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転生魔王の配信生活  作者: 白神 怜司
解き放たれる魔王節
30/201

バレンタインデー Ⅳ

 廃工場とその敷地内にある巨大な倉庫。

 その内部には適当に持ってきて集められたのか、椅子と折り畳み式のテーブルなどが置かれて、溜まり場として機能させるには充分な程度には色々と整えられていた。


 トモはその倉庫の奥の方、その場所で後ろ手に縛られ、その手を縛り付ける布も天井に向かって伸びているパイプに縛り付けられているようで、逃げる事さえできなくされている。


 人数は、二十人程度。

 いかにも「ガラが悪いです、悪いことします」っていうステレオタイプみたいな見た目になっていくのってなんでなんだろうね。

 特に服装とか髪型とかが似てて、なんだか個性が埋没しているように見える。


 不良ってこう、「自分たちを普通と一緒にすんじゃネェ」とか「社会のルールなんて知らネェ!」とか「もっと俺を見ろヨ」とか、そういう承認欲求を斜め上に爆発させた自己主張の塊みたいな存在だと思ってたし、そういう人間なら個性を大事にすると思ってたのに、結局こうして群れるとだいたい似たような感じになるのは不思議だね。


 やっぱり群れると似ていくものなんだろうね。

 知らないけど。


 うーん……それにしても、人間が二十人で私をどうこうできる訳ないんだけど……まあ、相手も私を普通の人間だと思っているんだろうなぁ。

 あれ、でも普通の人間と考えて二十人もいるってなると、私とトモの女二人相手に集め過ぎじゃない?


 ……うん、もういいや。

 理由とか、どうせ大したものもないだろうし。


 ――はい、という訳でやってきました廃工場の倉庫という名の溜まり場。

 飛んできたよ、文字通り。

 姿を隠して空飛べば早いし。


 こういう場所にいるのはネズミとか黒いアレとか、そういう町中に現れたら駆除される類のものばかりだと思っていたけれど……うん、あながち間違いではなかったらしい。


 だってこれから駆除するし。

 私が。


「おい、アイツらまだかよー」


「いや、ねぇだろ。つかこの時間でもう女一人連れてこっちに戻ったら逆にビックリだわ」


「瞬間移動かよ、ウケるわ」


「あの拉致った女マワすんだろ? まだダメなのかよ」


「もう一人の女連れて来てから、目の前でやるんだってよ。で、ポッキリ折ってからそいつもヤルんだとー」


「おいおい、最低野郎だなー」


 うん、最低野郎だね。

 まあキミみたいに笑いながら言ってる時点で、キミも最低野郎の仲間なのはよく分かるけどね。


 さてさて、東條は……あー、いたいた。

 奥の方で偉そうに背もたれに身体預けて足組んで座ってる。


 なんだか男には似合わない女性向けのバッグの中身を漁っているような……ん?

 あれ、トモのバッグかな?


「ははっ、おもしれーモンみーっけた」


 そう言いながら東條が取り出したのは、ラッピングされた何か。

 それを持ち上げて立ち上がった東條が、トモの方に向かって歩いて行く。


「なー、立花ぁー。これってさぁ、もしかしてバレンタインのチョコレートってヤツだったりするんじゃねーの?」


 ……立花って誰……って思ったけど、トモの苗字っぽい。

 うん、知ってた。今知ったけど、知ってたって事にしておく。


 トモは辞めさせようと声をあげているようだけれど、口に粘着テープを貼られてるせいでくぐもった声しか出せないみたいだ。


 ……ごめんね、トモ。

 一応ほら、コイツらが後々に余計な事ができないように証拠を揃えなきゃいけないから、動画回してる最中だからもうちょっと我慢してね。


 触れたり変な事したらへし折るから。

 触れなくてもその前に砕くから。

 安心して、とは言えないけど。


「あー、ワリィワリィ。そのテープ外してやらねーと何言ってるか分からねーな。外してやるよ」


 ベリッ、と音を立てて剥がされたテープ。

 トモはテープを外されて、怯えて助けを乞うでもなく東條を睨みつけた。


「……ッ、アンタ、マジで何考えてんだよ! リンネを誘き出すだとかマワすとか、クズが! そのチョコだってアンタなんかに渡す気ねーんだよ! 返せ! それにさっさと帰らせろよ、クズ!」


「はぁ? チョーシ乗んなよ、なあ。お前今縛られてて身動き取れねーって理解してんの? 剥いてマワしてやろうと思えばいつでもヤレんだよ、こっちは。口の利き方とか、分からないワケ?」


 そこまで言ってから、東條は手に持っていたラッピングされたチョコを叩きつけるように地面に投げつけ、踏み潰した。


 何度も、何度も何度も、執拗に踏み潰されて中身が出ていくのが見えた。

 トモの目から涙が零れるのも、東條が醜悪に、得意げに笑みを浮かべている姿も私には見えていた。


 トモがバレンタインデーに向けて頑張ってたのは知ってる。

 想いを諦めるために渡すからこそちゃんとしたものを作って渡すんだって、そう恥ずかしそうに笑ったトモは、慣れないお菓子作りの為に勉強だってしていた。


 そうしてようやく完成したであろうそれを、何度も踏み潰されて。

 まるでトモの心が足蹴にされているようにさえ見えて、怒りのあまり身を乗り出すために手を置いていた鉄筋コンクリートを握り潰す。


 ――殺す。

 人間のルールなんて知った事か、殺してやるぞ。


「フザけんな……ッ! 親の金使ってクズとつるんで、偉そうな顔してんじゃねーよ! テメー自身じゃ何もできねーくせに! そんなクソッタレが、アタシの友達に手ぇ出そうなんてフザけんな!」


 思わず飛び出そうとしたところで――ふと、トモの声が聞こえてきて我に返った。


 友達。

 あぁ、そっか……そうだったね。

 人間の社会で生きるからには、怒りのままに叩き潰してすり潰す、なんてできなかったね。


 深呼吸して気持ちを落ち着かせてから改めてその場を見れば……わーお、トモのブチギレド正論パンチがクリーンヒットしてる。

 東條は今にも手をあげそうな程に顔に青筋立ててるけれど、そんな東條に協力してる男たちの何人かは聞こえないように笑ってるし、心の中ではそう思われているって事かな。

 その人達の顔もしっかりと動画の中に激写しておいた。


「調子乗んなよ、このクソアマ――!」


 怒りのままに東條が足を振り上げて、トモのお腹を踏みつけようと振り下ろす。


 ――もう、いいよね。


 証拠が足りないとか知らん。

 貴様らは呪って苦しめて、社会的にとか関係なく生き地獄確定だ。


 ふっと一息に飛び出し、そのまま勢いよく顔面を横から殴りつける。

 二メートルほど中空を吹き飛んで地面にぶつかると、そのままごろごろと転がっていってから壁にぶつかって止まる東條を眺め、パンパンと手を払った。


「……は?」


「…………ぇ?」


 周りの他の男たちも唖然としているようなので、そっちは無視。

 私はトモの方に向かって顔を向けると、手をひらひらと振ってみせた。


「迎えに来たよ、トモ」


「……リン、ネ……?」


「うん。まだ襲われたり怪我させられたりはしてないみたいだね、良かった良かった」


 身体には怪我もないし、服も乱れていない。

 その辺りはこの場に到着したその瞬間からしっかりと確認していたけれど、こうして声をかけても心に酷い傷を負う前に間に合ったのだと判断できるね。


「ど、どうして……! てか、早く逃げて! リンネまで捕まるから!」


「――ッ、捕まえろ!」


 トモの一言で我に返ったらしい男たちの数名がこちらに近づいてくる。

 トモ、今のは敵に塩を送る結果になっちゃったみたいな顔してるけど、別に気にしなくていいのに。


 くるりと振り返り、トモに背中を向けた状態で――『交戦眼色』の赤を纏わせて睨みつけてみる。

 けれど、さっきのあの男たちに比べると足を止めたり、冷や汗を浮かべて表情を強張らせる程度であったりと、その効果はあまり出ないらしい。


 数的優位であるという事が判断を鈍らせているのかな。

 数がいる、仲間がいる、だから自分たちは大丈夫、とか。


 ……さて、どうしたものかな。


 薙ぎ払って全員倒すのは大した苦ではない。

 本当にその気があれば、魔力をまとって腕を振るうだけでここにいる男たちと倉庫の壁をそのまま吹き飛ばす事だって容易い、それが私という存在ではある。

 けれど、人間離れした力を目の前で堂々と使ってしまって、どういう影響が出るのかを考えるとね……。


 さっきそういうの忘れてやろうとした?

 フハハ、知らんなぁ。


 ともかく、できるだけ人間っぽい限界ぐらいのところに抑えておこうかな。

 さっきこのみんの前で見せたぐらいなら大丈夫なんじゃないかな、多分。

 呪いは人間には感知できないだろうし。


 こちらに近寄ってくる男たち。

 こちらもトンと軽く地面を蹴って、一番前にいる男の目の前へと肉薄。

 そのまま地面を踏み込み、掌底を男のがら空きの胸に打ち込み、そっと衝撃の魔法を込めて吹き飛ばすと、男が吹き飛ばされてごろごろと転がっていき、沈黙が流れた。


 うむ、拳法の達人っぽいのではないだろうか、今のは。

 映画で見た事あるし。


 気分はカンフー映画の主人公のように、手をゆっくりと回して、クイクイっと挑発してみる。


「かかってこい。心が折れるまで相手してやろう」


 一撃で意識を刈り取るなんて甘い事はしない。

 苦痛に苛まれ、表情を歪め、泣いて懇願し、それでもなお止まるつもりはない。

 心を折るというのは、即ち二度と立ち向かえないと叩き込むということであるのだから。


 ――骨の数本程度は覚悟しろよ、小童ども。


 そんな事を心の中で呟いて、次なる獲物に向かって足を踏み出した。

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