【配信】悪意には、悪意をもって Ⅳ
セントラルタワーで囲まれている事に気が付いて、リオが退路を切り開き、スーとエフィが足止めしてから向かってくるという流れ。
そこから「狙撃が欲しいポイントにピンを立ててくれ」という私の要求を素直に受け止めてくれたエフィは、確かにピンを立ててくれた。
それを合図に、銃をそれらしい方向に向けて撃った――その直後。
《――は? え、避けられたっぽい!》
――かかった。
エフィからの報告を聞いて確信すると同時に、我ながらおそらくは獰猛な笑みを浮かべているだろう事を理解しつつキャラクターを反転させ、リオに背を向ける形でセントラルタワーに向かって戻っていく。
「リオ、作戦変更じゃ。逃げ道など不要じゃ。戻って全てを迎え撃つ。戻るぞ」
《えぇっ!?》
《ちょっ、ヴェルちゃん!?》
「エフィとスーはそのまま上から撃って注目を集めて防衛じゃな。妾とスーはもうタワーから降りてしまっておるのでな。こちらは迂回してタワーに入ろうとしておる者から順に撃ち抜く」
『乱戦に陛下参戦ッ!』
『さすがに乱戦はスナ不利じゃね?』
『陛下が本気出すと聞いて ¥50,000』
『さらっと上限投げとる猛者おって草』
「とりあえず、エフィ。先程の狙撃を避けたメンバーの位置にピンを出してみてもらえぬか?」
《分かった! ――これ!》
返事と同時に先程同様にそれらしい方向に向けて撃つ。
《あれ? 外した?》
「ピンの位置を避けたり、プレイヤーが減速して当たろうとしたりはせんかったか?」
《あ、うん。ちょうど減速してたけど……》
「やはり、か。すまぬが、そもそもさっきも今も、ピンを出してもらった場所に向けて撃っておらん。ポーズを取っただけじゃ」
《え? どーゆーこと?》
《……ん、ヴェルちゃん。それ、もしかして》
《……マジかよ》
ここまで言えば、スーとエフィには理解できたらしい。
ただ、それを明言してしまうと少々問題が大きくなる。
しがない個人勢でしかない私は私の判断だけで動けるし、やりたいようにやれるけれど、ジェムプロという箱にいる3人は私のようにはいかない。
組織に所属するというのはそういう看板を背負い、動くとしても静観するにしても組織の意向を汲むという事になるからね。
だから、私が口にしよう。
「さて、の。どういう訳か、妾が撃つ場所を予測したらしいのう」
『え、どういうこと?』
『未来予知って、コトォ!?』
『おいおい、それマジか?』
『え、それってゴースティングしてるって事じゃね?』
残念ながら私には視聴者のコメントも見えないけれど、まあ視聴者だってここまで言えば気が付く人は気が付くだろう。
FPSというジャンルのゲームでのマナー違反、不正行為にも該当する行為と言えば何か。
代表的なのはチート。
いわゆる外部プログラムなんかを利用して本来なら有り得ない機能を持たせ、見えないはずの敵が見えるようになったり、自動でエイムを合わせるような代物だったり、あるいは空を飛んだり凄まじい速さで動けたりとか、種類は豊富らしい。
それ以外に有名なのが、チーミングと言われるもの。
本来なら計4名のチームメンバー以外は全て敵であるはずなのに、裏で結託してお互いの順位をあげるために数的優位を作り出せるマナー違反行為で、ゲームによっては不正と見做されるもの。
そして次に、これは配信者というジャンルが有名になってから問題になったゴースティング。
配信画面を見てプレイヤー位置、指示を割り出したりするもの。
基本的にこれもチーミング同様にマナー違反行為から不正行為へと明確になっていったものと言える。
もちろん、これら以外にもバグ利用して通常の挙動ではできない戦い方をしたりするっていうのもマナー違反だし、ランクを競うようなゲームでは不正行為として見做されたりもしたりするし、そういうものまで列挙していたら枚挙に暇がない。
私のスナイピング、跳弾をチートと疑われているらしいので色々調べてはいたんだよね、そういう不正とかの種類について。
ユズ姉さんも、『OFA VtuberCUP』はそれなりに大きな大会として視聴者にも知られ、プロ界隈からも注目を浴びている以上、それらしい行動があるようなら見逃さないと息巻いていたぐらいだし。
ともあれ、今回のケースはその代表的な違反行為の2つであるチーミングとゴースティングを行っているらしい事が窺える。
セントラルタワーにいる私達を囲むように展開していた別チーム。
接敵して撃ち合うような状況、位置取りだというのに何故か気付かないそれぞれのチーム。
偶然気付かないであろう事も充分に有り得るかもしれないけれど、普段の配信ではそういった行為をしていないからか粗が目立つ。
エフィもそれぞれのチームに気付いていない事に違和感を覚えていたし、要するに自然な状況とは言えない状況が生まれていたのは明白だった。
そして私とリオがセントラルタワーを離れた瞬間に詰めてきた相手チームの動き出しのタイミング。
それぞれが個の集団であるならば飛び出したチームが無防備になるのだから、集中砲火を浴びる事になるはず。でも、まるでそんな動きもなく、それどころかセントラルタワーの上階にいるエフィとスーに攻撃が飛んだあたり、明らかに標的は私達のチームに限定されている。
ここまででチーミングは確定。
でも、そんなチーミングを行って私達を狙うとなると、当然私達の位置を理解しておく必要があるし、チーミングが違反行為である以上、鉢合わせて撃ち合わないなんていう不自然な動きは取れない。
となれば、常に私達の動きを監視し、指示を出している司令塔がいるのは明白だ。
おそらくだけれど、私、あるいはエフィの配信を見て常に指示を出しているのだろう。
もちろん、生配信であっても多少のデータ遅延は起こる。
数秒のラグが発生していたりもするものだからね。
だけど『OFA』をやり込んでいるプレイヤーならば、その動きから次の動きの多少の予測は立つし、目的地だって洗い出す事もできる。むしろそれができないと戦略が練れずに攻めきれない、倒しきれないのが『OFA』というゲームだったりもするのだから、『OFA』に慣れていればそれぐらいできて当然、というところ。
私達の動きを常にゴースティングで監視し、行動の予測を立て、指示を出している人物がいたからこそ、チーミングが成り立っているとも言える。
だからこそ、エフィにはピンを出してもらうように依頼した。
こちらを手玉に取っているつもりで鼻息荒く息巻いているであろう首魁を罠にかけるために。
いくら私でも見えない場所に跳弾を放って当てられる位置にも限度というものがある。
目視できる建物であればある程度の予測はつくし、建物内部の構造も理解していればやりようはあるけれど、高低差があって見えない場所に銃弾を届かせるなんて芸当はできない。誤差が生まれる。
私の狙いは狙撃。
でもそれは、ゲームスコア上のキルを取るための狙撃ではなく、ゴースティングしながらチーミングを率いている首魁。見えないその存在に対し、不自然さを生み出させ、表舞台に引きずり出すための狙撃。
私がピンを出した位置に狙撃する。
その情報は私たちのチームの配信でだけ知られた情報。
そもそも自分のチーム以外のピンは他チームからは見えないし、私がそこに狙撃するなんて情報だって他チームには分からない。
けれど、ゴースティングしている存在と、その首魁がいるチームだけは違う。
ピンが出た瞬間に私の狙撃がそこに放たれると理解でき、回避行動を取ろうと思えば取れるのだ。
データの遅延はあるかもしれないけれど、ピンを出されて私が撃つまでのタイムラグだって当然存在している。その僅かな時間の間で避けろと指示を出すか、或いは不自然に軌道を変えるかは分からないけれど。
私の狙撃を知り、ピンの場所が撃たれる場所だと知っているのであれば。
首魁である存在は確実に動かずにはいられない。
さっきエフィから『避けられた』という方向があったのは、おそらくピンの位置を知り、そこから回避したのだろう。
配信の裏側でのやり取りとなると『Connect』か何かのツールを利用しているだろうし、VCを別チームと繋げているとは現実的に考えられない。なにせどのチームも配信枠を取っているのだから。
となると、即座に避けた張本人こそが首魁、あるいは首魁が声をかけられるチームか。
――はあ。予想通り、か。
だって、この首魁はあまりにも幼稚すぎる。
手柄を取りたいと逸る気持ちを抑えきれず前に来て、それに加えて私達に、嵌めようとしている相手にキルされるという事を許容して隠し通そうとする程の狡猾さも、確実な成功を狙う為に出直すという選択を取れる冷静さもない。
私達が違和感を抱き、視聴者に向かってそれを明言までせずとも匂わせた時点で、この作戦はすでに詰んでいる。
ならば方針を変えて周りのチームとお互いに撃ち合い、泥沼化させてお茶を濁すという選択もあっただろうに、愚直にこちらに向かってきているのだから。
自尊心に溢れ、自分達が正しい事をしていると盲目的に信じてでもいるのか。
追い詰めたと考えて視野が狭まったか、或いは状況を把握すらできていないか。
自分は賢いと信じ込み、作戦は上手くいっていると自らに言い聞かせてリスクや現実から目を背けてしまう幼稚な存在。
それが、私の首魁に対する評価だ。
私が見える位置まで戻れば、何も考えずにセントラルタワーに突っ込もうとするプレイヤー達が見えた。
烏合の衆よろしく無防備に隙を曝け出している。
確かに数は脅威だし、チーミングしているならば不利になると言えるけれど……これじゃあ、普通に戦った方が脅威だ。こんなの、乱戦とは違ってイレギュラーが発生せずにこちらを狙ってくると分かっているのだもの。
「――フン、くだらんな。望み通り蹂躙してくれよう」
いつもよりも意識を深く集中させて、私は機械のように一人一人を狙撃していった。