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転生魔王の配信生活  作者: 白神 怜司
第二章 謀略と魔王
55/201

【配信】裏 悪意には、悪意をもって Ⅴ

「――……はあ。疲れたわ……」


 一通り関係各所とのやり取りを済ませ終えたのは、配信から次の日、それも夜を迎えようと空が暗くなり始める時間帯だった。

 仕事用のオフィスチェアに体を預けてぐっと伸びをしつつ、凝り固まりそうな首と肩を動かしてからマグカップを口元に運んで、すっかり冷えてしまったコーヒーを流し込む。


 ――まさかこんな事になるなんて。

 私――滝 楪――の姪っ子である凛音ちゃんと、私が守るべき『ジェムプロ』所属Vタレント達が巻き込まれる事となった今回の騒動を思い返して、ついつい眉間に皺が寄ってしまう。


 個人勢Vtuberとプロゲーマーの混合チームによる不正行為。

 すでにネットニュースや切り抜き動画、SNS上では本大会前のカスタムマッチで行われた試合における行動、言動の数々から不正の証拠を突き付けるようにあちこちから声が上がっている。


 あんな真似をされればこうなるだろうな、とは思った。

 こういう業界にいると嫌でも分かることだ。

 注目を浴びる出来事は良くも悪くも拡散されていくものではあるのだし、再生数欲しさ、閲覧数欲しさに切り抜き動画やネットニュースを生み出す側にとっては新鮮で美味しいネタでもあるというのも理解している。


 今回の不正行為に対してエフィやリオ、スーに対しては、現状では何もコメントしないようにと伝えてある。

 状況証拠しか揃っていないのだし、ジェムプロという大手の箱に所属するタレントがそれを言及してしまうと、さらに騒動が大きくなるであろう事は想像に難くない。


 エフィ達もそれを理解しているからこそ、不正があったという点については一切言及しようとはせず配信を終え、沈黙してくれている。


 でも……ネット上ではすでに不正があったという前提で騒動が拡大し始めている。


 ヴェルチェラ・メリシス。

 新人の個人勢Vtuberでありながら堂々とした物言いと不遜とも取られかねない態度、言動で注目を浴びた凛音ちゃんに対するネット界隈の声はなかなかに大きくなっている。


 今回の騒動においても、不正を行った連中の主犯格であろう『あぶそりゅーと・べろ』とかいうチームのプロゲーマー達も、ヴェルチェラ・メリシスの実力を疑っていたからこそチーミング、ゴースティングをしてでもチート利用を暴こうとした、というのが背景ではないだろうかと言われているし、過去にチートを暴いて持て囃され、天狗になっていたなんて事もちらほらと書かれているし。


 けれど……。


『ジェムプロと組んだ個人勢を狙ったんだろ? なんでこんなのと組んだんだろ』


『ヴェルチェラ・メリシス入れなけりゃ良かったのに』


『つまりジェムプロは巻き込まれただけじゃん。魔王だかなんだか知らんけど他でやれよ』


 切り抜き動画のコメント、SNSではこういう配慮に欠けた言葉を口にする人間は一定数存在している。

 悪意に塗れた類ではないし、投稿者にも悪気はないのだろうけれど、こういう言葉を書かれた側の気持ちを考えてほしいと言いたくなる。


 凛音ちゃんの超人的な技術を疑われて、運営がチートじゃないと公言しているにも係らずに狙われ、巻き込まれただけ。

 そもそも私がチームに誘って参加してもらっているのであって、彼女から自分を入れて欲しいだとかコネを利用したという事実は一切ないのに、これでは凛音ちゃんまで悪者になりかねない。


 まあ、凛音ちゃんに直接会いに行く時間が取れなかったから通話ではあったものの、巻き込んでしまった事に対する謝罪ついでに少し話してみたけれど、本人はあっけらかんとしていて、色々な声については一切堪えていない様子だったのは幸いかな。

 それどころか今回の騒動について言及してもいいのかとか、ジェムプロとしての対応をどのようにするのか、自分はどこまで触れていいか、なんて確認していたぐらいだし。

 しかも私がちゃんと寝たのかとか心配されたりもしたけど……。


 ともかく、本人が全く気にしていない事には安堵したものの、言いたい放題言っていい訳じゃない。


 まだたった一日しか経っていないし、不正を行った『あぶそりゅーと・べろ』や他のVは沈黙を貫いているけれど……不正に加担しなかったメンバーがSNSで不正があったと匂わせるような投稿をしてるし、確定するのも時間の問題かな。


 すでに今回の『OFA VtuberCUP』の主催元でもある『CLOCK ROCK』ことクロクロとも、不正をした者たちが認めるまでは具体的に言及しないという方向でまとまっているし、場合によっては大会を延期するかもなんて話も出ているぐらいだ。


 まったく……余計な真似をしてくれたものね。

 せっかくウチが初参加して界隈が盛り上がっているというのに、プロゲーマーのクセにくだらない真似をしたのも、妬み嫉みから凛音ちゃんを陥れようとした個人勢Vたちも。


「――せ、先輩! 姪っ子ちゃん配信してますよ!」


「……へ?」


 同室で仕事をしていた後輩、2期生であり今回の『OFA VtuberCUP』の参加者であるリオのマネージャーをしている佳純ちゃんが慌てて声をかけてきたものだから、私も慌てて凛音ちゃんの配信を開いてイヤホンを片耳につけた。


《――不正行為なんぞ妾は知らん》


『いやいやいやw』

『明らかだったじゃんw』

『まあ大手が沈黙してるのに何か言えるはずもないわな』

『チートの圧勝だったからなw』


《貴様らが騒いでおる昨日の3試合目なんぞ、妾からしてみればキルポイントごちそうさまという感じでしかなかったが? 有象無象が寄ってたかっておったので撃ちたい放題じゃったし》


『煽りよるw』

『くっそww』

『確かにキルポ21は尋常じゃないw』

『チートバレなくて良かったねw』


《本番でもあれぐらい撃ちたい放題撃たせてくれんもんかのう? 選り取り見取り、選びたい放題のバーゲンセールみたいなもんじゃろ、あれ》


 ――あ、煽ってる……ッ!? メッチャ煽ってる!?

 コメント欄は凛音ちゃんの煽りっぷりというか堂々とした感じで凄い勢いで流れてるし、視聴者数は……4万人……!?


「これ、今回の騒動に言及してる事もあってか色々な視聴者が増えてますね……」


「そう、ね……」


「しかもめっちゃ煽ってるものだから盛り上がってますね……」


「……そうね……」


「……すご……」


 佳純ちゃんが思わずといった様子で感嘆するのも無理はない。

 普通に考えて、今回みたいな騒動があると触れないようにする、或いは控えめにお気持ち程度を表明するというのが一般的だもの。

 まして、ヴェルチェラ・メリシスである凛音ちゃんは当事者なのだから黙っている方が普通。


 そんな立場にあるはずの彼女が、一夜明けたと思ったら堂々とその話題に触れて、しかもお気持ち表明どころか堂々と煽るように微塵も気にしている素振りすら見せず、それどころか、いっそ本番でもやって来いと言わんばかりの物言いで告げているのだ。


 ちらりと『Connect』にある今度の『OFA VtuberCUP』のチーム用サーバーを見れば、エフィ、リオはともかく、スーまでもが大草原を生み出しているし。


《まあ、それはともかく、じゃ。なんぞさっきから妾をチートだのなんだのとほざいておる輩もおるようじゃ。公式にも認められた妾に対し、自分が認められぬからとキャンキャンキャンキャンと喚いておる畜生風情にもいい加減飽いておるのでな。あまり乗り気ではなかったんじゃが、とある仕事を受けようと思っての。そのお知らせじゃ》


『くっそ言いよるww』

『歯に衣着せぬとはこの事かw』

『お、案件? しかもこのタイミングってまさか』

『個人で数ヶ月で案件とかつよいw』


《察しが良い者もおるようじゃから、まあもったいぶる必要もあるまい。『OFA』の公式から案件が来たので、そのお知らせじゃ》


『は?』

『はああぁぁぁ????』

『まさかのここで公式からの案件とかw』

『チートって言い続けてるヤツ、息してますかー?w』


「……え」


 困惑する私を他所に画面上に表示されていたのは、【『OFA』公式『神業跳弾講座』】とデカデカと書かれ、スナイパーライフルを構えたヴェルチェラ・メリシスの絵が描かれたサムネイル。

 しかも【収録スタジオで開発チームが撮影予定! リアル映像による手元の動きも公開!】、とも書かれている。


『え、リアル映像あり!?』

『美白陛下のお手元が!?』

『手元公開って事はチートなんてやりようがないじゃんw』

『相変わらず噛みついてる連中もこれにはだんまりw』


「…………ッ」


 盛り上がっている配信を見ながら呆気に取られてしまっていたけれど……事実に気が付いて思わず歯噛みし、拳を握りしめてしまう。

 凛音ちゃんは乗り気じゃなかったって言ってるし、きっとこの騒動を受けてゴチャゴチャと言われ続けるのが煩わしくて、仕方なく受けたんだろうと気が付いてしまったから。


 ――情けない。


 今回の件は『OFA VtuberCUP』という一大イベントにおいて、ジェムプロのタレント達を応援したいという私の我儘で、凛音ちゃんの注目度が増してしまったせいで起こった騒動だ。


 もともと凛音ちゃんの注目度、人気の上昇速度は凄まじかったし、いずれは注目されていたのは間違いない。

 それでも、『ジェムプロとのコラボ』というブースト効果もあって、その注目はあまりにも大きい。


 いや、正確には大きすぎた(・・・・・)のだ。

 だから、おかしな嫉妬を買う羽目になってしまった。

 同じような個人勢、個人勢を応援する視聴者、ジェムプロを応援してくれている視聴者達から一気に注目を浴びてしまったが故に、妬み嫉みの対象になりやすくしてしまった。


 ――私のせいだというのに。

 その尻拭いすら私にはできず、凛音ちゃんが気乗りしていないという仕事をわざわざ受けさせる羽目になってしまったなんて――――





《――勘違いするでないぞ》





 ――――まるで見透かしたかのように凛音ちゃんの声が聞こえてきて、私は思わず目を剥いた。

 心なしかコメントまでもが徐々に失速していく。


《妾がチートを使っているだのなんだの騒ぎたい者なんぞ、勝手に騒がせておけばよかろう。配信を始めた頃も言ったはずじゃが、見たければ見ろ、見たくなければさっさと()ね。取捨選択は貴様が決めることであり、妾は無理に見てほしいだのとは思っておらぬ。勝手にせい、と言っておる》


『お、おぅ』

『さすが陛下、相変わらずの強気でございます』

『堂々と言い放つとかかっこいい』

『さすがでございます』


《今回の件もそうじゃ。チーミングだかゴースティングだか知らんが……くくっ、何をくだらん事で騒いでおる。妾は魔王ぞ? 人間が知恵を、力を結集してどうこうしようとしてくるなど今更珍しい事でもない。いっそ妾から言わせてもらえば、ゲームという魔力の差も関係ない極めて平等な戦いにも係らず、わざわざそこまでしてなお妾に届いておらんのでは不甲斐ないとしか言えんな。何せ妾から見れば、影響などほぼなかったんじゃからの。おっと、キルポイントは多く稼げたか》


『それはそうw』

『もうやめたげてw』

『草しか生えんw』

『煽りがすごいw』


《今回妾が乗り気でなかったというのに仕事を受けるのは、そのような畜生風情への証明ではない。あくまでも妾を信じておる者への配慮じゃ。臣下である貴様らが、くだらぬ妬み嫉みを抱く連中や、幼稚な自尊心を満たしたがってキャンキャンキャンキャン吠えておる連中という、至極どうでも良い存在に煩わされておるようじゃからの。妾を信じる者に応える為に、くだらんチート疑惑を一蹴するにもちょうど良いからこそこの仕事を受ける。ただそれだけの話じゃよ。――まあ、今の妾がこれを受ければ注目度も高いであろうし、宣伝にもなるであろう。公式も嬉しかろ?》


『かっけぇ、と思ったらw』

『それはそうなんだがw』

『OFA公式※:それはそうです、ハイ』

『公式いいぃぃぃ! 認めんなや!w』

『おい公式ww』

『まさかの肯定w』


《くくっ、プロモーションとはそういうものであろうよ。故に、臣下の者共、ついでに飽きもせずに吠えておる連中も、今回の騒動で妾を知った者共も、真偽を確かめたければ楽しみにしておれ》


「……凄すぎませんか……、これ……」


 呆然とした様子で呟く佳純ちゃんの声に、私は何も答えられなかった。


「……っ、滝さん! トレンドが、『『OFA』公式案件』と『ヴェルチェラ・メリシス、陛下』、『チート疑惑証明』で一気に塗り替えられてってます……!」


「……ッ!?」


 同室で同じく動画を見ていたらしい後輩の声に、私も慌ててモノロジーのトレンドを確認してみれば、確かにその通りに急上昇ワードとして表示されていた。




 一瞬何が起こったのかと言葉を失い――そして、ぞくりと震えた。

 今になってようやく理解が追いついた。

 凛音ちゃんのあまりにも鮮やか過ぎる手腕に、戦慄する。




 V界隈でも有名な『OFA VtuberCUP』。

 その大会の知名度は年々高まっているけれど、まだまだ一部の界隈に留まっている。

 ゲームに興味があるけどVには興味のない視聴者もいれば、その逆も然り、というのが現実的なところだから。


 視聴者という存在はシビアで、それなりに見てくれる視聴者であってもゲームの内容を含めて配信内容によっては全く見ない、なんて事も多い。

 FPSというゲームジャンルは特にその傾向も強い。しかもジェムプロの場合、「箱の外のメンバーとのコラボだから観る気がない」なんて視聴者も一定数存在する。


 けれど、凛音ちゃんは今回、その大会における渦中の人物となった。

 チーミング、ゴースティングをされた可能性があり、チート疑惑なんてものまであるような超人的なPSの持ち主である存在。


 そんな存在が向けられた悪意に対し、歯に衣着せぬ物言いで煽るように今回の騒動をはっきりと痛快に、悪意で悪意を塗り潰すかのように切り捨てる。

 しかも近い内に公式案件で未だに続くチートに対する証明を行うかもしれない、とネタが豊富な状態で案件に挑むとなれば。


 Vが好きだけど、FPSに興味がないという視聴者も、その逆も。

 そして超人的なプレイをするという点に興味を持った、FPSとVのどちらにも興味を持っていなかった視聴者さえも、興味を抱く理由になる。


 視聴者に対して物事を痛快に言い放ってみせ、己の力を見せて失望される事も恐れずに安牌を捨て去り、常に堂々とした態度を取ってみせるヴェルチェラ・メリシスという存在の成功を見たい者だけじゃない。

 調子に乗ったヴェルチェラ・メリシスの失態を見たいと思う者だって、公式配信を見るぐらいはする。


 己のチート疑惑すらも利用した上で完全にこの騒動を喰ってみせた(・・・・・・)




 ――あの子は、全てを持っていってしまったのだ。




 その事実に震えながらも、何故か私の口角はつり上がっていた。

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