案件提案
「――高校生にもなって『道徳』という授業が?」
帰宅後、学校での話をレイネにしてみたらレイネが驚いていた。
まあそうなるよね。
私だって最初はそう思ったもん。「高校生に『道徳』?」って。
でも、ウチの学校の場合はこの授業が意外と大事だったりするんだよね。
ウチの学校は芸能関係、もしくは両親がお金持ちだったりっていう、いわゆる『普通』の家庭環境で育っていない生徒が多い。
で、そんな学校だからこそ一般的な学校の勉学――数学だとか物理だとかの一般高校の授業――は塾のように短期集中できるように組まれていて、その代わりにネットリテラシー、現代生活の税金知識だったりっていう、社会に出る上で必要になる非常に現実的な生活に寄り添った授業が設けられている。
要するに名前としては『道徳』という授業の時間ではあるけれど、普通に社会に出て普通に学ばなきゃいけない事を、特殊な環境で育っている生徒達に授業という形で教えてくれているという訳だね。
特に芸能人関係だと仕事で給料を貰っていて、扶養家族から外れると税金がどうとかって事もあるから、そういう部分を学校がしっかり教えてくれている。
「なるほど。確かに珍しいですが、それであれば非常に合理的ですね」
「合理的?」
「はい。私の所感ではありますが、今しがた凛音お嬢様が口にした『道徳』の内容――つまり、ネットリテラシー、そして各種税金に関する知識等は一般的な学生のカリキュラムとして見た時に充分に学べるものとは到底言えません。無意味に学ばなくてはならない、将来使いもしない高校生の授業内容などよりも余程重要であり、誰もが知っておくべき知識でありながらも、です。お世辞にも、学校教育が与えるものが現代社会のニーズに届いているとは言えないと私は考えています」
「あー……、なるほどね。それは確かに。ぶっちゃけ、私だって税金だとかって言われてもピンと来なかったし、ネットリテラシーの授業なんて高校に入るまであんまりなかったかも。それに将来、専門的な職業にでも就かない限り、サインコサインタンジェントなんて謎な単語も使わないだろうね」
国の運営に税金は必要、それは分かる。国の運営側にいた元魔王な訳だしね。
納税の義務だとかなんだとかっていうものも授業で聞いた事はある。
ただ、それがどういうものに税金がかかっていて、どういう場合に支払わなくちゃいけないのかとか、そういう授業って高校に入るまでの義務教育期間中には一切触れなかったんだよね。
レイネの言う通り、授業でやる内容なんて専門の職にでもならない限り使わないだろうし、高校生という十代中盤の貴重な時期に無理に学ばなくちゃいけない内容だとは思えない。
義務教育という括りではない高等教育を施すから、という建前は理解できなくはないけれど、その割に高校卒業が当たり前というか、義務教育と同じような扱いだ。謎すぎる。
まあ、この世界、この国のルールがそれなら従うしかないけど、無駄に高校と大学行ってる二十歳を超えた新社会人と、中卒から働いていて二十歳になる頃にはしっかり社会のルールを理解していて、経験値を有した存在がいたとして、もしも私が国ではなくても事業を経営するなら、どっちが欲しいかと言われれば後者を選ぶ。
けど、世の中的には前者の方が評価されがちだったりするのかなぁ。
うん、まあ深く考えてもしょうがないね。
「ん? なんかきてる」
パソコンをつけて『モノロジー』を開いてみたら、他人には見えないディレクトリメッセージというメッセージ機能を使ったメッセージが送られてきた。
このディレクトリメッセージの受け取りは、受け取り側の設定で受け取れる対象を絞る事ができる。誰から送られても受信できる設定だったり、あるいは相互にフォローをしていないと送れなかったり、という具合に。
私の場合、『モノロジー』の運営に企業等の公式アカウントである事が確認されていないと送れないように設定していたのだけれど、それでも送ってこれたという事は企業の公式アカウントが相手という事になる。
「……『OFA』の運営からだね」
相手のプロフィールを開いてみれば、私も見た事のある『OFA』の公式アカウントが相手だった。
「公式アカウント、ですか」
「みたいだね。内容は……なにこれ?」
メッセージに書かれていた内容は、ちょっとした仕事の依頼らしい。
どうも私の使う『跳弾強化』がネット上では注目を浴びているらしく、その使い方を実際に解説しながら使っている動画を撮影させてほしい、というもののようだった。
「……私がプレイしながら解説する動画を作って送るとかじゃなくて、撮影させてほしい、ねぇ」
「そういうものなのでしょうか? Vtuberである以上、普通はVtuber側で紹介動画を準備して送信し、確認してもらう、という形で終わりそうなものかと思うのですが……」
「うーん、分からないね。個人勢だから信用ができないとかもあるかもしれないし、私も今までにそういう依頼を受けた事がある訳じゃないからね。ユズ姉さんに訊いてみるしかないかな」
そう言いながら、とりあえず一度検討して改めて連絡しますという時間稼ぎめいた返信を送る。
既読したまま放置して先に相談してもいいんだけど、相手に既読状態が伝わっちゃうからね、これ。
無視してるって思われると厄介だし……こういう機能めんどくさい。
そのまま『Connect』でユズ姉さんに相談メッセージをスクリーンショットと一緒に送信。
大手の箱である『ジェムプロ』と一緒に考えるのはまた話が違うと思うけど、Vtuber業界に詳しいユズ姉さんなら何かアドバイスもくれるはず。
「ちなみに凛音お嬢様としては、直接撮影させてほしいというものであればどのように対応なさるおつもりなのでしょう?」
「そりゃ断るよ。別にモデルとリアルの差が恥ずかしいだとか、見た目を隠してる訳じゃないけれどさ。ピアノの演奏動画でも一部出ていた訳だし。でも、だからってわざわざ第三者の撮影にまで協力するメリットもないからね」
何より、いちいち撮影しに行くとか気を遣いそうでめんどくさい。
動画を作って欲しいとかなら協力してもいいけど、わざわざ撮影するってなったら機材もある慣れない場所で、親しくもない人達と一緒にいる環境で何かをしなくちゃいけないってことだし。
なんて考えていたら軽快な効果音。
ユズ姉さんからの返信を知らせるものではなく、『モノロジー』のディレクトリメッセージの着信音だった。
色よい返事を期待しています、的なものが送られてきたのだろうかと思いつつ送られてきた文面に目を通していき、思わず口角がつり上がる。
……なるほど?
「どうかなさいましたか?」
「……くくっ、レイネ。読んでみるといいよ」
おっと、思わず愉快になって前世の私っぽい笑いと空気が出てしまったせいか、レイネも僅かに目を見開いてから、私の目の前にあるモニターに目を向け……明らかに不穏な空気を纏い始めた。
「……チート疑惑……? 陛下が卑怯な手段を用いている、とでも?」
「らしいね。それを払拭する機会にもなるかと思います、なんて書かれているけれど……。くくっ、面白いね。その程度で私がわざわざ動く理由としては弱いけれど……」
――どうにも、何かちょっとした裏がありそうだなぁ。
そんな言葉を頭の中で続けて言葉を結ぶ。
ぶっちゃけた話、私としてはチート疑惑がどうのって話に対して何も思う事はない。
だってチートなんて使ってないんだし、それを本当に証明したいのなら自分で自分の手元、ゲームの画面、モニターに映る画面をまとめて撮影して映したものを投下してしまうだけで、否定しようのない証拠を突きつける事ができるのだし。
もしくは生配信でそれらを一斉に映してもいいだろうね。
そうするだけで私がおかしなツールを使っているとか、そういう挙動がないって事は充分に証明できてしまうのだから。
でも、それをやるつもりはない。
騒ぐ連中はどうせ何をやっても騒いでいるだろうし、相手にする気がないからだ。
言いたいように言っていればいいし、騒ぎたければ騒いでいればいい。
相手にする気がないのだから、痛痒を感じる事もない。
あまりにも見当違いに騒ぎ立てて罵詈雑言をぶつけてくるのであれば、私やレイネみたいに呪いで返せなくても、名誉毀損やらで訴えるという方法だって取ろうと思えば取れるのだし。
私の持論で言えば、そういった対抗手段はむしろ積極的に取っていった方がいい。
じゃなきゃつけ上がる存在は一定数出てくるし、抑止力は徹底的に見せつけなくては意味がないからだ。
それをしないのは優しさではなく、甘さだ。
見逃された結果として、他で同じ事をやるだろうと考えるのが私という存在だからね。
だから、度を過ぎれば警告するし、それを更に超えれば法的手段だって厭わないし、それで相手の人生がどうにかなったとしても、そんなものまで私が気遣う義理はないからね。
場合によっては呪いだって辞さない。
主に私じゃなくて、レイネが。
とまあ、そんな感じで私としては確固として方針を定めているので、別にチート疑惑を晴らす事にもなるなんて言われても、それがお世辞にも手を伸ばしたくなるような甘美な提案とは到底言えないんだよね。
実際、私はアンチなんてどうとも思っていない、みたいにネットでも言われてるみたいだし、言いたい事を言うVtuberである事は知られている方だからね。
ただ、どうしてそんな私に、わざわざこんな言葉を並べてきたのか。
その部分だけはどうにも引っかかる。
「……レイネ?」
「大丈夫です、先っぽだけです。ちょっと指先が壊死するだけです」
「奇病か何かかと大騒ぎになるじゃないの。やめなさい」
私が何かするとか以前にレイネがやらかしそう。
というか早速やらかしかけてるし。
レイネの魔力を散らしつつ、ともあれ基本方針は断る方向で考えながらも何が出てくるのやらとひっそりと楽しみつつ。
ひとまずはユズ姉さんからの返信を待つ事にした。