【初コラボ】スナイパーのお仕事 Ⅱ
――「あはは、分かってるよ。――でも、そっか。じゃあ……暴れてほしいって事で、いいんだね?」。
《――くくっ。ここのマップはまだまだ知らぬ事の方が多いぐらいじゃが……さて。楽しませてみせよ、人間共》
私――滝 楪――が姪っ子の凛音ちゃんに向けられた先日の言葉と、獰猛な笑み。
そして今、エフィの配信と繋がっているVCから聞こえてきたその一言は、本当に彼女がただただVのお約束としての設定で魔王と名乗っているのではなくて、文字通りに魔王そのものであるかのような、そんな気がした。
『やっべぇ、カッコイイw』
『魔王AIMきちゃあああ!』
『OFA運営※:繰り返しますが、このプレーに不正なツールの利用は一切認められておりません 監視チーム一同、爆笑しております』
『公式爆笑てw』
「……は、はは……。こーれ、バズるわね……」
ついつい口を衝いて出てきたのは、この状況に対する予測。
エフィであっても、いえ、あの三人のコラボであってもスーパープレーは切り抜かれるけれど、今回ばかりは完全にあの子の独壇場だ。
「……姪っ子ちゃん、ホントに魔王なのでは?」
「奇遇ね。私もそう思い始めたわ」
一緒に配信を見ていた後輩の言いたい事も分かってしまう。
実際、今の凛音ちゃん――ヴェルチェラ・メリシスの圧倒的な強さと自信、そして実際に見せてみた『魔王AIM』という言葉のせいもあって、エフィの名前と一緒に『魔王ヴェルチェラ』とか『魔王AIM』がトレンド上位にまでワードが食い込んでしまっているのだから。
《エフィ、リオ。北を12時として指示出しする。9時半方向の建物の影から二人出てきよるぞ。3,2,――今じゃ》
《はっはーっ! ナイスゥ!》
《うおーっ! ヴェルちゃんすげー!》
〈獅子歌リオン >> ahoge2〉
〈エフィール・ルオネット >> 肉厚枝豆〉
『カウントドンピシャ!』
『やべー、ド安定じゃんww』
『エフィ様のテンションが軽く世紀末系なんよw』
『メッチャノリノリで草』
《見えておるものを伝えておるだけじゃ。スー、2時方向の建物、4階の窓が見えるかの?》
《ん、バッチリ》
《1時寄りの窓に撃つんじゃ。さっきからちらちら覗いておる》
《りょ》
〈雪瑪スノウ >> ゴルド30〉
『マジでいたんかw』
『見えんかったぞ?』
『爆風ヒットで即死だなw』
『これはつよいw』
誰かやられた人の名前に突っ込みを入れてあげて、と的外れな事を内心で呟きつつ、やっぱりなと確信を深めた。
今日の配信はエフィしか枠を取っていない。
だから私には凛音ちゃんの画面がどうなっているのかは分からないけれど、我が姪の事ながら「惜しい」と思ってしまう。
だって、こんな撮れ高の山みたいなプレイヤーがジェムプロとコラボしているんだもの。
配信をしていて画面を見せていたら、きっと今頃視聴者たちは二窓してでも凛音ちゃんの画面を見て、動きを確認していただろう。
きっと凛音ちゃんのチャンネルが一気に広まり、それこそ登録者だって一気に増えただろうに。
まあ、凛音ちゃんって頑張ってはいるけれど、あまりチャンネル数を伸ばしたいとかそういう気持ちがないのよね。
本人が学生だからっていうのもあるだろうけれど、配信で稼いでいきたい、生活していきたい、っていう意思まではなさそうだし。
でも、きっとあの子はもう、埋没する配信者にはなれないだろう。
同時接続4万人の前で、今、あの子は紛れもなく誰もの脳裏に深く爪痕を残しているのだから。
《やばっ、撃たれてる――!》
〈ヴェルチェラ・メリシス >> マヨチキン〉
《ヴェルちゃんナイスカバー! ありがと! 助かったよー!》
《なに、こちらから見えたからの。しかし、どうやらどいつもこいつも建物の中を通るようにしておるようじゃな……。むぅ、見当たらぬ》
『それはそう』
『あれだけ一気にキル取ってたら警戒もされるよw ELEPHANT音大きいし』
『監視役がガチで機能してるチームって最近見ないけど、強くね?w』
『こういう対策が取られやすいのもスナの出番がなくなる理由だな』
コメント欄は凛音ちゃんにも見えていないだろうけれど、間違いなくその通りだ。
スナイパーライフルによる攻撃とキルログで、こちらのスナイパーがキルを取れるタイプだと知られてしまったのだと考えると、必然的に見通しのいい通りは避けるようになる。
こうなってしまうとさっきまでのように上手くはいかない。
ここからが本当の戦いになってくるとは思う。
でも……握った手が、微かに震える。
「……先輩、コレ……もしかして、もしかするんじゃないですか……?」
「……『OFA VtuberCUP』の優勝。いえ、優勝まではいかなくても、少なくとも大きな爪痕は残してくれるでしょうね。でもここでバズってしまうと、スナを異様に警戒されてもおかしくないのよね」
実際、今の試合の進行も他のチームがスナ対策に室内移動、近距離戦闘に切り替えてしまったせいで先程までの凛音ちゃんの勢いは衰えてきている。
ここでエフィがどう出るかだけど、もしも徹底してスナ警戒で持ち込まれ続ければ、エフィ達のチームは常に人数不利で室内戦に挑まなくちゃいけなくなってしまう。
……まあ、凛音ちゃんなら室内の中距離から近距離でもスナイパーライフルで戦うぐらいはできそうだけど。
そんな事を考えている内に、案の定、エフィ達はとりあえず建物の中を進む事にしたようで、近くの建物の中に入っていった。
「今はスナ無し編成が主流になっているから、全員でスナに対してメタを張る事だってできてしまうのよね。だから、ここまでの実力なら、正直に言えば本番まで隠し続けておいてもらいたかったわね……」
もしもこれが本番なら、きっと参加チームに動揺を与える事だってできたはず。
けれどこの配信はすでにトレンド上位に食い込んでしまっているし、見ている敵チームだってきっと少なくはないはず。
……厳しい戦いになってしまうんじゃ――
〈ヴェルチェラ・メリシス >> ぬこさまの誓い〉
――……え……?
《……は……?》
《……え、なんでだ? というか、何がどうなったんだ??》
《…………今の、もしかして……》
『え?』
『……は? え、なんで?』
『まったく違うトコに顔向いてたよな?』
『はいチート乙』
困惑するエフィ達の声と、次々流れるコメント達。
そして困惑しているのはエフィや視聴者だけではなく、私も、そして画面を見つめていた後輩もまた同じだった。
キルログは確かに表示されたけれど、でも、エフィの画面の向こう側で凛音ちゃんのキャラクターはエフィ達の入っているビルの向かい側にあるビル、その屋上から斜め前の道路あたりを撃っていた。
なのに、マップに表示されたキルポイント――『シールド』兵科の追加能力で、仲間が倒した敵の位置情報がミニマップに映る能力――では、エフィ達や凛音ちゃんが走っている方向の少し後ろ。
明らかに凛音ちゃんのキャラが向いていた方向とキルポイントが噛み合っていない。
……まさか、本当に凛音ちゃんが、チートを……?
《――ッ、エフィ姉! 前!》
そんな中、エフィの画面が動いた。
スノウの叫ぶような声と同時に画面が凛音ちゃんのキャラから前方に出てきた他チームプレイヤーを映し出し、そして――
《え――》
――瞬間、画面の端に仲間のスナイパー弾が通った僅かな光の痕跡が走り、前方に現れたプレイヤーの肩口にヒットし、ダウンした。
それと同時にリオンがトドメを刺してキルログが表示されるけれど、それよりも……。
《やっぱり! ヴェルちゃん、やっぱり今の跳弾!?》
《んむ、『跳弾強化』をつけておるからの。さっきのは走っている姿がちらりと見えたから速度に合わせて狙えたが、今のはこちらからは見えんかったからな。生憎、ダウン止まりじゃったわ》
『はあああぁぁぁ!?』
『え、ちょ、マジで!? つかスーちゃんが叫ぶとかレア過ぎてそっちも驚きなんだが!?』
『OFA公式※:きたああああああぁぁぁぁっ! 跳弾! チートではありませんよ! 超能力の『跳弾強化』を使っているだけです! チートではありません! 確認取れました! 監視室、大・歓・声!』
『うっっそだろwwww あれ使える人いるんかwww』
「……『跳弾強化』……?」
「……え、マジですか……? あの死にスキル、使えるものなんですか……?」
「知ってるの?」
「え、あ、はい。私、こう見えても結構やるんで。で、『跳弾強化』っていう超能力は、ただただ跳弾回数によって弾の軌道が崩れなくなるっていう、ただそれだけのスキルですね」
「弾の軌道が崩れなくなる?」
「はい。『OFA』って射程によって跳弾する度に距離減退が発生するし、二回目以降の跳弾は角度だけじゃなくて乱数で軌道のズレが発生するんです。でも、『跳弾強化』をつけていると、この乱数での軌道のズレを相殺できるんです。ただ、それを抑えるだけで跳弾の角度判定のシビアさも変わらないっていう事で、普通にゴミスキル扱いされてるのが『跳弾強化』です」
「……つまりあの子は……」
「……跳弾位置を見切って、本来ならビルの外から撃てない場所にさえスナイパーライフルの一撃を届かせる事ができるスナイパー、です」
「……何、それ……? そんなの、あり得るの……?」
「……今までロクに使える人がいなかったから、ゴミスキル扱いなんですよ」
「……それを、使いこなしてるって、こと……?」
「……多分、ですけど」
……凛音ちゃん。
私、暴れてほしいという言葉に同意はしたよ……?
でも……さすがにちょおぉぉっと……やり過ぎじゃない……?