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転生魔王の配信生活  作者: 白神 怜司
解き放たれる魔王節
36/201

即落ち二コマなユズ姉さん

 ユズ姉さんがやってきたのは、レイネを膝枕してあげてから三十分ほど過ぎた頃だった。

 すっかり蕩け始めていたレイネだったけれど、インターホンが鳴った瞬間に僅かに眉間に皺が刻まれたのは見なかった事にしようと思う。

 ついでに膝から起き上がる時のちょっとだけ悲しそうな表情をしていたので、「また時間がある時にね?」と言ったら顔を真っ赤にしてその場からユズ姉さんが待つ玄関に向かって転移してしまった。可愛い。


 もっとも、私も即座に転移したからレイネが逃げきれたという訳じゃないけどね。

 魔王からは逃げられない、これ世界の常識。


 とまあ冗談はさておき、レイネがドアを開けてもユズ姉さんが困惑するだけだからね。

 実家でもあるここに来たと思ったらいきなり知らない人、しかもメイド服ガッツリ着てる人が扉を開けたら困惑するよね、普通。というか、私なら確実に困惑する。


 そんな訳で後ろにレイネを控えさせてドアを開けると、ユズ姉さんはいつもの柔らかな笑顔を見せてから表情を引き締め、即座にレイネを見て……目を見開いた。


 うーん、これはメイド服に驚いたっていうのは確かにあるだろうけれど、多分、呑まれた、って感じだね。レイネの空気に。


 真新しい正装に身を包んだ人が放つような、どこか着慣れていない感というか、そういうものがレイネには一切存在していない。

 だいたいコスプレや晴れ着なんかもそうだけど、着慣れていない空気みたいなものは一見して分かるもの。妙に浮いて見えるというか、着こなせていない、ってところかな。


 けれど、レイネはメイド服を完璧に着こなす。


 それは見た目が似合う似合わないとかではなくて、当たり前に日常的に着ているものである事が一目で分かるし、仕草も綺麗で妙に畏まったりもする必要はない。

 服と立場が示す正解を理解して実践しているからこそ、そこに違和感が感じられないんだよね。


 さらにレイネ、侍女として気配を薄くさせてるからね、今は。

 人がいると感じさせないような気配の薄さは、視界に入っていなければ常人ではその存在にすら気付けないと思う。


 そんなレイネが、ロングスカートを広げるように摘んですっと綺麗に腰を曲げた。

 向こうの世界でのメイドの挨拶方法だけれど、レイネがやるとその動きは美しいと思える。


「お初にお目にかかります、楪様。私は凛音お嬢様の侍女兼、この家を守るメイド、篠宮琴乃と申します。レイネとお呼びください」


「……ぇ? なんでレイネ?」


「本名では目立つから、と申し上げればお分かりかと」


「本名が目立つって、しのみや……――ッ、まさか……篠突く雨の『篠』に神宮の『宮』……っ!?」


「はい、左様でございます」


「な……、なな……、なんであの(・・)篠宮の人間が……?」


 あのってどの篠宮なんだろうか。

 なんかユズ姉さんの顔が真っ青通り越して真っ白になってるけど。


「レイネ、説明」


「はい。篠宮家は言うなれば、この国の華族に当たります。その中でも特殊な家柄であり、様々な業界でも上に行けば行くほどに無視できない御家、とでも申しましょうか。特に芸能関係はその仕事柄、我々のような一族に対する理解も一般人よりは深いため、このような反応になったのかと」


 華族、ねぇ……。

 要するに貴族みたいなものだよね?


「ふぅん? つまり、家が凄いって感じ?」


「古いだけの一族でございます。凛音お嬢様にとってみれば、塵芥に相違ありません」


「そう。ちなみにレイネをここに置いていて、何か問題は?」


「ございません。すでにあの一族とその周辺は黙らせてあります」


「なら結構」


「――ちょおぉっと待ちなさいっ! 結構じゃないわよっ!? むしろ結構な大事よ!?」


「まあまあ、ユズ姉さん。とりあえず中で話さない? レイネ、案内はいらないわ。準備を」


「かしこまりました。失礼いたします」


 唖然とするユズ姉さんと私を他所に、レイネがすっとその場から立ち去っていく。

 うーん、相変わらず歩く姿がこう、ピンとしていて格好いいよね。

 私の目の前だと遠慮なく転移するから、ああやって普通に歩いてる姿を見届けるのもなかなかに珍しいんだよね。私と一緒に歩く時は常に斜め後ろだし。


 とりあえずユズ姉さんを連れて家の中を進む。

 一体何をどうしたら篠宮という凄い家らしいレイネと知り合い、何をどう間違えたら篠宮の人間が私のメイドとなっているのか、なんて事を質問されては「まあまあ」とはぐらかしつつリビングへ。


 実は私、このカバーストーリーというか、どうしてレイネが私に仕える事になったのかとか、私は一切決めてないんだよね。

 お母さんに至っては質問すらしてこなかったからなぁ。


 ともあれ、そんな風にユズ姉さんを宥めつつはぐらかしつつ、手洗いうがいのワンセットをこなしてもらってからリビングに入ったところで、再びユズ姉さんがフリーズした。


「……え、何この部屋。こんなに綺麗だったっけ……? なんだか新居みたいになってない……?」


「レイネが掃除したらこうなった」


「……業者に頼むより綺麗になってない? 昨日よね、しの……レイネさんが来たのって」


「うん。三十分ぐらいでこうなったよ」


「…………さんじゅっぷん……?」


 正確には五分程度の話なんだけどね。

 堂々と魔法使って掃除してたし。


 というか……。


「……レストラン?」


 ……ユズ姉さんの気持ちは分かるよ。


 いつもはあまり飾り気のない円卓のテーブルの上に燭台が置かれて蝋燭が柔らかな火を灯してる。外はもうすっかり暗い時間だし、部屋の調光を暗めにしているせいで優雅さに拍車がかかっていて、けれど暗すぎずに蝋燭の火が足りない光量をしっかりと補っている。

 テーブルの上にもグラスとカトラリーがしっかりと並べられていて、蝋燭の光を反射させる程に綺麗に磨かれているのが一目で判るね。


 昔はこれが普通だったし、昨日は懐かしかったし私しかいなかったから別に気にもならなかったけど……うん、こうして常識人代表とも言えるユズ姉さんの反応を見ていると、いかにやり過ぎであるかがよく分かる。


 私も今の私だからこそ「レストランじゃないんだから」って思わずにはいられなかったぐらいだし。


「楪様、こちらへどうぞ」


「は、はいっ!」


 椅子を引かれ、まるでお客様状態でユズ姉さんがレイネに椅子に座らされた。


 ……いや、ユズ姉さん?

 あなた昨日、『この時代に本物のメイドさんなんていないでしょ? まったく、私がしっかりと見定めてあげるんだから。言っておくけど、私は甘い採点はしないわよ?』なんて言ってたよね?

 即落ち二コマって感じであっさり呑まれてるチョロい系キャラみたいになってるけど、自覚ないのかな。


「凛音お嬢様、お待たせ致しました」


「別にそこまで格式張った対応しなくていいのに」


「なりません。本来ならばしっかりとドレスを身に纏っていただきたいぐらいですのに」


「やめてよ、家族で食事するだけなのにドレスとか」


「……せめて休日だけでも」


「却下」


 レイネの悪い癖が出始めたので軽くあしらってから向かいに座るユズ姉さんに目を向けると、ユズ姉さんがぽかんとした表情を浮かべてこちらを見つめていた。


「……えっと、凛音ちゃんってお手伝いさんに指示とかもしてなかった、わよね?」


「うん、そうだけど?」


「……そう、よね? なのにずいぶんとレイネさんにはその、慣れているというか……。なんだか凛音ちゃんが上流階級の人みたいに見えてきたわ……」


「別に私は変わってないよ? ほら、レイネ。ちょっとぐらい崩してよ。ユズ姉さんが驚いてるじゃない」


「これは失礼いたしました。実家に比べればだいぶ崩したつもりだったのですが……」


 実家っていうことは、多分華族としての今生の実家かな。

 うん、そこに比べられても困るんだけど。

 というかそういうの求められ過ぎたら肩凝るし、私も今生の身の上としては別にそういう階級にいる訳でもないし。


 だから、昨日の段階で普段はこういうのはやらなくていいと伝えてある。

 なのになんでこんな事をしているかと言うと、今日の相手がユズ姉さんだから、だね。


 レイネは自分が見定められるのはどうでも良かったりするんだけれど、それが結果として私自身の判断が間違っているという評価に繋がりかねない場合、容赦なく本気を出そうとするところがある。

 今回の場合、私がレイネを雇い入れたという判断が間違っている場合、延いては私のミスという結果を招いてしまうという理由でメイドとしてしっかりと給仕し、もてなすと決めたらしい。


 別にユズ姉さんはそんな姑みたいな性格はしてないし、心配しなくていいのに。

 まあ私もやりたいようにやらせる主義だから付き合ってる訳だけど。


「今日のご飯は?」


「コースになっていますので、順にお持ちいたします。楪様、食前酒はいかがいたしますか?」


「え、あー、じゃあせっかくだから……」


「畏まりました。では、少々お待ちくださいませ」


 すっと一礼して離れていくレイネを見送って再びユズ姉さんにちらりと目を向けたら……なんだか慣れていない高級なお店にやってきた、みたいな感じで少しそわそわしてるのがちょっとほっこりした。

 そんな私の視線に気がついたらしく、わざとらしく咳払いしてからユズ姉さんが私の顔を真っ直ぐ見る。


「凛音ちゃん、少し遅れたけれど……おめでとう」


「……? 何が?」


「……え。待って、え? 確認してないの……?」


「うん?」


「……凛音ちゃん、自分のチャンネルの登録者数確認してみてくれるかしら?」


「ん? うん」


 そういえばバレンタインデーからレイネも来たりでバタバタしてたし、エフィさん達とのコラボ以来、ちょっと数日ばかり忙しかったから配信どころか確認もしてなかった。

 ユズ姉さんに言われるまま、スマホをぽちっと操作していくと……うん……うん?


「……15万人?」


 ……おかしいな。

 前にエフィさんとコラボした時はまだ8万人だったはずなんだけど……倍ぐらいまで伸びてる……? バグった?


「……えぇ、この前のコラボで10万まで一気に増えたのよ。それで10万人のお祝いを伝えようと思っていたんだけど、バレンタインデー配信でこっちもバタバタしてて。……でも、昨日のエフィの発言でまた一気に増えたみたいね……」


「昨日の?」


「えぇ、バレンタインデー配信の中でOFAの今度の大会の意気込みを語った時に、凛音ちゃんの話題が出てね。それで再燃したって感じみたいよ」


「ほへー、知らなかった……」


「……ちゃんとチェックぐらいしなさいね? 配信もそうだけど、節目にはお礼のモノロジーとか飛ばしておくのも必要な事よ」


「はーい」


 色々あり過ぎて忘れてたけど……うん、そうだね。

 あとで突発御礼配信でもしようかな。


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