バレンタインデー Ⅱ
付いてきてくれ、と言われて廊下をスタスタ。
私が連れて行かれたのは学校内にある旧部室棟と言って、見た目は綺麗だけれどいずれ改修するので立入禁止と言われている建物だった。
どうするのかと思いきやドアがあっさりオープン。
鍵もかかってないのかぁ。
なんて思いつつ、私の気分は『突撃! 異世界の人ならざる者との出会い編!』というような気分である。
改装する予定、なんて聞いたんだから、ほら、何か出たりとかそういう何かがあったりするんじゃないかな、って。いつかここには訪れてみたいと思っていたのだ。
そんな気分で魔力を展開しつつ、そういう謎存在に出会えないかと期待したものの、建物の中にあるのは二階の奥の部屋にいるらしい三人の男の反応のみだった。
「……はあ」
「……何よ、ビビってんの?」
「は?」
未知との遭遇ついでにこの世界と私のいた魔界とに繋がりがないかも調べておきたかったのに、つまらん。
魔力を制御できるか、どの程度の事ができるかを調べた時にもそういう存在に会いたかったのに、何故か私が近づくとそそくさと何処かに行ってしまうのだ。
何かがいるのは分かるのに会えていないんだよね、いつも逃げるから。
だから、こういう所に棲み着いているような存在なら逃げ道もないだろうし、ワンチャンあるかな、なんて思ったのに……はあ。
そう思って吐いたため息に、斜め前を歩いていた……なんだっけ、こ、こ……なんとかさんが、ちょっと得意気な顔をして小生意気に睨みつけるような表情でにやりと笑う。
いや、うん。
確かにびっくりはしたよ、あなたのその豹変ぶりというか、さっきまでの少ししおらしいような、焦っているような態度から一変した感じには。
ははぁん、さては役者志望の芸能関係系の生徒だね?
ウチの学校、そういう生徒多いし。
「フン、いい気になって調子に乗った罰よ。後悔しても知らないんだから」
「ほぉ」
「言っとくけど、逃げようったって無駄よ。私たちがここに入った時点で鍵は閉めてあるんだから」
「へぇ」
「……アンタ、土下座でもなんでもしてさっさと謝りなさいよ。じゃないと、酷い目に遭うわよ」
「なんと」
「ちょっと! さっきからアンタ聞いて――って、絶対聞いてないじゃない、アンタ!」
通り過ぎる部屋の扉をそっと開けて中を覗いてみたり、改修すると言われている割に綺麗な建物の中をきょろきょろと見回していたら、女子が叫びだした。
そんな大声出さなくてもしっかり聞こえてるんだけど……。
「聞いていたよ?」
「嘘ね! じゃあなんてアタシがなんて言ったか、言ってみなさいよ!」
「それぐらい答えられない訳ないじゃない。えっと、『いい気で土下座すればシメていい』、だよね?」
「色々ごっちゃになってるわよ! というかアンタがシメるみたいになってるじゃない! 閉まってるのは鍵よ!」
いや、確かにあまり聞いてなかったし聞き流してはいたけども……ちょっと違ったらしい。
ごっちゃになってる、って事は惜しい感じかぁ。
「ごめんごめん。で、なんて?」
「~~ッ、なんでもないわよ、バカ!」
どうやらこの子、キレやすい若者であるらしくそれ以上は答える気はないと言わんばかりに前へと進んでしまった。
しかし、一体何故こんなトコまで連れて来られたのだろう。
もう二時間目の授業が始まってそれなりに時間も経ってるけど、この子も帰宅組なのか。
奥にいる三人の何者かについては、私の知らない人であるらしい。
今までに感じた事のある魔力の気配とは違う。
「……アンタ、怖くないの?」
「ん? 何が?」
「……なんとなく分かってんでしょ? こんなトコにわざわざ連れてきて、これから何かがあるって事ぐらいはさ」
「うん、まあ」
魔王的直感もピキンとしてたし、何かしらあるだろうから付いて行く方が良さそうかな、とは思っていたよ。
まあ、さすがに魔王的直感が未来予知とかでもない以上、何が起きているのかとか、どうしてこの女子が私を呼びに来たのかまでは分からないけども。
「……アンタさ、マジでシャレになんない事になる前に謝りなよ?」
「何を?」
「……東條に、よ」
「東條? アレが私を呼んでるの?」
あの独特のお坊ちゃま思考の持ち主かぁ。
でも今日は特にねちっこい視線とかも感じなかったし、休みなんじゃないのかな。視線が鬱陶しかったからいればすぐに気が付くのに、今日はそれらしいものを感じなかったし。
「……正確には、アイツの手駒よ」
「手駒?」
「アイツ、ヤバい連中とも付き合ってるのよ。その連中の仲間ってワケ」
「えーっと。つまり私は、東條の下っ端というかお仲間に呼ばれていて、そのお仲間に言われてあなたは私を連れて来たってこと?」
「……えぇ、そうよ」
「ほむ」
「……何よ」
「いや、なんであなたが言うこと聞いているのかな、って。別にあなたは東條を好きって感じじゃないし、嫌々付き合ってるって感じが伝わってくるし。さっきからあなたの感情、不安と恐怖を押し隠すように虚勢ばかり張っているから読めないな、って」
「な……ッ!?」
この子の感情はさっきからどうにも不自然というか、落ち着きがない。
教室で私に声をかけてきた時に一番強かった感情は、焦燥感、そして恐怖心だった。
そんな感情で声をかけてきたからこそ私も素直についてきたけれど、その返事に対して返ってきたのは安堵と、後悔というか、罪悪感、かな。
それがここに来て、緊張感、恐怖、さっきと同じ焦燥感。
それらを押し隠すように虚勢を張って私に声をかけてきていたけれど、なんだろう、懇願というか、懺悔というか、そういう感情もちらほら見えてきて、どうにも読み切れない曖昧さがある。
こういう感情の不安定さは、幼い子供のそれだ。
信念がなく、芯を通すだけの心が決まっていない、まるで波間に揺れているみたいに己というものを確立していない、子供らしい波の大きさ、そして揺らめきの幅がある。
ふむ。
身体だけが大人になっているのに、精神が未熟というか……。
心が伴っていないような気がする。
前世では人間は15歳で大人となっていたものだけれど……やっぱり大人になるまでの時間が長いからこそ心が幼かったりするのかな。
「ほら、また。今度は不快、いや恐怖かな……? あなた、なんだか凄く不安定だね」
「な……っ、なんなの、あんた……」
「華のJKですが何か?」
「そんなの知ってるわよ! もうっ、ホントになんなのよ! もういい! 知らない!」
普通に答えたのにキレられた。
カルシウムが足りてないね。
今度煮干しでもお土産にしてあげようか。
ズンズンと進んでしまう女子に連れられて向かったのは、建物の二階、その最奥部にある扉の前だった。
ノックをしてから扉を開けて中に入ったので、私もその後について歩いていく。
この部屋は元々はモニターを置いた試聴室として開放されていた部屋のようで、他の部室は六畳ほどの小部屋っぽい感じだったのが、ずいぶんと広く部屋を作ってある。
机と椅子が後ろの方にまとめられていて、三人の私より少し年上っぽい男たちが椅子に腰掛けてニヤニヤとした笑みをこちらに向けている。
「おつかれー、このみちゃんー」
「……いえ」
「ははっ、嫌われてやんの。おっ、何あれ、外人? めっちゃ美人じゃん!」
「東條のヤツなんて無視して、このまま俺らで楽しんじゃってもいいんじゃね?」
「そうしてぇとこだけどよ、東條はウチのお偉いさんも世話になってんからな。俺らが変な事したら、マジで沈められんぞ?」
「バレなきゃ大丈夫だって! 脅しておきゃ誰にも言わねーよ!」
「あー……、まあ少しぐらいならありっちゃありだなぁ」
やいのやいのと男三人が無駄に大きい声で笑い合う。
まるで小動物が威嚇して吠えているようにしか見えないな、なんて思ってしまう。
ほら、小さい獣ほど威嚇して吠えたがるアレだね。
――それにしても……なるほど。
……この女子、「このみ」という名前だったのか……。
「このちゃん」とか「このみん」とか、そういう呼ばれ方をしていたけれど、そのまんまだったか……。
「おいおい、ビビっちゃってんじゃん。そう怖がるなよ、お嬢ちゃん。言うこと聞いて素直に従ってくれりゃ、アンタもお友達も無事に帰してやるってのが東條の命令だからさぁ。ま、無事に、ってのがどの程度かは知らんけど」
「お友達?」
「あぁ、お友達。東條にずいぶんと目ぇつけられちまったみてぇだな。ほら、こっち来てみろよ」
言われるままに中に足を進めていくと、このみんがこちらに手を伸ばそうとして、そのまま手を下げたまま扉の前で俯いた。
なんだろう、今の。
もしかして、私の逃走防止でもしようとしたとか?
大丈夫、逃げる気はないから安心してほしい。
「ほぉら、感動のごたいめーん」
男の一人が手に持っていたリモコンをモニターに向けて操作すると、そこには――トモが後ろ手に縛られて映し出されていた。
「……トモ……?」
「あー、トモちゃん、だっけ? そそ、この子が今、東條と俺らの仲間に捕まってキミのこと待ってんだよねー。んで、俺らはキミをそこに連れて来いって言われてるワケ。お分かり?」
「……なるほど。じゃ、さっさと案内してもらえる?」
沸々と煮え滾るような、内側から今にも噴火しそうな感情を押さえて無感情に告げる。
――画面に映されたトモは、泣いていた。
怯えるように目を見開いていて。
……あぁ、そういう事か。
「どーしよっかなぁーっ! ちょっとぐらいご奉仕してくれたら考えてもいいけどなぁ」
「……ご奉仕?」
「そそ。楽しませてくれたら案内してあげようかなってさ。意味、分かるよね?」
「意味ぐらいなら分かるよ」
「だからさぁ、ほら、とりあえず上着を脱いで――」
そうして無造作に手を伸ばしてきた男の手を避けるようにしてしゃがみ込み、片足を払って大股を開かせ、そのまま蹴り上げる。
僅かに浮き上がった身体で、何をされたのかも理解できていない汚い髪色の金髪を握り締めて床に叩きつければ、周囲に亀裂が入り、赤い華が咲いた。
危ない危ない。
自分の力を自分の魔力で防いでなんとか潰さずに済んだ。
まあ、衝撃を逃がすために周囲の床に亀裂は入っちゃったし、頭も多少は割れたみたいだけれど、まだちゃんと生きてるなら大丈夫だろう。
別に殺してしまっても構わないけど、この世界はそうはいかないし、ね。
それに、トモの所まで案内するという仕事ぐらい、こなしてもらわないと。
ゆらりと立ち上がり、唖然としていた残りの二人を睨みつけ、すうっと息を吸い込む。
――あぁ、私、怒ってるわ。
「その首捩じ切られたくなければ、さっさと答えよ。問答する気はない。トモは、何処におる」
いつもとは違う赤い瞳を輝かせながら、私はそんな言葉を投げかけた。




