【配信】プチ炎上 裏
私――滝 楪――の姉の娘である凛音ちゃんは姪というよりも歳の離れた妹のようなものだけれど、彼女は非常に多才な少女である。
幼い頃からピアノを習えば凄まじい早さで難易度の高いクラシックを弾いてみせ、絵を描かせれば可愛らしいものよりも風景画などで凄まじくレベルの高い作品を生み出し、まさしく彼女は才能の塊である、と素直に思える程だ。
しかし、彼女の外見は非常に美しく、珍しい色を宿していた。
整った顔の外国人の少女というものはどこか妖精じみていて人間離れした可愛さを有しているけれど、こと日本という国では外国人の子供とは珍しい部類に入り、どうしたって視線を集めてしまう。
他人の視線というものを怖がるようになり、無遠慮なクソガキ……もとい、男の子から美しい銀髪を「白髪のババアみたい」と言われて傷付いたらしく、キレイな髪を習字道具の墨でべったりと染めて帰ってくる、なんて事さえあった。
そんな凛音ちゃんが内向的な性格になってしまうのも、無理はなかった。
日本という国は兎にも角にも”異物”を排除する傾向にあり、根っからの島国根性が根付いてしまっているのだ。
凛音ちゃんにとって、この国は実に生きづらい国だろう。
あの子の才能を活かす為には、海外に留学させるというのも一つの選択肢ではあった。
けれど、さすがに海外に放り出す訳にもいかず、凛音ちゃんの母親である姉さんも仕事の都合上海外で暮らすのは難しく、その話は立ち消えた。
まぁ、その結果として彼女は日本に残り、そして私の提案もあって『Vtuber』になったのだけれど……。
《はっ、才能じゃと? 情熱を持ち続けられずに心が折れて投げ出す未熟さを、才能がどうのなどと形容して誤魔化すでない。極限まで時間と情熱を費やした者のみが才能を語れ、阿呆め。突き詰め、壁にぶつかり、それでもなお抗い続けた者以外が才能などと軽々しく口にするでない》
――あの子、配信で性格変わり過ぎいいぃぃ……!
その過激過ぎる発言が、女子高生である事を明かしてしまったせいか小娘に何が分かるのかと視聴者たちの怒りを買ったのか、コメント欄が荒れ始めてしまった。
しかし、彼女はその反応を見て、嘲笑った。
絵の笑顔だというのに、明らかに嘲笑である事が窺える程の空気を放って。
《くはっ、なんとまあ……笑わせよる。妾が若いから知らぬ、現実はそんなに甘くない、とでも宣うか? くくくっ、どの時代、どの世界においても、匙を投げる事に慣れた者ほど達観したフリをするのう。そうして自分は偉いのだと、身の程を弁えているとでもほざくつもりか? くはは、笑わせる。自らを誇る事もできずにキャンキャンと喚く者を、負け犬と言うのじゃよ》
――言い過ぎよ、凛音ちゃんんんん……!
思わず頭を抱えてしまった。
「あっははははっ! ヴェルちゃん陛下すっごいね! ここまで堂々と強気に言い放つなんて、箱所属のライバーじゃまず無理だよ」
私の隣にいる、一人の女性。
今ではVtuberを知る者であれば知らない者はいないと言っても過言ではない程の知名度を誇り、凛音ちゃんの初配信に喰い付いた張本人。
ジェムプロ一期生、エルフをモデルにしたエフィール・ルネットの中の人である瑠流は、頭を抱えた私の隣で非常に楽しそうに笑って膝を叩いた。
彼女は持ち前の嗅覚によって私と凛音ちゃん――つまりは彼女のお気に入りとなったヴェルチェラ・メリシスとの関係性を見抜き、こうして私と一緒に配信を見ていた。
「そりゃそうよ……。というより……あぁ、やっぱりコメントが凄い事に……」
「ま、そりゃそうだよね。でもさ、彼女の言ってることって、すっごい正論なんだよ。真っ直ぐで、真っ直ぐ過ぎて、他人の心を容易に抉った。この言葉に思い当たる節がある人には、あまりにも痛い一言だ」
「……えぇ、そうね。まったく。こんなの個人勢で、しかも新参だから言える内容よ」
「ううん、違うよ」
「え?」
「個人であっても、新参であっても普通なら言えないよ。だって、この言葉は鋭さがえげつないぐらいだもの。今の新参には、ネタで炎上を狙いでもしない限りは言えない。でも、それを口にしたらネタでは済まない程の炎上を受ける可能性だってある。もし、この言葉をそんなネタ狙いではなく本気で口にしていて炎上したとして、それでもなおこの子が消滅しないんだとしたら、もしかしたら……――」
瑠流の言葉が途切れる。
でも、私にはその先に続く言葉が、なんとなくだけれど伝わってきた。
「――この子こそ、あなたが探している『本物』、と。そう言いたいの?」
私が続きを口にするとは思っていなかったのか、瑠流は一瞬驚いたように目を丸くしてから、ニヤリと笑った。
「うん、その通り。このVの業界が、人気を取る為に、お金を稼ぐ為に新参でさえ徐々に安牌に走り始めてしまった。そんな時代を破壊して、私たちにすら危機感を与える『本物』かもしれない」
それは、私にも理解できた。
配信業界の今の形の始まりは、いわばテレビ業界の衰退によるものだと言える。
似たような番組制作に視聴者が飽き、提供されるコンテンツばかりを享受するではなく、自ら選び、楽しみ、参加する時代になっていく。
限られた者が、限られた環境の中でしか活動できないテレビではなく、テレビではやらないようなコンテンツを配信者が行っていく自由さと刺激、目新しさが溢れるインターネットコンテンツは、自分が好きな時に好きなものを見れるという、選べるコンテンツであると言える。
必然的に若者は退屈なテレビから離れていき、テレビよりも身近で楽しいコンテンツに鞍替えしていくようになった。
しかし配信業界も徐々におかしな方向に走り出し、他人に迷惑をかける迷惑系や、他人の秘密を暴露する暴露系など、もはや節操もない有様となり、徐々にその人気にも陰りが見え始めている。
そんな中でVtuberが生まれ、まるで生きたアニメキャラのような存在の何気ない配信、楽しんでいる姿を見せる。
そういうものが愛されるようになり、その人気はゆっくりと、しかし着実に広まりつつある。
我がジェムプロは、そして目の前にいるジェムプロ一期生の瑠流は、まさにその黎明期を駆け抜け、先陣を切った事務所であり、そのおかげもあって最大手と言える立ち位置を築いたと言える。
しかしその一方、今やVの業界も玉石混淆。
V業界もまた黎明期と言える時代を駆け抜け、今は様々な方針を打ち出した事務所が出てきている。
下ネタ系、暴露系など、その動きもまた配信者業界と同様に徐々に混沌としてきている。
一方で個人勢の新参はほぼ横並びな参上の仕方をしている。
誰もが炎上を恐れ、明言を避ける傾向にあるためかオリジナリティに欠け、その人気はなかなか伸びない。
今やVで生きていくのであれば力のある箱に入り、箱推し――いわゆる、既存の先輩たちに引っ張られて人気を取るという形がスタンダードな正解にさえなりつつある。
だから、瑠流はそれを打ち破るような『本物』を探していた。
すでに安牌となってしまい、配信の内容も、キャラクター性すらも最早テンプレートに則りつつあるジェムプロに、新たな風を巻き起こす存在を。
そして、この停滞の兆しを見せ始めているVの業界を吹き飛ばすような、震える程の本物を探す、その為だけに瑠流は新人発掘の意味で初配信のあちこちに現れている。
そんな彼女は今、見定めるように凛音ちゃんの配信を見つめている。
瑠流は気が付いているだろうか。
あなたの今の笑顔は、酷く獰猛なものだという事を。
そんな事を考えていると、配信画面越しに凛音ちゃんは口を開いた。
《くくっ、もしも妾が言った言葉に腹が立ち、目障りに文句を垂れ流すだけの者なんぞに妾は興味を持たぬ。初配信でも言った通り、さっさと去ね》
――その瞬間、瑠流の表情は失望に染まった。
言い過ぎだ、と思ったのだろう。
けれど、凛音ちゃんは言葉を結び、紡ぐ。
《悔しい、と。妾に言われてそう思ったのであれば、それは貴様らの中で未だに情熱としていたものが、注いできた想いが燻っている証拠だと何故気付かない。貴様らが蓋をして、忘れようとしてしまったものが、このような妾の言葉で再燃する程度には大きく残っているものである証左だと、何故理解できない?》
それはなんだか酷く寂しそうだった。
尊大で、不遜で、堂々と言い放ってみせている彼女であるというのに、まるで何かを悲しんでいるような、寂しがっているような、そんな風に見えて、ただただ私は彼女の言葉に、その訴えに耳を傾けていた。
――それを人は、惹き込まれる、魅入られると言うのだろう。
私の意識が完全に傾いたその瞬間に、彼女は告げた。
《妾に言われ、何クソと思い、見返したいと思う気概のある者こそ妾は愉しみにしておる。己の情熱を、燻ったものを抱えたまま腐らせてきたそれを昇華させるべく、燻ったままではないのだと心を燃やしてみせよ。くだらぬ矜持など捨てて、泥臭く這いつくばってでも、一泡吹かせる気概があるというのであれば、それを妾に見せてみよ。そして、これが己の輝きなのだと魅せつけてみせよ。いつでも良い。妾はいつまでも貴様が魅せる輝きを待ってやる》
その瞬間だった。
私はまた、彼女の言葉に身体の内側を撫でられたかのようにぶるりと身体を震わせ、瑠流もまた震えていた。
《くくく……っ。妾は魔王、魔界を統べる唯一無二の魔王ヴェルチェラ・メリシス! 貴様らが磨き上げた技術を、技を、妾に届かせてみせよ! 心を燃やせ、情熱を灯せ! 燻ったまま生きるなんぞ、妾の臣下である以上は妾が許さぬ! 貴様らの輝きを、妾に届けよ!》
――凄まじい衝撃だった。
身の内に眠っている何かを叩き起こし、業火で燃やそうという程の熱が湧き上がった。
そう感じたのは、私だけではないだろう。
コメント欄は雄叫びをあげるように、抑圧されていた自由を得たように叫び声のようなコメントが、濁流のように流れている。
ふと隣を見れば、瑠流もまた目を大きく見開き、身体を震わせながら、ただただ画面を見つめながら、彼女はうわ言のように呟いた。
「は……はは……、『本物』……? いや、そんな、それ以上よ……! この子は……劇薬に等しい……! 魔王ヴェルチェラ・メリシス……、あぁ、本当に魔王じゃないか……!」
――魔王じゃないか。
そんな瑠流の言葉が、私の中で形容できなかった凛音ちゃんの本質を正しく言い表しているような気がして、私は思わず自分の身体を掻き抱いた。
彼女は、自ら魔王という設定を作り上げ、モデルを作った。
あまりにも似つかわしくないモデルであったはずなのに。
しかし、蓋を開けてみればどうだろう。
彼女は正しく王のように泰然と言葉を紡ぎ、心を震わせるではないか。
それはまさに理想の『王』であり、抑圧していた心の叫びを擽り、呼び覚ますそれは正しく『魔王』だ。
――あの子は、自分の本質を、才能を理解していた……?
「……ねえ、マネちゃん。私、この子とコラボしたい」
――あぁ、まったく。
最近はすっかり鳴りを潜めていた、あなたのそんな目を見せられて、こんなにも震えさせられて。
私がその申し出にノーを言えるはずが、ないじゃないの。
本日はここまでとなります。
お読みくださりありがとうございました。
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