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転生魔王の配信生活  作者: 白神 怜司
第二章 謀略と魔王
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案件撮影 Ⅱ

「ふおおぉぉぉ……っ、陛下尊い……っ! ふ、ふへへっ」


「……お前、女としてどうなんだ、その顔」


「へ? はっははは、あたしが女を意識したり武器にしたりなんてできるとでも思ってるんすか?」


「……いや、堂々と言うセリフじゃないと思うんだが」


 打ち合わせが終わり、早速とばかりに撮影用のテストルームへ。


 ウチの会社のテストルームは広々とした部屋をパーテーションで6つに分け、一つのブースに4人が入ってプレイできる環境を作っている。

 今日はその為の1つのブースをまるまる撮影用にして、もう1つのブースを俺達やスタッフが撮影状況を確認できるように分けている状態だ。


 そんなブース内でフザける後輩――乃木に呆れながらツッコミを入れてから、ヴェルチェラ・メリシスとそのメイド、それと機材の準備を進めているスタッフ達のいる撮影用ブースの様子を映し出しているモニターへと目を向ける。


 先程の打ち合わせの時も、会話に応じるのはあのメイドの女性だけだった。

 当のヴェルチェラ・メリシスは「よろしくお願いします」の一言しか口にしていない。

 その後も終始無言を貫いていたが……どうやらスタッフ達に対してもそのスタンスは変わらないらしい。

 説明されても口を開かず、時折こくりと小さく頷くだけのようだ。


 Vtuberはリアルでは無言だったり人見知りだったりなんて事も珍しくないらしいが、あんな空気を放っていたヴェルチェラ・メリシスが人見知りとは思えない。

 どちらかと言うと、役割に徹しているような、そんな風に見えるんだよな。


「それにしても、見た目がまさかモデルと同じ……いや、実際のお姿がもうモデルを超越してるとしか言えないすね。あんなつよつよフェイスとか持ってんなら、普通に顔出して配信してもいいと思うんすけど」


 まあ、確かに顔を出せば売れそうではあるな、とは思う。

 そんじょそこらのモデルやらアイドルやらにも負けない程に整った外見をしているのは事実だ。


 髪や瞳はもちろん、白人らしい透き通るような白い肌の色。

 一見すれば分かる程度にハーフ、あるいは血の濃いクォーターならではの独特の美しさを持っているし、もう少し大人になれば匂い立つような美しさをさらに開花させるだろう事は想像に難くない。

 それだけの器量良しなのだから軟派な者、あるいは下心を抱こうとするような輩も現れても珍しくはないだろうし、街中でスカウトなんてのもあるかもしれない。


 だが……まあ、さっきみたいなあんな空気を纏っている存在が相手じゃ、そんな連中でも声をかける事はできないだろう。

 そもそもメイドがいるんだから学校とかにもメイドを連れてったりしてるのかもな。

 マンガの中のお嬢様生活みたいな感じで。


「見た目がいいからってそういう方向で目立ちたいとか活動したいとか、そういう意識になるとは限らんだろ」


「んー、まあそうっすけどね。はー、尊い。魔王とメイドとか、めっちゃいい。あの二人だけで百合妄想が捗るっすわ」


「なんだそれ。……しかし、魔王、か」


 なるほど、それは確かに言い得て妙だ。

 あの少女が持つ魔性の魅力とでも言うべき代物は文字通りに魔性である訳だし、ただ男が女に惹かれるというレベルの代物ではなく、跪き、付き従いたくなるような空気は、それこそ王という存在に相応しい。故に魔王というのが妙にしっくりとくる。


 そんな事を考えている内に、ついに録画が始まった。


 喋りだしてみれば尊大な口調や物言いではあるものの、あの容姿と空気を知る俺からしたら、いっそあの方が親しみやすく気さくなものになったと思える。

 あの見た目でもしもずっとあの無言を貫かれようものなら逃げたくなるぞ、俺なら。


 しかし、すごいな。

 配信向けのあの喋りの一つ一つが嘘くさい演技めいたものに見えず、モデルと同じように尊大とも言えるような体勢で足を組む姿も、堂に入っている。

 自然体そのものだと納得できる程だ。

 意外と演技派だったりするのか……?


 そんな風にヴェルチェラ・メリシスという少女を分析している俺を他所に、撮影は進んでいく。


 前半は資料を使ったゲームルール、兵科の特性、マップの紹介だ。

 それらをまとめた資料も用意してくれていたようで、なるべく簡単に、かつ分かりやすく説明してくれている。


 時間配分も悪くはない。

 一度たりとも噛まず、カンペすらなく進むせいで、編集する必要すら感じない。

 いっそもう完成した動画を見せられているような気分にすらなるな。


「……資料も文字を極力減らして分かりやすく、説明も簡素化して要点を纏めてる。うーん、妙にプレゼン慣れしてるっすね……。華のJKなのに」


「……正直、俺の部下より上手いかもしれん」


「それはそれでどうなんすか」


「お前が言うな」


 くだらないやり取りをしていられる程度に安心して任せていられるような、完成度の高いプレゼンだ。

 俺が知る過去のVtuber依頼案件や、たまに見かける配信者の案件動画とも比べようもない程にしっかりとしている。


 前半の自己紹介からゲーム紹介までで15分から20分。

 そういった条件を設けていたようだが、タイムカウンタを見ればちょうど15分ジャストでゲーム紹介が終わった。


 ……いや、向こうにはタイムカウンタは表示してないんだが。

 なんだその完璧な調整。


 スタッフが再び向こうの部屋に向かって各種カメラと画面の切り替え作業を行っているその最中、ヴェルチェラ・メリシスとそのメイドは二言三言交わしてリラックスしている。

 メイドが取り出した水筒を受け取って飲み物を口にしたまま作業の様子を見るぐらいで、特に次のセリフや流れを確認する様子もなく落ち着いていて、まるで緊張した様子も見えないな。


 ……むしろウチのスタッフ達の方が顔強張ってるレベルなんだが。

 いや、ホントなんなんだ、あの娘。

 あれで十代後半とか、貫禄も実力もありすぎだろ。つか嘘だろ。


「ここまで完璧にこなしてくれたのは予想外すけど、こっからが本番すね」


 後輩が録画用のモニターに映し出された画面を見ながら呟く声を聞いて、俺もそちらに目を向ける。映し出されているのは、ヴェルチェラ・メリシスの正面にあるプレイ画面とモニターをカメラで映した映像、そして手元を映した映像をそれぞれに分割したものだ。


「なんでわざわざこんなにカメラ用意したんだ? いや、まあいらないんだったらそもそもウチで撮影までする必要もなかったかもしれないが」


「簡単に言えばチートしてないって証明するためっす」


「はあ……?」


「配信画面上じゃチートしてるって分からなくするとか、そういう類のものもあるっすからね。ハードウェアチートも含めて言い出したらキリがないってことぐらい、知ってるっすよね?」


「まあそれぐらいは分かるが……。って、おいおい、まさかあの娘、チート疑惑でもあるのか……?」


「そうっすね」


「はあ!?」


 そもそもFPSゲームにとってチートとは最も忌むべきものだ。

 ゲームバランスを崩壊し、プレイヤーの熱を下げ、チートが増えれば増える程に健全なプレイヤーが減っていく。

 そうなればゲーム自体が過疎化して、サービスとして提供していくのも難しくなる。


 そんな疑惑があるプレイヤーを案件に担当させれば、「チートを使ってるのに運営に優遇されている」なんて勘違いする連中だって出てきかねない。


 まあ、俺から言わせれば「そんな事を宣う暇があったら練習してろよ」と言いたいところではあるが、それを言えるはずもなく。

 ともあれ、そういった背景もあるからこそ、クリーンなイメージのあるプレイヤーである方が安牌だと言える。


「注目度は凄まじいっすよ? 個人勢の新人Vとは思えない伸び率で、デビューしてまだ半年足らず。なのにジェムプロとチームを組んだ謎の新人っすから。そんな彼女が超人的なプレイを見せているせいか、チートだって疑われてるってトコっすね。だから今回、ベースとなるプレイ画面を一番大きくして、残りの画面をワイプにして映し続けながら、投稿時には編集でチートが使われていない事が分かるように対応するんすよ」


「……それなら注目度や起用理由は分かるんだが……しかしなぁ」


「いやいやいや、進藤主任。事ここに至って彼女が本気でチートしてるなんて思うんすか?」


「いや、さすがにやってないんだろうよ。じゃなきゃこんな撮影条件を承諾するはずもないしな。そうじゃなくて、俺はチート疑惑があるヤツに案件を持ちかけるなんて事が問題だって言ってんだ。くだらないクレームを引き寄せるかもしれないだろ?」


「そんなん無視すりゃいいんすよ。少なくとも、あたしはただの負け犬の遠吠えに付き合う気なんてないっす」


「お前なぁ……」


「不自然な挙動も皆無だと判断して配信のコメントに書き込んだのはあたしんトコのチームメンバーっす。視聴者もそれで納得しろって話だったんすけど、それでも、どうしてもチート呼ばわりしたがる負け犬達は黙らなかった。まあハードウェアチートや外部ツールを使ったものまで挙げたらキリがないっすから、連中もそっちだって騒ぎ始めてうるせーんすよ。で、だったら実際にプレイ画面が見れる状況を第三者であるあたしらの目の前で撮影して公開するのが、バカを黙らせるには一番手っ取り早いじゃないすか」


「なるほどな……」


 …………うん?


「……なあ、これウチのプロモーション案件だよな? なんでヴェルチェラ・メリシスのチート疑惑を晴らす手伝いがメインみたいな話になってんだ?」


「んなもん、あたしが陛下の忠実なる下僕として陛下の正しさを――あ、嘘っすよ? 冗談す。そんな殺気に満ち満ちた目を向けるのやめて欲しいっす。やだなぁ、今のは可愛い後輩の茶目っ気すから。ね?」


 コイツの場合、これが茶目っ気と言われるよりも本気でその為にやったって言われた方が納得いくんだよな……。

 いや、さすがに会社の広報費をそんな私物化したりすりゃ大問題になるし、結構ぶっ飛んだ事をする割には線引はしっかりできてるってのは分かってるんだが……日頃の行い的にどうしてもなぁ。


 そんなくだらないやり取りを行っている間に、撮影は再開。

 ここからは他のブースでスタンバイしていたウチのテストプレイヤー達が協力してカスタム戦をする予定になっているんだが、デバッグ検証用の設定を実行し、指定された武器が最初から手元に用意されている状態で開始する。

 お目当ての武器を手に入れるまでにそれなりに時間もかかってしまうし、そもそも武器がどの箱に入っているかは完全にランダム要素だしな。


 ヴェルチェラ・メリシスはスナイパーライフル。

 特殊スキルは……あれは【跳弾強化】か。


 あれを使えるのか――なんて考えた、ちょうどその瞬間だった。

 ヴェルチェラ・メリシスがすっとマウスを操作して、スコープすら覗かずに明後日の方向に銃を撃った。


〈ヴェルチェラ・メリシス >> TEST03〉


「……は?」


「きたああぁぁぁっ! やっぱりチートなんかじゃないんすよ! っしゃあおらぁっ! すっとこアンチ共ざまぁっ!」


 ぐっと握った拳を突き上げて叫ぶ後輩を横に、俺は何も言えずに画面を見つめて動けずにいた。


 ヴェルチェラ・メリシスは微動だにせず、ただ淡々と、まるで当たる事すら確認しようとせず、当たったと確認する事もなくぐるりと画面を旋回させてさっさとその場から離れていく。


 キャラクターを走らせながら、しかし定期的にカメラがぐるんと周囲を見回すように旋回する。

 そうしてピタリと動きを止めたかと思えば、上空を見上げた。

 スコープを覗き込む挙動――ほぼ一瞬のそれと同時に鳴り響いた銃声。


〈ヴェルチェラ・メリシス >> TEST01〉


「……チートじゃ、ないんだよな……?」


「見りゃ分かるじゃないすか。あのPCのデータを改ざんするなんてできないようにしてあるし、マウスもキーボードもウチの備品っすよ。画面上におかしな挙動も当然ないっすよ」


「……は、はは……。おいおい、なんだ、そりゃあ……」


 唖然とする俺の視線を他所に、ゲームは動き続ける。

 建物の中を走った一瞬キャラの影を見たかと思えば、ゆっくりと建物と平行するように移動していく。そうしてヴェルチェラ・メリシスの視界に映ったままだった建物の出口側に一瞬だけキャラが映ったと思えば、カメラが一瞬で斜めにズレてそのまま銃声。


 カメラはその銃弾の行く末を見守ろうともせずに背を向けていて、キルログだけが画面の右上に表示された。


「……そりゃチート疑惑も出るだろ……」


「さすがっす、陛下……! ほらほら、進藤主任、これ見てください!」


 ノートPCを操作していた乃木に言われて画面を見れば、最初の跳弾でキルを取った瞬間が映し出されていた。

 フレームを移動させると一瞬だけヴェルチェラ・メリシスの画面に映ったTEST03の影。その影が動いていく方向にカメラが向いてから、すぐに斜め前方のアーチ状のポイントへとカメラが向いて銃を撃っている。


「目視して移動先を予測し、ポイントに入り込むタイミングを読み切る。跳弾する角度を把握し、決められたポイントに向けて決められた角度から銃を撃つ。ただそれだけの機械的な動きを寸分違わずやってのけてみせてるんすよ! 凄すぎないっすか!?」


「……あ、あぁ……」


 ――それって、人間にできる事なのか?

 脳裏を過ぎるそんな疑問と同時に、打ち合わせの時にこちらを真っ直ぐ見つめた金色の双眸を鮮明に思い出されて、俺にはヴェルチェラ・メリシスが不気味な存在に思えてならなかった。


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