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転生魔王の配信生活  作者: 白神 怜司
解き放たれる魔王節
31/201

バレンタインデー Ⅴ

 東條秀人にとって、この世界は生ぬるいものだった。


 物心ついた時には自分の家が裕福で、恵まれた環境に生きていると理解できた。

 自分は愛され、ワガママを言っても何を口にしてもまかり通るという事を知り、世間の甘さというものを学んでしまったのは、偏に両親の甘さと過保護さによるものだったのだろう。


 両親にとっても東條秀人は可愛く大事な息子であった。

 故に、東條秀人という子供にとって、お金という価値があるようで自分にとっては価値も、苦労もなく手に入るものに対する執着心と言える執着心はなかった。

 だって、それらは望めば簡単に両親が用意してくれて、与えてくれるものなのだから。


 そんな東條という男の人生の分岐点となったのは、偏に学校という集団生活に放り込まれた事が起因していた。

 家、家族というコミュニティではなく、無条件に愛情を与えてくれる両親もいない、他愛のない事で言い合い、時に殴り合いの喧嘩にまで発展する同レベルの子供たちの輪の中に放り込まれた。


 しかし勉学など家庭教師から学べば良い。

 集団生活の中で学ばせるというものは、確かに過去の世においては効率的なシステムであったと言えるかもしれないが、現代社会はオンラインで成り立ちつつあり、必要な勉強ならば家にいれば充分に事足りる。事実として東條はそれで充分に学ぶべき事を学べていた。


 しかし、東條にとってみればどうでも良い小さな事にさえ、「勉強ができるから」というだけで憧れられ、「お金持ちの家だから」と一目置かれ、容姿もそれなりに整っているために周りから愛された。

 結果として身も蓋もない言い方をすれば、東條秀人という人間は他者から特別扱いされる事に気が付き、それに快感を覚え、自分を特別な存在であると錯覚したのである。

 そうして、彼にとっての学校とはくだらない自尊心と他者に対する優越感を満たす、ただそれだけの場所となってしまったのだ。


 そんな東條に近寄った人間の善悪なんてものは、幼い間は大した差もない。

 ちょっとした好意、悪意というような、形のない本当に小さな感情を孕んだそれらを向けられている内は良かった。

 しかし、東條が善悪の何たるかを理解するに至る前に、明確な悪意が近寄ってしまったのが彼にとっての不幸だった。


「――東條さー、お金あるんだから奢ってよー」


 そんな言葉を口にした本人にとっては、半分は冗談であったのかもしれない。もう半分は妬みというものもあったのだろう。自分はお金なんてないけど、お前はあるだろう、という嫉みでもあった。


 しかし東條は、その声をかけてきた相手に興味があった。

 いわゆる不良らしい不良になっていて、そういう意味で注目を浴びている人材は、東條秀人にとってみれば「興味深い存在」であったのだ。


 故に、東條はその申し出を快く引き受けた。

 そして申し出た男は東條を上手く利用できると踏んだのか、それ以来、東條に絡むようになり、東條もまたそんな周りから特別視されている興味深い存在を、金というどうでもいいもので操れるようになったのだと悟った。


 そこからは、順調だ。

 順調に――堕ちていった。


 東條という金を持った存在でありながら、金に興味を持たない男。

 そんな東條の金が欲しくて、東條を上手く利用する男と、そんな男が仲間を呼び、付き合うようになり。

 そうやって、雪山を転がる雪玉が次第に大きくなっていくかのように、どんどんと膨れ上がりながら転がり落ちていく。


 そうして、東條秀人という男は歪んでいった。

 ガラの悪い友人から始まった交友関係はすでに半グレ集団や厄介な大人たちにまで伸びていき、それらをお金という本人にとってはどうでもいいと言えるものを出してやる事で好きに操っていくようになった。


 しかし、そうやってできてきた関係も高校に入学して半年程経った頃には飽きてきていた。

 だから東條は、今度は女という存在に目をつけた。

 かつてのようにお金という餌をばら撒いて、見た目の良さという生まれ持った武器を利用して、自分とは違う女という存在を操ってみたくなったのだ。


 しかし、学校というコミュニティは狭い。

 次から次に女に手を出し声をかけるナンパ野郎と言われるようになり始めたのは、その年の年末頃の話だった。


 そうして新学期を迎えたところで、東條は凛音という存在を初めて強く意識した。


 銀色の綺麗な髪、金色の瞳。

 まるで作り物のような美しさを隠しきっていた凛音が、それを隠そうとせずに人前に現れた事に衝撃を受けた者は多くいたが、東條にとってもそれは同じだった。


 だから、東條は凛音に手を伸ばそうとした。

 声をかけ、その「特別」を自分のものにしようとしたが――しかし、立花智美という女子に邪魔されたのだ。


 それがどうしても、東條には許せなかった。


 故に東條は一つ、復讐を決意した。

 自分の持っている力を使って復讐してやろう、壊してやろう、と思ったのだ。

 そこにあったのは酷く短絡的な思想であり、酷く自分勝手な理由だった。


 とは言え、東條はこれまで女を相手に自らの力をどう振る舞えばいいのかまでは理解していなかった。

 そこで東條が頼ったのは、今いる仲間たちだ。

 女に復讐したい、壊してやりたいと呟けば、あれよあれよと今回の計画が持ち上がり、実行されるに至った。


 だが、東條はそれに困惑などしなかった。

 むしろ自分はそういう事をするだけの力があるのだと、酔い痴れた。


 ――そして遂に動き出した。


 朝一番で立花智美の家の近くに張り込んだ仲間たちが、一人で家から出てきた本人を無理やり押さえ込み、連れ込んだ。

 そしてそんな立花智美を脅し、怖がらせ、それと同時に「特別」を手に入れるというのが今回の計画だった。


 途中までは上手くいっていた。

 きっと「特別」もまた、己の力の前に膝を折り、泣いて縋ってくれるだろうと心が浮き立っていた。






 ――――そのはずだった。






「……な、んだよ、あれ……」


 東條秀人が目を覚まして目にしたものは、まるで映画やドラマのワンシーンだった。


 大の男たちが殴りかかってはあっさりとそれを避け、ふわりと銀髪が揺れる中で手を出せば、面白いように吹き飛ばされていく。

 武器を持って後方から襲いかかれば、まるでそれを見ていたかのようにするりと避けて腕を取り、投げ飛ばす。


 そうやって徐々に立てなくなる男たちが増えていく。

 自分の「力」たちの腕が、足がおかしな方向に曲がって痛みに呻いて崩されていく。


 ――有り得ない。

 その感想は誰もが、それこそ東條だけではなく助けられようとしていた立花智美もまた抱いたものではあったが、しかしその理由が全く異なっていた。


 立花智美にとってみれば、凛音という女性がそこまでの強さを持っている事に対する驚愕に対する感想だ。

 ただの女子高生で、しかも特に格闘経験があるなんて話も聞いた事もなければ、運動神経がいいはずではない――と思っている相手である――凛音が、男たち相手に大立ち回りをしてみせているのだから、そう考えるのは当然の事であった。


 しかし、東條は違う。


 ――俺の「力」が壊されるなんて、通用しないなんて、有り得ない。

 東條にとって今まで当たり前であり、絶対であったものが目の前で壊されていく、その様こそが東條にとってはどうしようもなく信じられないものであり、凛音の強さに対する驚愕よりも何よりも大きかった。


「……ふ、ふざけるな……、なんだよ、それ……なんだよ、これ(・・)……! おかしい、おかしいだろ、なぁ……」


 ブツブツと理不尽な現実を目の当たりにしたかのように呟きながら、東條は目を大きく見開き、腫れた頬と噴き出した鼻血にも気付いていないかのように、ぎょろぎょろと周囲に視線を動かした。


 頭の中は酷く混乱していて、今の東條にはとにかく「この意味不明な状況を起こしたもの」を探すが、しかしそんなものは見つかるはずもなく、目を見開いたままただただ混乱しているようにしか見えなかった。


 しかし、そんな東條の目に立花智美の姿が映った。


 ――あぁ、アイツのせいだ。

 アイツが俺の邪魔をしなければ、そもそもこんな事にはならなかったんじゃないか。

 アイツが俺の「特別」の近くにいなければ、俺の力はまだまだ使えたはずだった。


 そんな風に自分で自分の認識を上塗りして、塗り固めて、頑なに現実を見ようともしない東條は、ふらふらと立花智美に近寄っていった。


 ポケットに手を入れて、引き抜かれた手に持つ一本のナイフを携えて。

 ふらふらと幽鬼のように、原因がもう少しで取り除けると喜ぶような笑顔で。


 そんな東條に、智美もまた気が付き、目を見開いた。

 明らかに正常とは言えない東條の顔と手に持ったナイフから、刺される想像がつくまでに要する時間は皆無に等しかった。


「お、前のせい、そう、お前の、お前のせいだ! お前の、お前のおおぉぉっ!」


「ひ……――ッ」


 駆け出した東條と、そんな東條の姿に息を呑んだ智美。

 しかし東條の目の前には、遠くで男たちを相手にしていたはずの「特別」が、銀色の髪を揺らし、真っ赤(・・・)な瞳を携えて姿を現した。


 目を丸くする東條に対し、その「特別」は――凛音は、冷たい怒りを孕んで言い放つ。


「――トモにまだ手を出そうなど、呆れ果てた屑めが。もう良い、死体もろとも消し去ってくれる」


 それは間違いなく死刑宣告だった。

 なんの躊躇いもなく、凛音は――魔王はその拳を振るう事にしたのだろう。


 人間として生きる事を意識していても根底にあるのは魔王の力だ。

 それを自制して止めようとはしていたものの、この期に及んで未だに友人に手を出そうとする東條の行いは、そんな感情のストッパーを破壊する程度には凛音の怒りを買う行為であったのだから。


 智美には、止められなかった。

 声をあげる暇などなく、たった一瞬の事であったからだ。

 当然、東條とてその一瞬で我に返る時間も、避ける時間もあるはずもなく、迫る拳をどうこうできるはずもなかった。


 そうして、人間の頭などあっさりと消し飛ばすような一撃は真っ直ぐ東條の顔面目掛けて振るわれ――激しい衝撃音が奏でられて、同時に周囲に衝撃が拡散されたかのように走った。

 東條はその衝撃に吹き飛ばされて壁に打ち付けられて気を失っており、智美もまた衝撃波に煽られるように反対に顔を向けてそれをやり過ごすようにその場から目を離していた。


 そうして落ち着いて間もなく智美が振り返ると、そこには拳を振り抜こうとして腕を曲げていた凛音と、見た事もないパンツスーツに身を包んだ一人の女性が手を差し出し、凛音の拳を受け止めている、そんな姿。


「――どうか落ち着いてください。その拳を振るうべき相手ではありません、陛下」


 涼やかな声が智美の耳朶を打つものの、その言葉の意味まではいまいち理解できなかった。

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