水無月サツキの心酔 Ⅰ
同じチームという特等席から今回の一連の騒動を傍観してきた私――水無月 サツキ――にとって、今回の茶番はお世辞にも面白い催しであったとは言い難いものです。
配信者の所属する事務所としては業界最大手とも言える、『CLOCK ROCK』。
今回の大会の主催側の立場にありながら、ヘルプとしてチームの人数合わせに呼ばれている私と同じ立場のVtuberは4人でした。
でも、『今回の騒動を引き起こしたチームにいる』という特等席を得られたのは、私ただ一人です。
この特等席で、私という存在を危惧して隠せているつもりであった彼らの無様さと言ったら……ため息も出るというものです。
仲間として組む相手となるのですから、配信を見返してみたりもしたのですが、ノープランで行き当たりばったりと言いますか……。
挙げ句、出てくる言葉は他人を貶し、己を正当化するような言動ばかり。
お世辞にも見ていて気持ちのいいものとは言えませんでした。
滑稽で、愚かで、舞台上で踊るだけの小物感が漂っていて、正直あまり一緒にお仕事をしたいとは思えない相手でしたが、案の定小物でしたね。
同じクロクロの皆さんからも「巻き込まれたけど無関係って信じてもらえて良かったね」だの、「大変だったね」だのと声をかけていただきました。
温かい言葉はありがたいものでしたが、実を言うと私は今回の騒動に巻き込まれた事に対しては、正直に言うと「いい勉強になった」というポジティブな感想を抱いております。
――――私たちVtuberもそうですが、配信者という存在はエンターテイメントを与える側、エンターテイナーでなくてはなりません。
笑われるのではなく、笑わせること。
道化師の滑稽さを演じるかのようなものでも良ければ、あるいは自らの活動をプロデュースして、『一人のVtuberというキャラクターの活動』を劇のように彩るのもまたエンターテイメントの在り方であり、私たちの在り方であると考えております。
事実、私自身の活動では活動テーマ、キャラクター性というものをある程度統一させ、しっかりと芯を通した活動を意識しています。
要するに、これは私のこれまでのVtuber活動の矜持でもあります。
だからこそ、そんなプランもなく、プライドもなければ実力もない。
有り体に言ってしまえば『上っ面』だけでどうにかなってきただけで、その化けの皮が剥がれるのも時間の問題としか言えないような相手では……必然、辛辣な評価を下さざるを得ません。
そんな相手が引き起こした今回の騒動は、非常に許し難いものがあります。
今回の騒動のせいで、盛り上げようと尽力してきた裏方の皆様や調整を手伝ってくれた方々、楽しみにしていた視聴者の皆様、大会に向けて頑張る多くのVtuberと配信者が集う祭典を穢された。
いくらポジティブな感想を抱いているとは言え、それはそれ。配信というエンターテイメントに、楽しめない『醜さ』を露呈させた彼らを許せるはずもありません。
その標的が私のいる『CLOCK ROCK』を標的にしてくれているのならば流れをコントロールしやすかったのですが……よりにもよって私たちに比肩し得るほどの成長を見せている『ジェムプロ』所属のVtuber、そのチームメンバーである個人勢を相手にしたものだったと理解した時には、さすがの私も慌てました。
何せジェムプロはVtuberアイドルとして活動している事務所です。
その方針を貫き、成功している彼女たちを守るためならば、ジェムプロの運営サイドは必ず目に見える形での制裁を加える方向へと動き出してしまうでしょう。
裏でこそこそと動いているチームメイトたちと私が無関係であるという事を明らかにするため、私は何度も配信の中で敢えて他の3人が沈黙する度に声をかけ、時に動揺を誘い、情報が共有されていないことをアピールしてきました。
個人配信でもなかなか情報共有ができなくて難しいといった事を零しておいたおかげもあって、私が騒動に関わっていない、むしろ巻き込まれたのだという同情を引き寄せる事は無事に成功しましたが……今回の騒動の終幕をコントロールできる立場に入り込めなかったのが悔やまれました。
このままでは、多くの方々の協力が、これまで築いてきた『OFA VtuberCUP』の歴史が悲惨な幕引きを迎えてしまうのではないか。
事実、私もマネージャーを通して確認したところ、ジェムプロとの協議は厳しい決着を迎えるだろうと踏んでいる旨を耳にしていましたが……。
「――あぁ……、震えます……。魔王様はまさに他者を惹き付ける魔性、その頂点たる女王……! ふ、ふふふ……素晴らしいです……!」
魔王ヴェルチェラ・メリシス様。
デビューから半年足らずにして愚かな悪意の標的となった彼女は、私のいるクロクロもジェムプロも黙らせ、唸らせるような演出をしてみせたのです……!
自分が魔王であるという設定を利用した上で今回の愚かな騒動を拾い上げ、嘲り、挑発し、本戦から逃さない空気を作り上げてみせました。
それによって沈黙を貫く愚か者は自ら舞台に立たざるを得なくなり、この流れに魅せられていた観衆は皆、この結末へと期待し、注目している。
否応なく熱が高まっているのだと、オープニング画面の最中でしかないというのに昨日に引き続いてすでに6桁という同時視聴者数が集まっているのですから、その注目を物語っています。
「……人の心を惹き寄せ、魅了し、掴んでみせる彼女の性質……! 愚か者のくだらない謀略も、観客たちの熱すらもまとめあげ、一つのエンターテイメントに昇華させてしまう程の圧倒的な輝き……!」
身体が震える。
得体の知れない何かに呑まれる寒気のようで、あるいは熱に浮かされているかのようで、指先が震えて、座っているのに崩れ落ちてしまいそうです。
他人に対して深い興味を抱かなかった私ですが、今なら分かります。
恋い焦がれるというものがあるのだとしたら、この感情こそがそうなのでしょう。
彼女を見ていたい、声を聞いていたい。
自分を知ってほしい、彼女をもっと知りたい、
彼女に見られたい、触れたい、触れられたい。
内側から衝動のように湧き出てくる、純粋な願い。
なのに、どこかどろりとした粘性を持っているような気がしてしまう、熱い激情。
「ふ、ふふ……。いけません、少々昂りが抑えられなくなってきました……。私は水無月サツキ。おっとりとしたお姉さんで、少し天然気味なのか抜けたところのある女性キャラクター。そんな私が激情に駆られてしまっては、役が台無し……」
自分に言い聞かせるように口に出して、そのルールをしっかりと守ること。
私が水無月サツキになりきるための儀式。
もちろん、配信のためのマイクはオフになっている事も確認済みです。
マイクをオンにするのは、私が水無月サツキという仮面を被ってから。
事故のようにオープニングで声が入ってしまったり、配信を切ったつもりでプライベートを露呈するような演技をするのもまた、私ではなく水無月サツキというキャラクター性があってこそ『普段は見る事のできないワンシーンの演出』なのですから。
意識を切り替えて――仮面を被って口角をあげて、私はオープニング画面から自身のモデルが映る配信画面に切り替える。
配信が始まっている事を確認するまでの僅かな空白の時間。
少し間の抜けた表情を演出するように口を開けて、小首を傾げてみせ、あたかも配信が始まったのかを確認しているかのように見える演出を入れながらコメントを確認する。
『きちゃあああ!』
『こんつきー!』
『始まってるよー!』
『首傾げてるのかわいい』
「あー……、ちゃんと聞こえてますかぁ~?」
『聞こえてるよ!』
『だいじょうぶ~』
『声ちっちゃw』
『めっちゃか細いんだがw』
「あれ~? 音量いじった記憶ないんですけどねぇ……? これぐらいかな? あー。みなさーん、いかがでしょうか~?」
『バッチリ!』
『ちょうどいい感じ』
『だいじょぶよー』
『ハッキリ聞こえる』
正直に言うと、毎回マイクテストはしています。
どれぐらいの声量、マイクレベルならどう聞こえるかというのも何度も配信してきたのでしっかりと把握できていますし、もう4年も活動しているのですから、今更ヘマはしません。これは一種のお約束です。
今のコメント欄にもありましたが、声の大きさについては主観的な回答が多く寄せられますので、どれぐらいがちょうどいいのかと訊ねても返ってくるコメントはバラバラになりがちです。
配信する側である私からすれば、私の声とBGMやゲーム音、それぞれのバランスだけではなく、他の配信との兼ね合いも含めての質問だったりもするのですが……それを伝えるのは難しいのでしょう。
悪気はないのでしょうけれど、声が聞こえてさえいれば受け入れてくれる姿勢を見せてくれる視聴者の方も一定数いらっしゃいますしね。
配信者によって音量バランスが大きく食い違うというのはあまり良くないと思いますし、そういう許容ではなく、正直な回答を期待して問いかけているのですけど……やはり難しいものですね。
「大丈夫そうなので、始めますね~。みなさん、こんつきです~。今日はぁ、『OFA VtuberCUP』の第二夜の配信ですよ~。なんだかすごく注目されてるみたいで、同時接続人数すごいですねぇ……」
『昨日は凄かったからなぁw』
『マジで魔王無双だったしなw』
『ツッキーのチームがチームだしなぁ』
『チームメイトと上手くやれてないってのはキツいよなぁ』
「チームの皆さんは仲良しさんみたいですけどねぇ~。私はこういう性格なので、なかなか慣れない方とはうまくいかないんですよねぇ~……。もっと打ち解けられたらいいんですけどね~」
『いや、むしろ距離置いて正解でしょw』
『不正した連中と仲良くなる必要ない』
『いやいや、一応不正したとは明言されてないから。一応は』
『昨日はボッコボコにされたしなぁ、不正とか関係なく』
濁している……とは言えませんが、まあ視聴者としてもこういう反応になる事は織り込んだ上での発言ですし、私とて近づくつもりはありませんよ。
あくまでも、水無月サツキという天然おっとりキャラクターとしての発言なので。
しかし、実際のところ魔王様は……あの方は昨日、凄まじい勢いでキルポイントを獲得しましたからね。
ジェムプロの御三方も上手いプレイヤーではあるのですが、そんな御三方を確実にサポートし、死角を潰すように先んじて跳弾で隠れているプレイヤーを撃ち抜いてという神業は、すでに切り抜き動画でもたった半日程度で数十万再生もされている程です。
「すごいですよねぇ、魔王ちゃん……。私も気が付いたらキルされちゃいましたしねぇ」
『あれはもう天才というより天災と思った方がいい』
『マジで天災。遭遇したら終わる』
『遠くから居場所を把握されたら予測撃ちされるからな……』
『逃げるでなーい!って叫んで追いかけてまでキルしてたのは草』
「あの『魔王の宝石』チームは今日ゼロキル最下位でも不動の1位と言われてますからねぇ。私もチャンピオン獲ってみたいですけどぉ……」
『魔王が相手ってだけでも絶望だけど、チームも絶望』
『さすがにこの大人数に見られながらチーミングやらゴースティングなんかできないっぽいし、ギクシャクしてるのか口数少ないし』
『昨日の配信、お通夜モードで盛り上がらないのに視聴者数万とかいたけどなw』
『あれは応援じゃなくて監視だろw』
アーカイブは確認しましたけれど、騒動で視聴者が増えたおかげか視聴回数だけは確かに多かったですからね、あの3人も。
あの3人が発言を自粛して静かに潰れていくというのは自業自得、因果応報というものではあるのですが……、私にとっても他人事ではないのですよね。
あの3人はすでに萎縮してしまっているせいか、軽薄……いえ、軽妙なトークすらなくなってしまって口数が少なすぎるせいで、私がVCを繋いでいるのにソロ配信をしているような勢いで間を繋げなくてはならなかったり……。
正直、苦行なのです。
昨日は早めに魔王様にキルしていただけたのでVCをミュートにしてソロ配信気分で魔王様のプレイ画面を映して色々語って時間を潰していましたけど。
……今日も、ですかね……。
「……私、今日はVC繋がなくてもいいですかぁ~……?」
『それはそうねw』
『草』
『ソロ配信にちょっと雑音レベルだったしw』
『え、あれコラボ配信してたんです?(驚愕)』
「あ、開始するみたいですねぇ……。VC、入りますね~……」
『草』
『めっちゃ嫌そうw』
『もう運営も入らなくていいって言ってやれよw』
『が、がんばって……!』
これから戦うというのに、気分はドナドナされる子牛の気分です……。




