【配信】かつての光景
「のう、レイネ。――なんなら、お主も妾と一緒にやってみるというのはどうじゃ?」
沸き立つコメントを一瞥してからレイネを見れば、レイネは無表情ながらにきょとんとした様子でこちらを見て、僅かに小首を傾げた。
「何を、でございましょう? 生憎、ゲーム等はやった事がありませんので、ご一緒させていただく相手としては相応しくないのではないかと……」
「うむ、広義的な意味合いで言えばいずれはゲーム等も含まれてくるが、妾のやっているコレ全般の話じゃ」
「……? それはつまり、私もVtuberなるものになり、陛下と共に活動してはどうか、というお話でしょうか?」
「うむ」
『え、マジで?w』
『陛下、箱になるん?w』
『超展開過ぎて草』
『どういうこと?w』
「ふむ、視聴者も含めて説明してやるべきじゃな。とりあえずレイネ、こちらへ来い。そこではお主の声がしっかりと拾いきれぬやもしれぬ。ほれ、ここに座れ」
「……あの、陛下? この椅子は少々その、二人で座るにしては小さいような……」
「別に構わんであろ? 何も夕飯前のような事をしろと言っておる訳ではない」
「あ、あれは……っ! ……コホン、あれはその、できればこういう場では……」
「くくっ、配信中であったな。すまんな」
『何してたの!?!?』
『ナニしてたって!?』
『あら^~~~~』
『リアルてぇてぇ』
敢えてからかうようにニヤリと笑ってみせれば、レイネもレイネで顔を赤くして反応してるし、コメントも超加速してる。
盛り上がってきたのは確かだけど……なんか視聴者まで増えてきてる……。
え、なんで? てぇてぇを感知したの?
まあともかく、隣に少し恥ずかしそうに顔を僅かに紅潮させたままのレイネが座ったので、マイクの位置を少し移動して二人の間に調整。
ごそごそ音が鳴ってる? 我慢して。
「さて、レイネよ」
「は、はい」
「妾がモデルを作ってやるから、妾と一緒にVtuberにならんか?」
「……恥ずかしながら、私はあまりその内容を知りません。もちろん、陛下のご命令とあらば否やはございませんが……」
「命令などではない。あくまでも妾からの提案じゃよ。そも、お主の技量があれば家事の一切を全て行っても余裕があるぐらいじゃろう?」
「それはそうですが……」
『それはそうなんだw』
『え、ガチでメイドなん? 設定やろ?』
『こんなメイドさんを雇いたい人生だった』
『設定でも事実でもどっちでもいいw』
「具体的にやる事と言えば限られておるが、ゲームや雑談なんかがメインになるであろうな。基本的には慣れるまでは妾と一緒に出る感じかの」
「……陛下と、御一緒に……」
私は個人勢だから別に何かコレをしなきゃいけないとか、アレをしちゃダメとかって事は一切ないしね。せいぜい、ジェムプロのエフィさんとかとコラボする時はレイネが参加できないとか、それぐらいかな。
私一人で配信する時はレイネの都合が良ければ巻き込めばいいだけだからね。
「レイネが気乗りせんのであれば、無理に誘うつもりは――」
「――やります。陛下と御一緒できるのであれば、それ以上の褒美はございません」
「……お、おう、そうか……?」
『喰い気味w』
『陛下大好きかよw』
『クールそうな感じだったのに意外w』
『いいぞもっとやれw』
ずいっと顔を近づけて答えてきたものだから、思わず仰け反っちゃったよ。
というかレイネ、意外とVtuberに興味あったりしたんだろうか……。
メイドという立場上、表に出るつもりはないと前世では表舞台には絶対に上がろうとはしなかったのに、転生したのをきっかけに意識改革でも起こったのかな。
「うむ、という訳で、近々レイネの身体も作ってやらねばな。その様子を一部配信するというのも面白そうじゃが……」
『予想以上にガチお絵描きになりそうw』
『見たい!』
『夏蜜柑:プロ絵師です。見たいです』
『ちょwエフィのママさんおるやんけw』
「ぬ? エフィのママさん?」
視聴者の反応を確認するためにコメントを追っていたのだけれど、そこに流れてきた文字の中にあった発言が気になって名前を見る。
えっと、夏蜜柑さん、かな?
ぱぱっと調べてみると、ホントにエフィさんのモデルを担当した絵師さん張本人だったらしく、チャンネルに飛んでみれば実際にエフィさんとも配信していたりもしていたらしい。
「おぉ? 有名人がおるようじゃな。どれ、〆マークでもつけておくかの」
この『〆』マークはチャンネルの運営者が特定のユーザーを指定する事で、コメントの削除操作とかを行う権限を与えるもので、名前表示が青色になって名前の横に『〆』マークがつく。
正式名称は『インフォーサー』と呼ばれるのだけど、V界隈では同じV同士につけたり、同じ箱の仲間につけたりして通常コメントとの差別化が行われるために使われてる。
今までは使う機会なんてなかったけれど、まあ絵師として名前が売れているならおかしな事はしないだろうし、つけておいてもいいかな。
使い方を試しておきたかったっていうのもあるけど。
『夏蜜柑〆:マジで!? え、いいの!?』
『蜜柑ママめっちゃ喜んでるw』
『エフィール・ルオネット:ちょっと! なんで蜜柑ママに先につくの!』
『獅子歌 リオン:ずるいずるいずるいーー!』
『雪瑪 スノウ:ん、うらやま』
「ぬ……? なんでおるんじゃ、エフィたちも。まあ付けろと言うなら付けるが」
『天下のジェムプロトップ勢をついで扱いは草』
『エフィール・ルオネット〆:やったー! ついた!』
『夏蜜柑〆:ふ、私の方が早かったもんねー!』
『エフィール・ルオネット〆:はーーーっ!?!? 仲の良さはこっちが上ですぅーー!』
『何この母娘喧嘩w』
『くっそ笑うw』
何故か登場したエフィ、リオ、スー。
裏でもそう呼んでくれと言われているのでそう呼ばせてもらうけど、OFAで私と組んだ三人娘もどうやらインフォーサーになりたいらしいので、ちゃちゃっと操作。
できた途端にコメント欄で始まった謎のマウント合戦に、ついつい笑ってしまった。
「……うむ、まあ配信はこんな感じじゃ、レイネ」
「なるほど、賑やかなのですね」
『(こんな感じじゃ)ないです』
『どう見ても普通はないパターンw』
『個人勢配信の普通はもっと平和ですw』
『まあ陛下のチャンネルは何かと色々あるから、これも普通……か?』
『獅子歌 リオン〆:箱のみんなに自慢しよーっと!』
『リオち落ち着けw』
「うむ、まあこれはこれでいいとして。ともあれ、モデルの基本となるような一枚絵なんかは配信で描いていってほしい、という事かの?」
『夏蜜柑〆:是非お願いしますっ!』
『みかんママ草』
『めっちゃ見たがるやんw』
『夏蜜柑〆:だって陛下の絵、綺麗過ぎなんだもん! どう描くのか気になるじゃん!』
『気持ちは分かるw』
『なんか陛下が描いた絵ないのー?』
「む? 妾のコレ以外で、という事かの?」
『そうそう!』
『エフィール・ルオネット〆:見たい!』
『雪瑪 スノウ〆:できればアニメチックじゃなくて普通に描いたものとか見たい』
『夏蜜柑〆:見たい!』
『母娘の反応が一致してるのは草』
コメント欄の早さがいつにも増してお祭りめいているというか、なんだか凄まじい速度で流れている中で投げられたコメントの数々。
しかもそこにスーのアニメチックなキャラクターの絵じゃなく、普通に描いた絵を見たいという要望まで出たものだから、そこからさらにコメントが加速し始めた。
うーん、何かあったっけ?
基本的にペンタブで描いてはいるけど、データとかあまり残してないんだよね、私。
VtuberになるにあたってPC買い替えちゃったし、そっちのデータも全然整理できてないから。
「陛下、絵であればリビングに飾ってある陛下が描いた風景画はいかがでしょうか?」
「ぬ? あれを描いたのは確か小学生の頃じゃが?」
『お、小学生の頃の絵とか気になるw』
『だいたい絵が上手い人って子供の頃から上手いよね』
『夏蜜柑〆:それはそれで見たい!』
『雪瑪 スノウ〆:きになる』
「ふむ、まあ構わんが、あれは授業の一環で描いた絵じゃからデータは残っておらんぞ」
「問題ございません。私のスマホにてしっかり写真に収めておりますので、ご安心くださいませ」
『これは有能w』
『さすがメイドw』
『いや、ガチでメイドなん?w』
『陛下、逃げられずw』
私がどうこうと言う前に、レイネはレイネで見せたいとでも思っているのかさっさと私のパソコンにUSBで接続し、画像をパソコンに入れてきた。
いや、別にいいんだけどね、レイネ。
なかなかアグレッシブだね。
一応画像を確認するために見てみたけれど、私の名前を特定できるような要素もないし、特に隠さなきゃいけない場所もなさそうかな。
「これを描いたのは小学五年生じゃったな。授業で好きなものを描けと言われて、好きだった光景を絵にしたものじゃな」
『わくわくw』
『画伯であってくれw』
『夏蜜柑〆:小学生だった頃は私も上手くなかったから大丈夫だよ!』
『雪瑪 スノウ〆:小学生時代の絵をリビングに飾るって地味に拷問…』
『スーちゃんの発言が正論過ぎるw』
「別に拷問と思った事はないがのう。それなりによく描けたと思っておるし、家族も気に入っておるからの」
「あの絵を気に入らない方もそうそういないとは思いますが……?」
「さて、どうであろうな。好みは人それぞれであろう。――ほれ、これじゃ」
『……えっ?』
『は?』
『うっそだろw』
『え……』
「……魔王城の城壁から見える、城下町の風景。陛下はこの光景がお好きでしたね」
「うむ、そうじゃ」
懐かしむように告げるレイネに肯定を返す。
私が小学生の時に描いたのは、見た事もない洋風の街のようにも見えるけれど、それはまだ私が前世の記憶を取り戻す前、何度も見ていた魔王城の城壁の上から見える街の景色を描いたものだった。
魔界を統べて、文化も技術もなかなか育まれなかった魔界が少しずつ街を造り、技術を生み出し、文化を育んでいった一つの集大成とも言える光景。
それは魔王として私が生きていた頃の歩みが結実したと言えるような、そんな光景だったから、私はこの光景を見るのが好きだった。
絵を描いた当時は記憶を蘇らせていなかったというのに、この絵は当時の私が見た光景そのままに描かれているというのだから、本当に私はこの光景が好きだったのだと記憶を取り戻して改めて実感したものだ。
『うますぎw』
『すご…w』
『見た事ないわ、こんな街』
『夏蜜柑〆:これがしょうがくせい……?』
『雪瑪 スノウ〆:……ほしい』
結局、この後はこの絵に関する質問と回答というだけでいい時間になってしまったせいで、配信はなんだかおかしな方向に盛り上がって終了する事になった。




