このみんの謝罪
「――ねぇ、聞いた? 東條くん、退学になったらしいよ」
「ウケる。今回はお得意の泣きつきもできなかったのかな」
「色々黒い噂が多かったからねー」
「引っ越し業者とかいたらしいよ」
配信の翌日、春休みも間近というところで学校での噂は東條の退学騒動がついに露呈したらしく、そんな話題で盛り上がってる。
当事者、というか騒動の発端であった私とトモはもちろん、実際に何が起きたのかを知ってるユイカはそんな話で盛り上がってる他の生徒たちを見てお互いに目を合わせ、苦笑を浮かべるしかない。
「春休みまで隠しきれれば転校したとか言えたんだろーけど、どっからバレたんだろーね」
「どうだろーね。大人から大人に伝わったって感じじゃない? ウチらはともかくさ、さすがに隠し続けられないっしょ」
「さすがにあっちの話までは知られてないみたいだけどねー」
トモが言うあっちっていうのは、彼らが今頃警察に捕まっているっていう事実についてだろうね。トモも私がレイネの件で色々動いた日に警察に事情聴取に協力してほしいなんて言われて出頭したらしいし、どうなったかは知っていたみたいだしね。
「で、リンネ」
「んー?」
「リンネ、アイツらに何したの?」
「何もしてないってばー。トモを連れて帰っただけだもん、私」
うーん、トモってば深く追求はしてこないけれど、最近はこんな感じなんだよね。
なんとなく私が何かしたっていう事に気がついているらしく、あまりしつこくはないけれど、こうして何をしたのかとたまに思い出したかのように訊ねてくる。
まあ、目の前で暴れたんだから私が何かできるって事ぐらいは予測できるのかもね。
あまり騒ぎ立てるつもりもなさそうだし、深くは追求しようとしてないみたいだけど。
「――……滝さん」
「ん? お、このみん。おはよ」
「えぇ……? いや、えぇ、おはよう……」
後ろから声をかけてきたのは、あの日私を旧校舎側に連れて行った張本人のこのみんだ。苗字は知らない。
ぐいっと椅子の背もたれに身体を預けて見上げるように顔を向けると、なんだかすっごく困惑した様子で返事をしていて、目の下にもクマがあるように思えるけど……。
……なるほど。
このみん、という愛称は親しい相手にしか許してないのかも。
「ごめん、このみん。私、このみんってこのみんとしか呼び方知らなくて」
「……えっと、別にそう呼んでくれて構わないけど?」
「え」
「え?」
「じゃあなんで困惑してんの?」
「……そんな振り返り方して会話続けるからよ」
「……なるほど。それで、なに?」
「納得したなら直しなさいよねっ!?」
おっと、そうだった。
このみんはキレやすい若者だったね、そういえば。
よいしょっと顔を戻して前を向くと、ユイカもトモも少し険しい表情を浮かべてこのみんを見ていた。
「……リンネ、吾妻さんと仲良かったっけ?」
「吾妻?」
「吾妻このみ、その子。東條と割とよくつるんでたじゃん」
「へー、そうなんだ」
そうじゃなかったら使い走りの使い走りみたいな真似、させられないだろうしね。
それにしても割と有名だったのか、このみんが東條と行動していた、みたいな話とかって。
まったく知らなかったんだけど、私。
「親しいって程ではないんだけど、ちょっとね。で、このみん。どうしたの?」
「……その、この前の件で話しておきたくて」
「んーと、別に私は気にしてないけど? というか、ここじゃ話しにくいだろうし、どっか行く?」
「……そうね。相澤さんと立花さんも一緒に来てくれて構わないわ。特に立花さんは……」
……相澤……?
立花っていうのがトモの苗字だっていうのはこの前知ったんだけど、って事はユイカの苗字かな?
そんな事を考えている私を他所に、このみんが言い淀んだ一言でトモとユイカの表情が明らかに変わった。
特にトモが関わっているものだと言えばあの一件になるだろうし、東條に親しいらしいこのみんがそんな話をしてきたと考えれば、まあさすがに黙っていられない、というところかな。
トモが捕まっていた事なんかは周りには知られていない。
当事者であるトモを除いて、知っているのは私とユイカだけ。
アイドルの卵という立場で男たちに攫われていた、なんて経歴を残してほしくはないし、ユイカもそれを考えて仕事先に対しても交通事故で連絡が取れなかったって話にしているらしい。
もっとも、大きな怪我にはならなかったとは伝えてあるみたいだけど。
そんな状況なのに下手にヒートアップして口論しようものなら、妙な憶測を呼び込みかねない。
それを理解してここは耐えて欲しいところではあるのだけれど、すでにトモとユイカが剣呑な空気を醸し出しているせいで、地味に何かありそうだなっていう視線は感じるんだよね。
ユイカとトモが口を開こうとしたところで、パチンと一拍。
魔力を僅かに込めたおかげで響き渡るように鳴り響いたその音に教室中が静まり返り、同時にユイカとトモも目を丸くしてこちらを見つめた。
「ストップ。ここで話すような事じゃないし、移動しよ」
「……あ、うん。そう、だね」
「やー、どうもどうも。ちょっといい音鳴っちゃって私もビックリしたよ。皆さんどうぞ気になさらず~」
オホホホ、と笑いながら教室の外に出ていきつつ声をかけてトモとユイカ、それにこのみんを連れて教室から脱出。
「ユイカ、トモ。いいトコあるかな?」
「えぇ、ウチらに訊くの?」
「あ、じゃあさ、今の時間なら屋上とかどう?」
「え、ウチの学校って屋上開放されてるの?」
「うん、されてるよ。まあ柵とかでガチガチになってるけど」
屋上が開放されてる学校なんて現代社会じゃ都市伝説かアニメとかマンガの中だけだと思ってたよ。
春休みも間近だし、ウチの学校の特性上、この時期に学校を休む事についてはむしろ推奨されている節がある。かなり自主性を重んじているというか、スケジュールをしっかりとこなせというスタンスだとも言えるんだよね。
だから、この時期に学校にわざわざ登校するのは出席日数が足りない生徒たちだけで、仕事の関係で休みが多かったユイカとトモももう少しでノルマというか、出席日数をクリアできるらしい。
ちなみに私は明日からユイカとトモより一足先に春休みを取る事にしてる。
レイネのモデルを作ったり、『OFA VtuberCUP』の練習とコラボが結構増えてくるからだけどね。
春休み中には色々と片付けておきたいからね。
ともあれ、そういう訳で普段よりも生徒数の少ない学校内を進んでやってきた屋上は、確かにしっかりとフェンスも立てられて網も張ってあって、万が一の事故やら何やらに対してしっかりと対策を取ってあるようだった。
ちょっとフェンスとかが頑強で背も高くて、見晴らしが最高とは言い難い光景ではあるけど、うん。
思ってたのとちょっと違うけど、屋上は屋上だからね。
高校の屋上ってだけで青春バフがかかってる気がする。さすが屋上。
今日はかなり暖かくて過ごしやすい事もあって、風が気持ちいい。
この時期は暖かかったり寒かったりっていう寒暖差が酷すぎるから油断はできないからね。
四人で出てきて周りに人がいない事を確認したところで、私たちの前に出てきたこのみんが勢いよく頭を下げた。
「――ごめんなさいっ、滝さん!」
「……ん? なんで私?」
「……え?」
頭を下げたこのみんが目を丸くして頭を上げているみたいだけど、別に私に迷惑はかかっていないというか。
あ、そうだ。
「そうだそうだ、このみん。ありがとうね」
「……へぁ?」
どこから出したの、その情けない声。
「このみんが私を連れてってくれなかったら、トモの事を知らなかったし、居場所だって分からなかったと思うから。もしそうだったら、きっと間に合わなかったかもしれないからね。だからお礼言わなきゃって」
「……リンネ、どーゆーこと?」
「あれ、説明してなかった?」
「聞いてないんですけど?」
……あれ?
そういえば私、トモとユイカには「東條の手下が現れて居場所を吐かせた」みたいにしか言ってなかったような……うん、言ってなかったね。
間違ってはないけど、全部はしっかり説明してなかったんだ、そういえば。
だって、レイネがいきなり現れたから、ちょっと私も急いで帰りたかったし。
そんな訳で、かくかくしかじか。
実はこのみんが東條の手下に脅されて私を呼び出した事なんかをこのみんが語っていき、私がブチギレて男の一人の足を払い、股間を蹴り上げ、頭を掴んで地面に叩きつけた事までを細かく説明していった。
「……まあ、リンネはテレビで観る格闘家なんかより強い気するし……」
「すげーな北欧」
「え、北欧だからなの? それ関係ないでしょ……?」
最初は私を巻き込んだのかと怒り出しそうになっていたユイカとトモだったけど、私が男の一人をそうやって叩き潰したって話になった瞬間の反応がこちら。
トモは「あぁ、そういう子だもんね」みたいな遠い目をしてるし、ユイカはこのみんにツッコミ入れられてるよ。
「まあ冗談はこれぐらいにして、リンネ」
「うん?」
「リンネ的にはこの子に恨みとかないんでしょ?」
「うん、別にないよ。むしろこのみんのおかげでトモの状況も分かったし、場所も教えてもらったぐらいだからね」
「だってさ。ついでにウチも、別に吾妻さんを恨んだりはしてないから。ユイカは?」
「え、アタシは別に当事者じゃないからなー。トモとリンネが気にしてないんだったら、別に何も。東條の味方して文句言ってきたりするならアレだけど」
「あんなヤツがどうなったって私は構わないわよ。ただ、私は滝さんがどうなるかを予測できたの。でも、それでも止めれなかった。止めようとして自分が酷い目に遭いたくないから言われた通りに滝さんを呼び出した卑怯者で……」
「うん? でもそれって、もともと私が呼び出されてたんだから気にする事ないんじゃない?」
「え……?」
「だって、アイツらの目的は私だったんだし。だったらそれでこのみんが無理に歯向かって、このみんが酷い目に遭わなかったんならそれでいいと思うよ」
「……っ、でも……! それはあなたが強かったからどうにかなっただけで……!」
「うん、そうだね。だから問題なんてないんだよ」
「え……」
私が魔力を持っていなくて抗う力がなかったのだとしたら、赤の他人の騒動に巻き込まれるなんてごめんだし、私だって言われた通りにしていたかもしれない。
まあ、警察にさっさと通報したり、ぐらいはしたかもしれないけれど、それだって私が東條と関わっていない人間だからこそあっさりと決断できる判断方法でしかないし、そうできない理由があったかもしれない。
結局、「たられば」なんて言い出したらキリがないからね。
「これから起こる事に対して最善を尽くすのは大切。でも、過去に起こった事は受け入れるしかないんだよ、このみん。あなたが何を抱えていたのかは私も知らない。でも、今はどう? 結果としてあなたの判断は間違っていなかったし、私達だって気にしていない。これが答えである以上、何も問題なかった。むしろあなたの選択は正しかったとさえ言えるんじゃないかな?」
「……っ」
「まあ、相手がリンネじゃなかったら大変な事態にはなってたと思うよ。でもさ、リンネ、アレじゃん? もうさ、シャレになんないぐらい強いんだもん」
「アタシは見てないけど、無事だったんだしリンネも気にしてないんならいいんじゃない? つか、吾妻さんだって素直に従うしかなかったんっしょ? どうしようもないじゃん、それ」
「……っ、ひ……ぅぐ……っ!」
あら、泣いちゃった。
しょうがないから抱きしめてあげると、すっぽり腕の中に収まった。
やっぱり小さいなぁ、この子。
身長145センチもないんじゃないかな。
そんな事を思いながら抱きしめて頭を撫でてあげていた。




