魔王とメイド
「――凛音お嬢様、紅茶をお持ちしました」
「……む?」
ふと声をかけられてそちらを見やれば、そこに立っていたのはヴィクトリアンメイドを思わせるようなメイド服に身を包んだ、長く艶やかな長い黒髪をひっつめ髪にしている二十歳そこらを思わせる女性――レイネルーデこと篠宮琴乃の姿が目に入った。
スタイルも良く、顔も小さく胸も大きすぎず小さすぎず、実に均整の取れた容姿。僅かに冷たさを感じさせる少々釣り上がり気味の目も相まって、他者を寄せ付けない空気を醸し出しているように思う。
「……ふぅむ」
「……えぇと……?」
しばらく観察するように目を向けていた私の視線に耐えられなくなったのか、レイネが僅かに恥ずかしそうに身を捩る。
顔を見れば仄かに白い頬が熱を灯したかのように赤くなっているのが見て取れた。
「ごめんごめん」
「いえ……、いかがなさいましたか?」
「いや、レイネって前世と見た目変わらないよねーって思って」
「……それを言うならば、凛音お嬢様もその通りかと」
「確かに」
言われて、改めて部屋の隅に置いていた姿見に向かって腕を伸ばし、上に向けた状態でくいっと指を折り曲げれば、姿見がこちらを向く。
簡単な魔法なんだけど、こっちの世界で言えば超能力とかそういうのに見えたりするかもしれない。
もしかして、超有名アメコミのヒーローとかの一員にだってなれてしまうかも。
なりたいとは思わないけど。
さて、鏡に映るのは部屋着を身に纏った私の姿。
この日本という世界の片隅にある島国は黒い髪に黒い瞳――レイネと同じような色を持つのが一般的ではあるけれど、私が持つ色は銀の髪と金の瞳。
おおよそ日本人らしからぬ見た目だと言えるけれど、これはかつての私、つまりレイネも知る前世の私と全く同じ色。
違いと言えば……尖っていた耳が変わったぐらい、かな?
あぁ、あとは少し犬歯が目立たなくなったっていうのはあるかな。
「魂が最適な器を選ぶと言っていたはずだけど……それにしても、同じ時代に前世の私とレイネと全く同じ見た目になる器の持ち主が揃う、ねぇ……」
「……偶然と言うには、些か無理がありますね」
「ま、お詫びというか補填というか、そんな感じだろうね。神々からの贈り物ってところかな。…………レイネ、顔。顔怖い、怖いよ」
「……失礼しました」
レイネにとって、神々は私をあの世界から消した張本人というか、元凶というか。
そんな相手なだけに、相変わらず神嫌いな様子は変わりないらしい。
確かに私が消えなくてはならなくなった理由は神々にあると言えるけれど、私としては納得して自分から消える事を決めた。
それはしょうがない事でもあったし、あの時、あの世界は私という犠牲を払わない限り守りきれなかったからね。
その辺りは何度か説明したはずなんだけど……まあ、説明されたからと納得できていれば、こうしてレイネまで転生してくる事はなかっただろうなぁ。
「こうして一緒にゆっくりと過ごせるようになったんだから、結果としては私はむしろ転生して良かったと思ってるよ」
そう思いながら微笑んでみせれば、レイネはなんとなく毒気が抜けたような、それでいてどこか恥ずかしそうな、なんとも言い難い微笑みを浮かべて苦笑する。
レイネがこういう表情を浮かべてくれる事さえ前世ではすっかりなくなってしまっていたからね。転生して良かったよ、平和だし。
「うん、美味しい」
「少々お疲れかと思い、少し甘めのものにいたしました」
「ありがと、ちょうどいいよ」
ここ数日、レイネのモデルを完成させるためにずっと作業に集中して部屋に籠もっていたからね。
机の上のモニターに映るレイネのモデルの動きに違和感はないか、髪や服の動きに違和感がないかをループで再生させつつ紅茶をもう一口。
「……以前の世界では考えられない技術ですね。生身の肉体ならばともかく、さらに仮初のモデルを用いて表現するというのも」
「ん、そうだね。向こうの世界じゃこういう技術どころか、通信用の魔法なんかは発展してたけど、番組を組んで放送するとかって文化はなかったし」
遠方の映像を映し出すような魔法は確かにあったんだけど、それは使い魔を通して映像を映し出しているだけ。
この世界みたいにテレビ番組のようなプログラムを組んで放送したり、配信したりという事はなかったんだよね。
私はこの世界で生まれ育った『私』が前世を思い出したからこそ、違いがあるという事は理解していてもそれをこの世界の当たり前として捉えてる。
けど、レイネの場合、生まれた時から前世のレイネのままだったみたいだし、そういう意味ではもしかしたら私よりも驚きが大きかったりするのかもしれない。
いや、さすがに赤ん坊とか幼女の段階で記憶は持ちたくなかったけどね。
そんな事になっていたら、薄気味悪い子供になったと思う。
もしくは魔王時代のままの私になっていて、「わらわはミルクをしょもーする!」とか叫んだりしたかもしれない。
……それはそれでお母さんが可愛がりそう。
うん、あり得る。
「そういえば……3Dモデル、でしたか。あれは凛音お嬢様でも作成できるものなのですか?」
「できなくはないだろうけれど、使い所がないかな」
そもそも3Dモデルで動き、それを伝えるとなれば環境を整えて機材を整えて、そうしてようやくできる、というものだ。
最近ではセンサーを数か所つけて軽い動きなら自宅環境でも3Dモデルを動かせるツールもあるらしいけれど、精密な動きの表現は難しいっていうのが実状だからね。
「……なるほど。なかなか手を出しにくいものなのですね」
「そうだね」
最近はフル3D配信ができるようにフル3D対応の専用スタジオなんかもあるらしいけれど、個人勢でそうそう使う事もないしね。何かの記念とか、個人勢でもすっごい力を入れてやってるとかなら使ってもいいかもしれないけど。
「まあゆくゆくは、というところだね。やれたら面白いかもしれないけど」
「そう、ですか……。ならば、私はそれをやってみるというのも面白そうですね」
「ん? 何かするの?」
「いえ、思いついた事があっただけでございます。少し準備に時間がかかると思いますので、また進捗がありましたらその際に」
「……? またそれ?」
レイネの癖というか、レイネは不確定な事は口にしようとはせずに何かが確定してから初めて報告するんだよね。しかも、個人の能力が高いものだから事前にこちらに話を通していなくてもしっかりきっちり後始末までできちゃう。
いずれ報告が必要になるまではおあずけ状態になっちゃうから聞かせてほしいんだけど、こういう時、レイネはあまり話してくれない。
じとりと目を向けても動じないし、相変わらず譲る気はなさそう。
「……はあ。ま、いいけどね」
「はい、どうぞ期待してお待ちください」
「むぅ……、そこまで言われるんだったら私だって一枚噛むというか、参加しておきたいのにぃ」
「ふふふ、徒労に終わる可能性も否定できませんので」
「むーーん……うん、まあ任せるよ。それよりレイネ、ちょっとテストプレイ試してもらえる?」
「テストプレイ、ですか?」
「うん。モデル、テストしておきたいからさ」
うまくいけば今夜あたりにお披露目もできそうだしね。




