【配信】悪意には、悪意をもって Ⅰ
今日のカスタム戦の練習舞台となっているのは、孤島のようなマップで、自然の中に少し未来的な流線型の建物が点在しているオーソドックスなマップ。
ところどころに背の高いタワーが建っていたり、崖があったり、高低差で距離を確保しやすいし、射線も通りやすい広い場所だ。中距離から長距離で戦うのが有利、なんて言われてるんだっけ。
一回戦目は特筆する事もなく、増して警戒対象と考えていたあの江籠カルゴというVtuberとストツーだかなんだかっていうコンビが組んでいるらしいチームとは出会う事すらなく、早々に倒されていた。
なんだか酷く拍子抜けしながら、けれどプロだとかがいるのにあっさりと敗退してしまったという奇妙さに首を傾げつつ、2戦目。
2戦目でも特に波乱めいた事は起こらず、考え過ぎだったのかと密かにチャットでやり取りをしたりもした。
「ふ……っ、んんん~~んあぁ……。で、レイネはどう思う?」
「私はゲームにあまり詳しくありません。ですが……不愉快です」
「ア、ハイ」
2戦目を終えて小休止中、VCと配信への出力をミュートにして伸びをしてから声をかけつつ顔を見やれば、明らかに不機嫌そうにレイネは淡々と答えた。
いや怖いよ、レイネ。
整った顔で僅かに眉間に皺が寄ってる感じって、結構迫力あるからね?
まあ、それでもその程度で済ませて魔力を飛ばそうとしていない辺り、我慢してくれているのは充分に伝わってくるけれども。
とは言え、レイネの気持ちも分からなくはない。
さっきから感じられるこの目障りな気配は、お世辞にも居心地が良いものとは言い難いしね。
前世を思い返す前の私風に言えば、モニターやスマホを見ている最中にコバエのような何かが目の前にわざわざ現れてはどこかに飛んで行って見失うような、そんな苛立ちに近いかもしれない。人の顔の近くを飛んで煽ってくる感じ。
殺虫剤撒いても生きてたりするんだよね、ああいうの。
なんでだろうね。
今の私は視界に入った瞬間に塵にするけど。
慈悲はない。
もっと暖かくなったら蚊とかも出てくるだろうし、結界で全部燃やすようなものでも作ろうかな。
「――凛音お嬢様は、どのように対処するおつもりですか?」
「ん? んー……。ま、どう出てくるかによるかな。何がしたいのかは分からないけど、挑んでくるというのなら正面から叩き潰してこその魔王だからね」
何をしてくるのか、なんとなーく予想はついてるんだよねぇ。
悪意の種類みたいなものを感じ取れてしまうからこそ、余計にね。
ま、どう対処するかについては……その時のお楽しみかな。
という訳で、休憩も終わって3戦目スタート。
《――武器の確保は思ったより順調だなぁ》
《ていうか今回全然接敵しないなー》
《ん、見当たらない》
VC越しに聞こえてくる声を聞き流しつつ、手に入れたスナイパーライフルを装填しながらタワーの外から周りを見る。
「……む?」
ちらりと僅かに陰が動いたような気がして、そちらに意識を向ける。
斜め前方の建物の中、窓越しに僅かに見えた走り去る何かのほんの一瞬の姿。
けれど、どうも建物の中で動かずに留まるつもりのようで外に向かって動いている様子は見えない。
それが一箇所だけならともかく、二箇所で……?
別々のチームだよね、あれ。
……あの位置でお互いに気付いてないのかな。
死角になりやすかったりするんだっけ、あそこ。
《ヴェルちゃん、なんかあった?》
「……ピンA、Bの建物に敵チームが潜んでおるようじゃな。しかしどうやらお互いに気が付いていないまま建物の中に陣取っておるようでな。動きがないんじゃよ」
《え……? 割と近いけど……》
味方に場所を伝えるピンを出しつつ声をかけてみれば、エフィもどうやら同じような感想を抱いたらしい。
私たちが陣取っているタワーから見ると、北を12時として11時方向と2時方向の建物だ。
距離としては充分にお互いが射程圏内に入るはずだし、戦い慣れているらしいメンバーが集まるこの大会で気がつかない距離という事もない。
となると……ふむ。
《スー、今の二箇所チェック入って。ヴェルちゃん、そっちはスーに任せて6時方向をチェックお願い》
《ん、ばっちり》
「漁夫らんのか?」
《ううん、逃げ優先でいこ。なんか……嫌な予感がするんだよね》
『珍しい、エフィが逃げるとか』
『あの位置じゃいつ始まってもおかしくないしな』
『挟まれたらキツいし、逃げはあり』
『陛下なんか笑ってる?』
漁夫の利を取らないのかと尋ねて返ってきた言葉に、ついつい口角が上がってしまう。
コメントは試合中は見れないようにしているけれど、モデルの口元もつり上がっているし、笑ってるって視聴者にはバレてるかも。
「――捉えたぞ」
クリックの音をかき消すように鳴る銃声。
ドゥン、と重低音を響かせて放たれた一発の銃弾が一度目は崖にあたり、二度目は建物の壁に当たり、私の位置からはコンテナのような箱の奥、ちらりと顔を覗かせたその場所へと吸い込まれていく。
〈ヴェルチェラ・メリシス >> 津島 厳吾郎〉
『おおぉぉぉぉっ!?』
『出た、魔弾!』
『だからなんで当たるんよ!?』
『はあぁぁ!?』
「エフィ、5時方向じゃ。空いたぞ」
《さっすが! リオ、特攻! スー、カバー!》
《りょ!》
《――Bの方動いた! こっち来る! 一発入れて足止めする!》
《な……ッ!? ヴェルちゃん、リオをカバーして! 私はスーをカバーしてから行く!》
「む? 分かった」
Bの方がこっちに来るとなると、必然的にAのチームからも見える位置をBが通る事になるはず。
なのに戦闘音が聞こえないし、スーがわざわざ足止めを提案したって事は……Aの方はBに攻撃を仕掛けなくて、なんの妨害もなくこっちに向かってきてると考えるのが妥当かな。
――なるほど、そうきたか。
歯向かわれ、狙われるという少々懐かしい出来事が少しばかり楽しくなってきて、口角がつり上がる。
私とレイネが感じていたもの。
そしてエフィまでもが感じ取ったそれ――悪意が今、牙を剥いて押し寄せてきたらしい。
さっき私とレイネが話していたのはそれの事だ。
ゲーム越しに感じられる悪意。
私に対して向けられているらしい、憎悪のようなどろどろとしたものとは違う、相手を陥れようとしているような類の悪意を、私とレイネは感じ取っていた。
不思議なものだ。
オンライン上のやり取り、データ越しの行動だというのに、人の悪意というものが感じ取る事ができるのだから。
言霊や魔力として感じ取る事ができる私やレイネだけが感じたものであるのなら、「そういうものか」と納得したかもしれない。
でも、今回のこれを嫌な予感としてただの人間でしかないはずのエフィが感じ取り、捉えていたというのだから実に興味深く、面白く、不思議だ。
もしかしたら、この世界の人間の魔法適正は高いのかもしれないね。
なんだか面白くなってきた……――って、今はそれどころじゃないか。
「――エフィ、狙撃が欲しいタイミングで狙ってほしいポイントにピンを立てよ」
《え……?》
「案ずるな、リオのフォローにはもう向かっておる。が、妾の武器は少々腕が長いからの。こちらから戦況までは読めぬが、おぬしが指示した場所に援護ぐらいはしてやる」
『は?』
『え、ガチで言ってる?』
『見えないじゃんw』
『チートでどうにかできるん?w』
《……できるの?》
ピンを確認できるのは、俯瞰した状態でマップ位置を確認できるミニマップだけ。
リオを追いかける以上、私の位置からはエフィもスーも見えない位置になるし、多少の傾斜があるだけでも狙いは外れる。
それを知ってるからこそのエフィの問いかけだとは思うけれど、私は自信満々に肯定を返した。
「できないはずがなかろう? 妾にかかればその程度、造作もない」
『マジで?w』
『うっそやろw』
『チート自慢おつww』
『チートでもできねぇわ、そんなんw』
《……分かった、信じる》
「うむ、任せよ。必ず勝ち取ってみせるとも」
短く告げて、私もすぐにリオを追いかけるべくキャラクターを移動させる。
スーとエフィの接敵を知らせる銃声を遠くに響かせる中で、私は一人、そっと微かに苦笑する。
いやあ、これはさすがにあとで謝らないとだなぁ。
――だって、いくら私でもミニマップを見ただけで相手を撃ち抜くなんて、そんな事はできないからね。
お読みくださりありがとうございます。
先日レビューをいただきました、ありがとうございます!
仕事が落ち着いたら投稿頻度も増やせると思いますが、今しばらくは鈍足進行にお付き合いくださいm