最大の目的
「――凛音お嬢様」
「ん? なぁに?」
「何故、凛音お嬢様がそこまでする必要があったのですか?」
今回の騒動に参加したあらゆるチームのVCに参加して煽る。
そうして協力体制を築く理由付けをするという行為を一通り終えたところで、斜め後方に控えているレイネが「納得いきません」と言いたげな声色で声をかけてきた。
やっぱりきたかぁ、と思ってついつい苦笑が浮かぶ。
「それ、目的は分かっていて質問してるよね?」
「はい、もちろんです。わざわざ『共通の敵』として振る舞うことで、共通した目的を持たせて協力関係を構築させる。この方法はかつての――神界の者達との協議の末に人界相手に振る舞った方法と同じです」
「うん、そうだね。他の配信者や視聴者からヘイトを向けられたってどうとも思わないし、傷付く事もない。箱に入っていない以上、第三者に矛先が向く事もないから活動を自粛したり謝罪する必要もない。そんな私だからこそできる方法とも言えるね」
まあ、ヘイトだなんだなんて言われてもね。
あの頃に比べたらスケールが違う。
言い方は悪いけれど、たかがインターネット、視聴回数から考えてもおおよそ百万と仮定しても、その程度の人数の人間から憎しみだのを向けられても、かつての経験に比べればせいぜい数千分の一にも満たない程度だ。
そんなの痛痒に値しない程度のものだよ。
もっとも、レイネにとってみれば面白くない話だっていうのは分からなくもない。
レイネにとってみれば敬愛する主――自分で言うと酷く滑稽だけど――である私が、嫌われ役を買って出ているのが面白い状況だとは到底言えないだろうし。
「単純にこんな面倒な真似をしてる理由を挙げるなら、大きく4つの理由から、だね」
「4つも、ですか?」
「小さい諸々を合わせたらもっとあるけど、まあ大きく分ければね。レイネはいくつ当てられるかな?」
少しからかうように背もたれに身体を預けて首だけで振り返ってみせれば、難しい表情を浮かべてレイネが腕を組みつつ、右手を口元に寄せた。
「まず1つは、楪様への恩返し、ですね。時折そのような事も言っていましたし、今回の催しへの参加は楪様からの依頼であったはず。その大会を盛り上げるため、というところでしょうか」
「正解。レイネも知ってる通り、私が前世を思い出す前から何かと心配してお世話してくれたユズ姉さんに参加を請われた大会だからね。昨日みたいなグダグダな大会じゃ、あまりにも盛り上がりに欠ける。それこそ、大会が中止で良かったんじゃないか、なんて声もSNS上では囁かれてる状態だしね。だから、盛り上げる為にはそれぞれのチームに本気で取り組んでもらいたかった。まあ、レイネなら私がそう考えるって理解できると思ったよ」
「もちろんでございます」
傍から見れば無表情クールメイドさんな割に、私のこういう言葉にはどこか得意げな様子で目を瞑って少し胸を張るあたり、昔と変わらずレイネは可愛い。
「じゃあ2つめは?」
「……そう、ですね……。今回の標的が凛音お嬢様であったからこそ動いている、というところでしょうか?」
「ん、そうだね。ある意味、今回の騒動って私が持ち込んだとも言えるものだからね。その後始末としてキレイに終わらせるには、しっかりと盛り上がってくれた方が気分がいいっていうのもある」
「気分、ですか」
「そう、気分。別に私は被害者と言えば被害者なんだから、特にそんな所にまで気を遣う必要なんてないかもしれない。でも、私がこのまま一方的に蹂躙して終わり、なんてあまりにもつまらないでしょ。私はともかく、私を応援してくれている視聴者にとってもね」
「……確かに、盛り上がらなければ面白くはないでしょうね」
「そりゃあそうだよ。このまま私が一方的に蹂躙する展開じゃ、何も面白くなんてないからね。騒動に関わった連中が目立たないように息を潜めているつもりなのか、どこの配信も会話も少ないし、熱も感じられないような配信ばかりだったからね」
昨日――つまり本戦初日なんだけど、試合内容からして結果は散々。
あまりにも手応えのない相手だったし、まるで早く倒されたいと言いたげに無策に突っ込んでくるような挙動だったり、味方同士なのに連携もへったくれもないような動きだったり。
実際、どういうつもりなのかと参加チームのアーカイブを確認してみれば、コミュニケーションもなく、会話も少なく、場を繋ごうとしても盛り上がらなかったりと……。
そしてそこに襲いかかるコメント欄からの「自首しろよ」だの「普段からやってたんじゃね?w」だの、視聴者の言いたい放題の罵詈雑言の雨あられ。
あんな配信、配信者として活動している私の立場から言わせてもらえば、まるで悪夢のような時間じゃないかな。
今回の騒動に関わってないらしい女性Vが「どんまいどんまい、次がんばろ!」ってわざわざ声をかけてくれたチームメンバーに対して返ってくる返事が、すっごい小さく低い声での「っす」とか「ごめん」とかだったし。
それ、むしろ騒動に関わらなかった人にとっての罰ゲームでしょ。
とまあ、そんな地獄のような空気の中で声をかけ続けるという苦行を乗り切った、騒動と無関係な人が可哀想だったっていうのもある。
だから一丸となれる空気を作ってあげよう、ってね。
私の気まぐれ――だから気分だ。
「当事者であり被害者であり、かつ個人勢だから勝手な事をしても誰にも迷惑をかけない私だからこそ、予想外な一手を打てるんだよね。で、『共通の敵』っていう分かりやすいキャラクターを演じて舞台を作ってあげれば、視聴者という名の観衆の手前、その舞台に乗ってチームを引っ張る口実が生まれればいいな、と思って」
当然、今回の大会には個人勢Vtuberだっているけれど、そういう人達に限って主犯側だったりするからね。
おおかた、デビュー半年足らずで数十万っていうチャンネル登録者を手に入れた、私に対する妬み嫉みが動機で参加したってところだろうけどさ。
箱に入ってたりスポンサーがついてるのにバカな真似をしたのは……片手で数える程度しかいない。
いや、箱の運営さんとかスポンサーさん、ご愁傷さま。
まあ話題性はあるだろうから上手く活用するかもしれないけどね。
「ここまではだいたいレイネにも予測――というか理解できていたんじゃない?」
「はい。ですが、あとの2つというのが……」
「うん、まあそれは仕方ないと思うよ。じゃあ3つめ。これは単純に、『ヴェルチェラ・メリシスのブランディングのため』だね」
「ブランディング……?」
「そう。ここまでは大会参加者と視聴者を対象にした理由だったけど、ここからはその他の部分に向けて、だね。今回の大会参戦で、『いま噂の勢いある個人勢Vtuberがコラボを解禁した』、なんて考えて連絡してきてる事務所が増えてきてるでしょ?」
「そうですね。コラボの打診等がかなりの数きています」
「そういう相手に『ヴェルチェラ・メリシスは話題性も確かにあるが、コラボをするにはリスクがある相手だ』と思わせることが狙いなんだよね」
「リスク、ですか?」
「そ。確かに個人勢で半年足らずで数十万ものチャンネル登録者がいる、っていう話題性があるのは認めるし、コラボ相手として『利用価値がある』のは認めるよ。でも、箱が所属Vにコラボを許可するには、コラボ相手の言動や方針からそれなりに安全性が確認できる必要があるんだよ。じゃなきゃコラボなんて打ち出せない。この辺りはこれまでの配信や視聴者の系統だったりから箱側が判断するのが一般的なんだけど……まぁ要するに、そういう判断をする相手に対するアピールってこと」
堂々と煽り散らかすような配信者をコラボ相手にしたいと考える事務所はそうそうないだろうしね。
もっとも、ジェムプロは私のそういう部分については許容してくれてはいるけれど、それは業界最大手と言えるような事務所で、多種多様なVtuberを有しているからこそできるものだけどね。
人数がいるからこそできる、『多様性の許容』とでも言うのかな。
私という存在と張り合えるような個性を持つVtuberとコラボさせる、という方法を取れるからね。
箱が小さくて所属している人数も人気も低いVtuberに、私という劇薬を投与した結果、その反動にVと事務所が潰されかねない――なんてこの前ユズ姉さんに言われたしね。
解せぬ。
私、協調性あるよ、多分。
「……という事は、凛音お嬢様はコラボをあまりしたくはない、という事でしょうか?」
「んー、別にコラボ自体が嫌いって訳じゃないけどね。ただ、少なくとも今はいらないかな。レイネのモデルが完成したんだからレイネと一緒に配信したいし、他にもやりたい事はあるからね。学校もそうだけど。時間を自由に使える社会人でもない以上、どうしたってコラボを打診してくるような企業Vとは足並みが揃えにくいんだよね。なのに打診ばっかり増えてきてるから、扱いにくい存在として認知してもらいたいってこと。だから平気で煽るような事を言ってみせたりもしたんだよ」
「なるほど、そういう事でしたか」
……涼しい顔してるつもりなのかもしれないけど、レイネと一緒に配信したい、って言われて喜んでるの隠せてないんだよなぁ。
可愛いからツッコミ入れて自重されないように放っておくけど。
まあ、それだけじゃない。
加えて、『配信を観ていたからしないとは思うけど、まさかおかしな事はしないよね』だのと色々と制限をつけられた上でコラボを持ちかけられると息苦しい、っていうのも本音だったりする。
だって、「コラボを観てチャンネル登録しましたけど、普段はこんな感じなんですね。幻滅しました」とか言われたらイラッとしそうだし。
勝手な理想を押し付けて幻滅したなら黙って去ればいいじゃん、って言いたくなる。
付き合う恋人が付き合ってから変わった、みたいなお花畑理論で言われても「貴様の理想なんぞ知らんわ、阿呆め。黙って去ね」としか言えないし、私。
「では、最後の理由とは?」
「この前言った通り、対人FPSはどう考えてもアンフェアになっちゃう。だからもうやらない。で、やらない理由を見せつける為にも、せっかくなら圧倒的な実力を見せつけて華々しく終わろうかな、ってね。むしろこれをする為に奮起させたのが最大の目的と言っても過言ではないよ。『腑抜け相手だったから無双できた』――なんて、くだらない戯言を吐かれたら、面白くない。そう思うでしょう?」
――私は別に善人ではない。
自分を犠牲にして大会が上手くいってほしいとか、ユズ姉さんに恩返しをしたいからとか、ブランディングとか。
それらが嘘という訳ではないけれど、結局のところ、最後の理由こそが私個人がやりたい事としては最大の目的であり、その目的を達するにあたって副次的に理由となるのがそれらというだけの事なのだから。
――魔王として、圧倒的な力をもって『敵』を蹂躙する。
その行いは今の私であっても前世の妾であっても、本質的には変わらずに根底にある『好きなこと』だ。
相手が強ければ強いほど、それは楽しくなる。
その為ならば道化になるのも厭わない――それだけの話だ。
にやりと笑いながらレイネに言ってみせれば、レイネが何故か僅かにぶるりと身体を震わせて、次の瞬間には妙に頬を紅潮させて目を潤ませていた。
「――……っ、あぁっ、さすがでございます……!」
……何故か興奮しているみたいだけれど……レイネ、そういう表情すると妙にえっちぃから、あまり他の人には見せない方がいいと思うよ。
前世でもたまーにそんな表情を見せてた事あったけど、そういう時はツッコミ役の幹部がいたからすぐに引っ込めてたしなぁ。
「あはは……。あ、時間だ。レイネ、配信始めるよ」
「――ッ、かしこまりました。どうぞ凛音お嬢様、ご存分に」
「ん、ありがと」
――――さあ、蹂躙しようか。