【初コラボ】スナイパーのお仕事 Ⅰ
転送された先は、市街地。
交戦状態が続いている廃墟となった街を意識して作られているのか、商業ビルなんかが崩れかけていて外から内部が丸見えであったり、扉が瓦礫で埋もれていたりと、入れる建物と入れない建物はあるらしいけれど、入れる建物の上からの攻撃にも気をつけなきゃいけない、そんなマップだった。
《ぅげー、よりにもよってココかぁ……》
《遠距離スナイパー殺しのマップじゃん!》
《ん。さすがに初心者ヴェルちゃんにはキツい》
『出た、スナメタ』
『ここを作った運営の意図が分からんw』
『スナでも芋るなって、コトォ!?』
『このゲームは芋っても負けるだけだけどな』
三人が言う通り、ここは建物が多く、射線が通りにくいマップとしてスナイパーに対して厳しいマップの一つだったはず。
というのも、ここの建物はあまり背が高くない。
なので建物の上層階や屋上から一方的に狙えるという訳でもなく、アサルトライフルの射程範囲内であり、普通に撃ち返されてしまうような場所でもあるため距離のアドバンテージがなく、場所を知られると内部に入ってきて詰め寄られてしまう。
コメントは私には見えていないけれど、私への同情か、それとも私への嘲りかが溢れていたりするのだろうと思う。
《ヴェルちゃん、スナイパーってサブマシンガンのペナルティあったっけ?》
「いや、スナイパーライフルを持たない限りはなかったはずじゃな。が、バフもないというところかの」
スナイパーライフルを持った状態だとサブマシンガンを持つと移動速度が落ちてしまい、逃げられなくなってしまうんだよね。
その代わり、スナイパーライフルを見つけるまでは一応は使える、というのが限度だったりする。
間に合わせに持てる、という程度だ。
《げっ、ボックスの中に入ってるのスナイパーライフルとアサルトライフル……》
《3階のボックス、シールドピストルあったぞー!》
《ん、こっちランチャー》
《だああぁぁぁっ、やっぱりか! 市街地の呪い!》
『市街地マップあるあるw』
『呪い発動しとるねw』
『スナイパーはスナイパーしろという天の声』
『陛下ならきっと……!』
エフィさんが叫んだのは、市街地マップがやたらとメインウェポン系の調達が簡単で、一方でサブウェポンが滅多に出ないことを指したもの。
私も色々なマップの動画を漁ってみたけれど、確かに市街地マップはどういう訳かそうなるように調整されているらしい。
拾われたスナイパーライフルは、『ELEPHANT666』というゲームの専用モデル。
そういえばこのゲームは近未来系の舞台で超能力もあるってことで、実在する銃の名前とかは使われていないんだよね。
『ELEPHANT666』はボルトアクション狙撃銃なんだけど、一撃の威力が大きく、射程距離もやたらと長い、超遠距離向けの狙撃銃だ。
セミオートタイプとも違ってボルトアクションであるため、一発撃ってから次弾を撃つまで時間のかかるタイプだったっけ。
要するに、ただでさえスナイパー向けじゃないマップで、しかも連射でどうにかできないタイプがやってきた、ということになるね。
こういう事を運営がしちゃうから、最近は四人チームからスナイパーが率先して外されていたりするみたいだ。
《ヴェルちゃん、サブマシンガン出るまで一応それ持っておいて》
「なに、妾はスナイパーじゃからの。これさえあれば――」
そこまで喋って、装填を行う「R」キーを押しつつマウスを操作。
斜め前方の建物、その三階部分へと視線を向ける。
ここで右クリックを押せばスコープを覗き込み、レティクルが表示されるのだけれど、そんな事をする必要はなかった。
カチッ、とクリック音が鳴る。
そしてほぼ同時に、ヘッドホン越しにゲームから「ズドンッ!」と凄まじい発射音が流れ、画面の右上にログが表示される。
〈ヴェルチェラ・メリシス >> 豆腐丸〉
《――は?》
《え……》
《……ぇ》
『おい、マジかww』
『は?』
『いやいやいや、は?』
『はああああ? どおおして当たるんですかねえええ?』
『おい、まさかのチート?』
画面右上に表示されたのは、キルログという表示。
このゲームは腕や足、胴にダメージを受けた場合はダウン判定と言って、這いつくばった状態になり、その状態であれば仲間に助けてもらう事もできる。
だけど、ヘッドショット――いわゆる、頭に直接高火力の武器を使って銃を撃った場合、そのダウン判定を通り越えて、即死判定となる。
そしてダウン状態では特殊な効果音が撃った側に聞こえる代わりに、画面右上のキルログは表示されない。
つまり、右上に私の名前が出たというのは、後者であり、私がたった今豆腐丸というプレイヤーを倒した、という表示であった。
「――ま、こんなトコじゃな。反動はじゃじゃ馬じゃが、撃ち出した銃弾の軌道は素直じゃからな、この銃は。故にサブマシンガンなど持たずとも良い」
『OFA公式※:ただいまのプレーはチートの使用などは一切認められませんでした。監視チーム一同、困惑しております』
『は?』
『公式もよう見とるw』
『いやいやいや、鳥肌やべぇw』
《……ちょ、マジか。え、マジ?》
《え、ヴェルちゃんスコープ覗いてないよね!?》
《……エフィ姉、この子、とんでもない拾い物かも……》
「何しとるんじゃ? 今の銃声がどこかのチームに聞こえておるやもしれぬ。そろそろ動かねばならぬのではないか?」
『ちょっとまて、張本人w』
『少しはドヤってもいいのよ?w』
『スコープ見て狙って仕留めるだけでもドヤるもんやで?w』
『本人どうでも良さげなの草』
この『ELEPHANT666』の銃声は結構大きいし、そろそろ銃声を聞いて詰めてきているチームがいてもおかしくない。
スナイパーは一度撃ったら動くのが基本という話だったし、勝手に行動して離れた方が良さそうだね、これは。
襲ってくる相手の位置を教える事ができれば、逆にこちらが有利な状況を作れるかもしれないし。
あ、私の仕事はスナイパー兼監視役って話だし、私が動けばいいのかな?
なら、先に外に出て周りを見ておかなきゃだ。
「ではの。妾は少し撃ちながら誘導してくる」
短く告げてさっさと移動を開始――と思ったら、まだここなら大丈夫だと思ったのか道路上にもう二人発見。
アサルトライフルっぽいのを持っている方をついっと見てから、クリック。
〈ヴェルチェラ・メリシス >> SnowGlay〉
もう一人は装填時間が間に合いそうにないし、諦めてさっさと移動しつつ、私はつい先日のユズ姉さんとのやり取りを思い出していた。
――――先日、お土産を大量に持ってきたユズ姉さんに投げかけた問いかけ。
「ユズ姉さんとしては私にどういう役割を求めてるの? 足を引っ張ってヘイトを買ってほしい? それとも、勝利に貢献するぐらいの実力を見せてほしい? っていう意味で質問したんだけど」
その言葉にしばし目を白黒させていたユズ姉さんは、少し考え込むように沈黙していたかと思えば、その後静かに語った。
「……私は、できれば優勝してほしいと思っているわ」
「優勝?」
「そうよ。いくらV同士は他の事務所との競争、いがみ合いが少ないとは言っても、『やっぱりFPSはジェムプロじゃない方が面白い』なんて言われているのが悔しいの。でも、私は箱を支える立場だから、タレントの子たちに無理をしてほしいとは思っていないわ」
うん、その気持ちは分かるよ。
ユズ姉さんから聞いた箱ならではのジレンマだって理解できるけれど、自分が応援している箱が一番になってくれたら誰だって嬉しいもの。
ましてやユズ姉さんの場合、ゼロから作り上げてきたような大事な箱なのだから、そういう気持ちは誰よりも強いんじゃないかなって、そう思う。
「あの子たちは――ジェムプロの子たちは、みんなとても仲が良くて、優しくて、箱を愛してくれている大事な子たちよ。でも、どうしてもFPS関係のゲームの話題になると尻込みしてしまう子も多いの。だから私は、極力FPSの案件を受けないようにしてきた。タレント同士の軋轢になるかもしれないのだから、しょうがない、って」
――だけど、とユズ姉さんは自分の手を見つめて続けた。
「それでもね、エフィやリオンちゃん、スノウちゃんは頑張ってジェムプロのFPS部門を開拓しようとしてくれているのよ。純粋に好きだからっていうのもあるけど、FPS配信が好きなジェムプロ視聴者に応えられるように、って。そんな頑張りも見てきて、応援するべきか、それとも諦めさせるべきかずっと迷ってはいたのよ」
「……そっか」
難しい話だとは思う。
箱の為に、そして視聴者の為に頑張ってくれている人達の気持ちを無下にするなんてできないし、かと言ってFPSが苦手な子を無理に参加させるというのも、ユズ姉さんとしてはやりたくないんだと思う。
あちらを立てればこちらが立たず、だっけ。
正にそんな状況だったんだ。
「そういう状態だったから、新人の子やFPSが苦手な子はFPSに興味があっても配信でプレイできなかったの。エフィのチームに入るのか、とか、入ればいいのに、って視聴者にも言われたりして、断りにくい空気が生まれてしまうから。だから、興味がないって嘘をついてる子もいるわ。そういう空気を、変えてほしいの」
「優勝したら、それが変わるの? むしろ優勝した箱のVなんだから成績残せとか言われるんじゃない?」
「それもあるかもしれないけれど、それならいいのよ。悪意には応えなければいいのだから。ただ、私は視聴者の善意で苦しむ事がないようにしたいの。少しやりたいだけ、楽しんでやりたいだけなのに、視聴者から気楽に「チームに入ったら」なんて言われて、断れば「不仲だ」と無駄に騒がれたりっていう悪循環があるの。でも、大会で優勝するような実績があるチームになったら、『実力的に今は無理だけど、いずれは入りたい』って答えたり、『教えてもらう』っていう方法を取りやすくなるわ。視聴者だって、チームが揃ってさえいれば何かとつけて「チームに参加しろ」、とはならなくなるわ。自由に遊べるし、仕事の幅も増える事に繋がると思っているわ」
「……なるほどね」
確かに、そうなれば『善意で苦しむ』という今の状況はどうにでもなりそうではある。
何も明確な悪意をぶつけるだけじゃなくても、そういう善意から妙な憶測を呼ぶ、なんて事もあったりするのかぁ。
「……私、ホントに箱に入らなくて良かった」
「ちょっ、違うのよ!? 私はあくまでも、今のジェムプロの状況を言っただけなんだからね!? いつもはこんな面倒な状況になったりはしないし、ウチの子たちがしっかりフォローしてるから変に騒がれたりしないんだから!」
「あはは、分かってるよ。――でも、そっか。じゃあ……暴れてほしいって事で、いいんだね?」
魔王であった頃の私らしく、獰猛に微笑んでみせつつ問いかける。
そんな私の笑みを見て、ユズ姉さんは目を丸くして、ごくりと息を呑んでいた。
「――くくっ。ここのマップはまだまだ知らぬ事の方が多いぐらいじゃが……さて。楽しませてみせよ、人間共」
配信してる事も忘れて、私はかつての魔王時代の感覚でそんな言葉を口にした。