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転生魔王の配信生活  作者: 白神 怜司
プロローグ
4/201

素顔デビューの登校

 ――ぼっち。

 それは、集団生活を強いる現代社会において、集団生活の場にいながらも特定の人間と会話するどころか、誰とも会話もせず、まるで空気のように当たり障りなく存在を消している人間を指す言葉だ。


 私という人間はこれまで、黒髪のウィッグをつけて黒いカラーコンタクトを入れて、なるべく日本人らしく見えるように擬態しようと画策すると共に、顔の造りを見られないように俯いて生活をしてきた。

 学校指定の制服もきっちりと着こなす事で、常に埋没できるようにと画策していたのだ。


 現実的なところ、高校生としてそれはかえって悪目立ちするという事までは思い至る余裕すらなかったらしい。


 そんな訳で、初配信を行った土曜から明けて月曜日。

 私は制服をそれなりに一般的なレベルまで着崩し、ブレザーを脱いで茶色いカーディガンを羽織り、首元のリボンを緩めて制服を着こなして姿見の前に立っていた。


「……うん、悪くない。高校デビューしたギャルに見えなくもないけど……まあこの顔は日本人顔ではないし、高校デビューのギャルというより留学生とかそういう枠に見える。うん、そういう事にしておこう」


 肩甲骨あたりまで伸びた銀髪は開放的に輝いていて、部屋に入ってくる陽光に煌めいている。

 素の顔でここまで綺麗で、ハーフ特有の整った顔立ちで美人だと言われるタイプの顔であるというのに、それを武器にもせず隠していたというのだから、我ながら日本で培っただけの魂は卑屈が過ぎるというものではなかろうか。


 リップを塗って眉を整えただけで一気にオシャレな外国人になった。


 うむ、紛うことなき美少女。

 これはモテる。


 まあ、私は男に愛されたいとは思っていないけど。


 前世千年以上独り身である。

 この世界の喪女というような、そんなちゃちなレベルではないのだ。

 今更、しかも同世代の十代男子を恋愛対象として見るなど、おそらく不可能だろう。

 赤子か、せいぜい知恵のある猿を相手に恋をしろと言われるようなものだ。無理。


 しかし、女を棄てている訳ではない。

 魔王に恥じぬよう美しく在るべきという感覚は記憶と共に蘇ったのだから。

 男にモテるためではなく、私は私自身の為に美しくあらねばならない。


 幸いケア用品はお母さんが色々用意してくれて一緒に使っているからなんとかなった。

 肌も若いしね。


「お母さん、行ってくるね」


「えぇ、行ってらっしゃい」


 眩しいものを見るように、それでいて嬉しそうに見送ってくれるお母さんに声をかけて、家を出る。


 私の通う高校は家から徒歩で行ける距離にある私立校だ。

 自転車で通うのもいいのだけれど、ウィッグの関係もあって極力歩いて通っていたので、私もそれに倣うように歩いて通う事にした。


 前世の記憶を思い出したからか、それともその結果前を真っ直ぐ見るようになったからか、一年近く通っている高校への通学路さえ変わったように思えて、なんだか不思議な気分であった。


 そうして歩いている内に、よくもまあこちらを見る人が多いこと。

 この視線が嫌でわざわざ隠していたものだけれど、今となっては視線を受ける事でさえそよ風に等しくどうという事もない。

 魔王を通り超えて覇王みたいな気分で堂々としていられる。


 私の制服を見て同じ高校だと気が付いたのか、男子生徒が私を追い抜きながら自転車に乗ったままこちらを見て固まっている。


 それは構わないんだけど、電柱にぶつかるから前を……うむ、遅かった。


 派手に転んだね。

 しかし残念、私は「大丈夫?」なんて声をかけてフラグめいた演出はしない。

 まるで気に留めずに歩き去るのみだ。

 同じクラスかどうかも判らないしね、他人の顔とか見てなかったから、私。




 学校に着いてからの視線は、町中を歩く最中よりもずっと顕著だ。

 無遠慮に視線を向けられ、何やらひそひそと話し合う声と態度は、こちらに聞こえてしまって気分を害さないように配慮しているつもりかもしれないけれど、かえって逆効果だと知った方がいいと思うよ。


 ともあれ、下駄箱について上履きを取り出し、履き替えたところで同じクラスの女子の一人が私を見て、目を丸くした。


「……えっと、滝、さん?」


「? おはよう」


「えっ、滝さん!? お、おはよう!?」


 落ち着け。

 何故挨拶すら疑問になるのか。


「えっ、あのっ、い、イメチェンしたの!?」


「イメチェン、というより、ウィッグとカラコンを外しただけだよ。私ハーフだから地毛がこれで、目もこういう色なの。学校にも慣れてきたし、もういいかなって思ってね」


 ふ、これぞ私の「別に意識してないですけど何か」作戦だ。


 いくら私が前世の、魔王であった頃の記憶を思い出したからとは言っても、だからと言って自分の見た目ががらりと変わる事に対してまで周りが何も反応しないとは思っていない。

 大きな反応があるだろうとは思っていたし、騒がれる事ぐらいは理解しているけれど、単純にそれに対して私自身が頓着するつもりがない、というだけの話だ。


 ただ、私が変わった事にいちいち他人に関わってこられる度にわざわざ説明する、というのも私としては煩わしい。

 そこで私が考えたのが、「何も特別な事はありませんけど?」という態度を貫き、温度差があるせいで騒ぎにくくさせるという狙いである。


 そんな訳で、一人目には是非ともスピーカーになっておいてもらいたい。

 この子にその役割をしてもらえるとありがたいなぁ。


「へー、そうだったんだ……!」


「うん。両親からもらった大切な要素だから、隠し続けるのも、ね。それとも、似合ってないかな?」


「ぜぜぜ、全然そんなことないよっ! っていうか似合ってるし、すっっごい綺麗だよ!」


「ふふ、ありがと」


 そう言いながらくすりと笑ってみせると、少女は面白いぐらいに顔を真っ赤にして「ひぇっ」と声を漏らした。

 フハハハハ、私の魅力に魅入られたか、無理もなかろう――って、いかんいかん、まだ前世の感覚が強い。


「ハーフっぽい顔してるなって思ってたんだ。でも、それを隠すように下を向いてたから、あまり触れちゃいけないのかなって……」


「小さい頃はよく外人だとか色々言われたんだ。だからずっと隠してたんだよね」


「あー、ついつい物珍しくて、ってヤツだよね?」


「うん、そうだと思う。でね、この前の土曜日にお母さんがね、私がこの容姿を隠し続ける事になってしまったのは、自分のせいだって思ってたって知ったんだ。だから、隠すのはもうおしまいにしたの」


「……そうなんだ……。でも、隠してたなんて勿体ないよ! 思わず見惚れちゃうぐらいキレイだもん!」


 ふんす、と鼻息荒く熱く語ってくれるのは嬉しいのだけれど、顔が近い。

 この子……名前知らないんだよね、私。

 自分を目立たないようにするために顔を見ないようにしてたから、顔と名前が一致してなかったりする。


「はよ、ユイカー。ってうわっ、誰それチョー美人じゃん。転入生?」


「おはよ、トモ。滝さんだよ」


「タキサン? ……え、滝さんって、あの滝さん? マ?」


「マ。もともと目立つから隠してたんだって」


「かーっ、マージかー! やっば、天使じゃん!」


 元魔王だけどね。

 天使って、あんな無感情の人形みたいな連中と一緒にするとか、前世の魔界じゃ干されるレベルの愚弄だよ。不敬だよ、不敬。


「で、で? 可愛い子大好きユイカは早速ツバつけようってわけ?」


「なぁっ!? ち、違うよ!? 滝さん、違うからね!?」


「あはは……。あ、私もユイカ、トモって呼んでいい? 私は下の名前、凛音だからリンネって呼んでほしいかな」


「おけおけー、いいじゃん、リンリン」


「それパンダみたいだからやめて?」


「ははっ、ほんとだ。リンネね、よろしくね、リンネ」


「わ、私もリンネちゃんって呼んでいい? いいんだよね!? よろしくね!」


 ふう、良かった。

 高校入って冬休みが明けて、もうすぐ2月になるっていうのに名前も知らないって知られる訳にはいかないもんね。


 ユイカはどちらかというとふんわりとした緩さを感じさせる女の子で、意外と天然っぽい印象だ。対してトモは少し背が高くてサバサバしてそうな、女の子から人気が出そうな女の子、という感じかな。


 ちなみに私は前世テイストを出さないためになるべく気安く、けれど深くは付き合わない程度で距離を保っていきたいと考えている。

 そのために埋没する擬態として、それなりにコミュニケーションを取れるクラスの女子、程度に収まろうと考えている。


 そんな訳でユイカとトモと一緒に教室へと向かっているのだけれど、やはり私の容姿はかなり目立つらしい。

 さっきから行き交う生徒たちがこちらを見て動きを止めていたり、道を空けたりとなかなか埋没しきれないようだ。


「うっはー、なんつったっけ、海が割れるやつ。ラッセン?」


「それイルカの絵が有名な画家じゃん。モーセだよ、トモ」


「あ、そっか。モーセか、惜しくね?」


「海繋がりで惜しい、って言いたいなら、全然惜しくないよ!?」


「うん、私もそれ思ったわ。全然違ったわ」


「なのに惜しいって言ったの!?」


 トモとユイカのやり取りが地味にじわるからやめてほしい。

 赤の他人用に少し微笑を湛えて近寄りにくい空気感を演出している私の身になってほしい。

 普通に笑いそうだからホントやめて?


 何故か私だけ笑ってはいけない登校みたいな状態になりつつも、ようやく私は自分の教室へと辿り着いたのであった。

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