はできても、トラップは想定していなかったせいか、相手も慌てているのが見て取れたしね。
「まあそういう訳じゃから、別にスナイパーライフルがなければ戦えないという訳ではないぞ。むしろ妾はこういう設置系は嫌いではないしのう」
警戒している裏をかくトラップを仕掛けるとか、相手が警戒するであろう方向に見えるトラップを仕掛けておいて、敢えてそのトラップを避けた先の壁面、天井に二重トラップを仕掛けておくというのもなかなかに楽しいよね。
こう、ダンジョンとかのトラップ設置とか大好きだったんだよね、前世でも。
落とし穴を避けようと壁に寄って、落とし穴を嘲笑うように一瞥して横から歩いて通り過ぎようとする冒険者たち。
そんな彼らが身を寄せている壁が唐突に勢いよくせり出して落とし穴に強制ボッシュート。
出し抜いたつもりになって油断したところで、敢えて目に見えている罠に吸い込まれるように仕掛けられたトラップに唖然としつつ、何もできないまま落ちていく姿を見てお腹抱えて笑うタイプ、それが私だ。慈悲なんてない。
そんな懐かしい光景を思い返しながらご機嫌で進む。
《うわ、そこ嫌だなぁ……》
《……結構えげつないなぁ、ヴェルちゃん》
《ん……、さすがにそれは抜けれない》
部屋から部屋へ移動する全ての箇所に設置というのはさすがにできない。
個数の限界もあるしね。
なので、後ろから追われて挟撃されないように、ここぞという場所に集中させて幾つも設置する。すり抜けられないようにね。
フフフ、これ踏んだら確殺できるだろうね、誘爆するし。
さっきはリオやスーが削ってくれてたから一発でもキルになった人もいたけど、HPが減っていないとそうはいかないんだよね。
でも、こうして多重に設置して誘爆させれば充分な火力になる。
一応、こういう設置トラップは私と同じスナイパーの『兵科』なら解除できるんだけど、今回の大会でスナイパー使ってる人って私以外にはいないんだよね……。
残された他の『兵科』の場合、トラップを銃で撃って爆発させて破壊するしかない。
私のスナイプを再現するとか言いつつチート扱いしようとしていた、なんだっけ、エ……江戸? ん、違うな……なんか貝っぽい名前だったような……まあそんなVtuberもいたけど、結局『兵科』はスナイパーじゃなかったし。
なので後方から来て罠に嵌まればキルログ、ダメージ表示で判断。
逆にトラップに気が付いて破壊しようとしたら銃声と爆発音が聴こえるので、いずれにせよ後ろにいる事は理解できる。
このマップは横道から合流できるような場所も限られているからね。後ろの警戒をある程度切り捨てて進めるようになるのは大きなアドバンテージになる。
そう考えると、元々スナイパーの『兵科』がトラップとか索敵とかを使えるのって、こういうスナイパー不利マップでの活躍の幅を持たせる為だったのかな。
《ヴェルちゃん、トラップ残量は?》
「あとはスタミナ減少トラップと武器ショートトラップで殺傷能力のないものじゃな。設置地雷やオートタレットなんかと違って、近くで発動してくれないと意味がないものじゃ。乱戦時に逃げながらばら撒くというところが関の山じゃの」
《補給は……あー、自販機だよね、『兵科』スキル扱いだし》
「うむ」
私のトラップや索敵のスキルのような『兵科』スキルは、マップ内にある通称自販機こと補給ポッドを通して補給する事ができたりする。けど、自販機はだいたい周囲から撃たれやすい目立つ場所にあるんだよね。
蜂の巣にされかねない以上、補給を狙うのもあまり現実的ではないかな。
《武器はどう?》
「ハンドガンだけじゃな」
《サブマシンガン、渡しとくかー?》
「いや、サブマシンガンを妾が無理に使うより、リオが持っておった方が良いであろうよ。近接アクションとハンドガンで裏取りと索敵でサポートを最優先するつもりじゃ」
《でも、それだとキルポイント稼げない》
「そんなものよりもチームの勝利が最優先であろう」
確かに目標はあるけれど、さすがにそんな目標に固執して無理をするつもりはないしね。
大言壮語に嬉々として煽ってくるような人も出てくるだろうけれど、そんなのは相手にしなければいいだけの事だし。
「もっとも、ならば諦めたのかと言われれば、それも違うんじゃがのう」
《ん? どういうこと?》
「くく……っ、なあに、このマップには面白いモノがあるからのう」
ニタリと笑みを浮かべながら告げる、私の狙い。
試合中はコメントも見れないようにしているせいで私は知らなかったけれど、後にこの言葉で私の狙いに気付いた視聴者たちがコメント欄で大騒ぎし、お祭り騒ぎになっていたらしかった。




