【配信】プチ炎上 表
「よく来た、我が臣下の者どもよ。妾はヴェルチェラ・メリシス。唯一無二の魔界の女王たる妾が、今宵も貴様らのために時間を割いてやったのだ、光栄に思うが良い」
『陛下、ばんわでございます!』
『きたあああ』
『陛下きた!』
『殿きたああ!』
「む、殿は違うであろうに。まぁ良い。さて、今夜で二度目の配信。テーマは雑談といったところなのじゃが……しかし、チャンネル登録者、増えすぎではないかの?」
『初回配信からいきなりバズったのがこちらの陛下』
『個人勢で2回目配信が4千超えはさすがとしか』
『陛下のカリスマが為せる御業!』
『臣下というより信者みたいだな、こいつら』
そう、今夜は妾としての二度目の配信である。
学校で友達ができ、すわぼっち脱却かと思いきや、教師のせいで何故か怖がられる事になってしまい、ユイカとトモの二人以外とは特に会話する事もなく終わった学校から帰宅し、雑談配信をする事にした。
何故そんな急遽予定に入れたような配信を行っているのかというと、第一回の初回配信から特に配信もしていないし、動画もアップした訳でもないのに、チャンネル登録者数が4千人を超えてしまったからだったりする。
さすがにこんなに増えるとは思ってなかったし、当初はゆったり週に2,3回ぐらい配信すればいいか、と思っていたのに、ここまで登録者が増えてしまっては放置している訳にもいかず、特にテーマを決めずに配信を行う事にしたのである。
「ふむ、まあ良かろう。今夜は特にテーマを決める時間はなかったのでな。先もモノロジーで投げた通り、質問を受け付けてそれに回答していく、という形のものを取っていくつもりじゃ。匿名投稿ツールの『バブル』を使っておる。ま、モノロジーでも宣伝しておいたがの」
『投稿しました!』
『かなりカオスになってそう』
『新参Vの登竜門』
『定番』
『開始2分で同時接続1千超えってすごいな』
コメントはだいぶ気安いものが増えてきていて、初回配信の時とはだいぶ毛色が異なっているように思える。
というのも、初回配信はインパクトが強すぎたらしくて言葉を失った人が多かったみたいで、配信中のコメントは非常に少なかったのだ。
アーカイブに残っているコメントでもその事を書いている人がいたりもしたぐらいだし、相当なインパクトだったらしい事が窺えた。
「最初はこれじゃな。『年齢、身長、体重、スリーサイズを教えてください』。ふむ、自己紹介用のスライドが前のアーカイブの概要にあるじゃろ。そっちを見よ、愚か者」
『草』
『愚か者は草』
『辛辣ゥ!』
『答えてあげないなら無視すればいいのにw』
「順番にオートで選んでおるからの。ま、これで終わってもアレじゃし、答えとくかの。年齢は分からぬが千を超えておるな。身長は163センチ、体重とスリーサイズは教えぬ」
『優しいw』
『結局教えるのかw』
「ま、いきなり答えぬというのもどうかと思うがの。ただ、妾は何度も同じことを説明する気はないのでな。調べて分かる事ぐらいは自分で調べてもらった方が助かるというだけの話じゃな」
新規が増え、古参が色々知り、アーカイブを拾うというのは活動時間が長くなるほど難しい。
応援している推しができたからといって全てを拾いきるには時間が足りなかったりもするし、古参が知っていることをイコールして視聴者は知っている、と認識してしまうのは新参にとっても面白くはないものだ。
かと言って、なんでもかんでも教えてくださいと言われて答えていたらキリがない。
だったら最初から「基本的に調べて分かる事はいちいち答えない」というスタンスを貫いている方がいい。
忙しくなってしまったり余裕がなくなった時に答えない事を「昔は答えてくれたのに」なんて言われたら厄介過ぎる。
「さて、次は『紹介動画は声なしPV、初配信は頭が高いから始まった陛下ですが、今後の配信の方針はどういうものが多くなる予定ですか? 個人的に陛下の声は透き通っているので、是非歌枠とか期待しています』か」
『確かに気になる』
『初回投稿動画は完全にPVだったしな』
『媚び媚びの挨拶だったらきっと見て忘れてた』
『下手なMVよりカッコ良かった』
『そういえばあのPVの音楽ってフリー素材? 聞いたことないんだけど』
私の配信チャンネルで最初に投稿した動画は、私のPVみたいなものだ。
というのも、私は小さい頃から見た目のせいで内向的な趣味に興じる事が多く、ピアノなどの音楽系と、ペンタブを使った絵描き、2Dや3Dのモデリングなど、自宅で黙々とやれる趣味に時間を費やしてきた。
魔王として前世でも様々な分野に手を出してきたおかげか、芸術等に対してもそれなりの教養はある。
おそらく、私として前世を思い出す前もその兆候はあったのか、思い返してみれば音楽や絵については常人とは比べ物にならない早さで習得しているし、凝り性な部分は相変わらずだったせいか、モデリングやペンタブを使った描き方等は妙に熱中して習得に走ったものだ。
ぼっちで内向的だったからこそ、時間だけは充分にあったからなぁ。
「あぁ、あの音楽は妾が手慰みに作ったものじゃな。作曲、編曲、共に妾じゃ。ちなみにあのPV自体も妾が描いて作ったものじゃ」
『マジかよww』
『普通に多才過ぎて草』
『草ァ!』
『は? マジ?』
「嘘をついてどうなると言うんじゃ。そも、妾のこの身体も妾が自ら描いたものじゃぞ。故に、業界で言うところのママはおらん」
『はあ!?』
『うっそだろww』
『自分で自分を生んだ女』
『イラストレーターが自分でキャラを作るのはあるけど』
『え、もしかして陛下ってプロ絵師なん?』
『いやいや、音楽も作れるって事ならミュージシャンって可能性も』
Vtuberになる事を勧めてきたのは、お母さんと叔母であるユズ姉さんだ。
けれど、キャラ絵やモデリングは絵師や外注はせず、私が自分で携わったのである。
まあそのせいで、その話が来てやると決めてから、実際にデビューするまでに半年近くかかったけどね。
多分、私は前世の記憶を取り戻したあの配信より前、Vtuberになる事を決めた時点で、きっと前世を微かに思い出しつつあったのだろうと思う。
「そんな訳なかろう。妾、この世界では現在進行系で女子高生じゃぞ? イラストレーターだのミュージシャンだの、そんな方面で生活できておらんわ」
『は!? え!?』
『千歳超えた女子高生ww』
『え、女子高生でそんな覇気持ってるん?』
『草』
『っていうかリアル情報出していいんかw』
「くくっ、この程度であれば構わん。表立ってバラすつもりもないが、隠しておる訳でもないからの。が、煩わされるのは好かん。無理に特定しておかしな真似をしたら――潰すぞ」
『ひぇっ』
『鳥肌やば』
『え、こわ』
『潰すぞ、でヒュンってなった』
別にリアルバレがどうしても嫌だ、とは思わない。
私の場合、中身と絵がほぼ一致しているという事もあるし。
違うところと言えば、耳の形が魔族特有に尖っていない今の人間らしい耳である点。
絵にあるようなピアス等がついていないこと。
それに、目にアイシャドウやアイライナーを入れていないため、絵に比べれば幼く見えるというところだろうか。
「ま、これもバブルの醍醐味というヤツじゃな。別段、貴様らに言いふらしたいとは思っておらなかったからの」
『いや、それは言えよw』
『普通に自慢していいレベル』
『悲報、ワイJKに画力も圧倒的に負けてる』
「かかっ、気にするでない。妾には時間と情熱があった。貴様も時間と情熱があれば、妾と並ぶどころか、超えることも可能であろうよ」
『いや、才能なきゃ無理だろ』
「はっ、才能じゃと? 情熱を持ち続けられずに心が折れて投げ出す未熟さを、才能がどうのなどと形容して誤魔化すでない。極限まで時間と情熱を費やした者のみが才能を語れ、阿呆め。突き詰め、壁にぶつかり、それでもなお抗い続けた者以外が才能などと軽々しく口にするでない」
『それってほぼ誰も才能を理由にするなって事になるんじゃね?』
『偉そうに』
『JKだからね、現実を知らないんだよ』
「くはっ、なんとまあ……笑わせよる。妾が若いから知らぬ、現実はそんなに甘くない、とでも宣うか? くくくっ、どの時代、どの世界においても、匙を投げる事に慣れた者ほど達観したフリをするのう。そうして自分は偉いのだと、身の程を弁えているとでもほざくつもりか? くはは、笑わせる。自らを誇る事もできずにキャンキャンと喚く者を、負け犬と言うのじゃよ」
『は?』
『何こいつウザ』
『クソガキかよ』
荒れるコメント欄を見て、私は笑いながらも怒りを覚えていた。
それは私に対して文句を言っている人間に対する怒りではない。
こういう事を堂々と口にする事もできず、まるで負け犬のまま燻っている事に蓋をして、情けなくも己の心を殺す事に慣れなければならない、この世界の在り方に、だ。
「くくっ、もしも妾が言った言葉に腹が立ち、目障りに文句を垂れ流すだけの者なんぞに妾は興味を持たぬ。初配信でも言った通り、さっさと去ね」
――しかし、と付け加えて、私は笑ってみせた。
「悔しい、と。妾に言われてそう思ったのであれば、それは貴様らの中で未だに情熱としていたものが、注いできた想いが燻っている証拠だと何故気付かない。貴様らが蓋をして、忘れようとしてしまったものが、このような妾の言葉で再燃する程度には大きく残っているものである証左だと、何故理解できない?」
本当に忘れてしまったのであれば、それはもう二度と震えたりしない。
まるでひっそりと朽ちてしまい、灰になったかのように、風に吹かれて消えていく。
けれど、もし私の言葉で何かを感じるのであれば、それは忘れた訳でも、消し去った訳でもなく、まだ心の中で燻っているだけなのだから。
忘れてしまう事が、諦めてしまう事が偉いのか。
夢を捨てて大人になれと世間に言われて、情熱を否定されて、その否定された情熱はどこにいくのか。
注いできた情熱を否定されて、傷付いた心に蓋をして、見て見ぬふりをする事が、正しいことであるかのように振る舞うなんて、そんなのは間違っている。
だから、もしも私の言葉で怒りを覚えるのなら、思い出してほしい。
そして――もう一度、その輝きを取り戻してみせろ。
「妾に言われ、何クソと思い、見返したいと思う気概のある者こそ妾は愉しみにしておる。己の情熱を、燻ったものを抱えたまま腐らせてきたそれを昇華させるべく、燻ったままではないのだと心を燃やしてみせよ。くだらぬ矜持など捨てて、泥臭く這いつくばってでも、一泡吹かせる気概があるというのであれば、それを妾に見せてみよ。そして、これが己の輝きなのだと魅せつけてみせよ。いつでも良い。妾はいつまでも貴様が魅せる輝きを待ってやる」
『お、おぉ……』
『え、やば、なんか泣きそう』
『なんかこう、毛穴開いた』
『鳥肌』
『これは魔王様』
『私ちょっと描いてみようかな』
「くくく……っ。妾は魔王、魔界を統べる唯一無二の魔王ヴェルチェラ・メリシス! 貴様らが磨き上げた技術を、技を、妾に届かせてみせよ! 心を燃やせ、情熱を灯せ! 燻ったまま生きるなんぞ、妾の臣下である以上は妾が許さぬ! 貴様らの輝きを、妾に届けよ!」
『おおおぉぉぉ、あっっっっっっっつ!』
『スッゲー鳥肌』
『やべえ、めっちゃあがるwww』
「ちなみに、配信の方針は雑談や歌枠、オリジナル曲なんかも出すかもしれぬが、まあ色々とやってみようかと思うておる。あぁ、あとゲームもその内やるやもしれぬ」
『めっちゃ盛り上がってる中で急に冷静に質問答えてるの草なんだが』
――――その日、私の配信は切り抜かれ、半ば炎上に近い形で拡散された。
しかし、その切り抜きは確かに炎上に近い形で広まったものの、妙に肯定的な意見が多く見られる事になり。
そんな事を知らずに眠った私は、翌朝、チャンネル登録者数1万人を突破したのだと知り、朝から盛大にお茶を噴き出す事になったのであった。
……え、なんで?
むしろ媚びないし毒舌吐いているぐらいなんだから、減ると思ってたんだが??