顔合わせ準備 ②
ユズ姉さんから諸々の注意点を聞かされた。
まず、私とユズ姉さんの関係についてだけれど、元々デビュー前からユズ姉さんが私の名前は出さなかったものの、姪が個人勢としてVデビューする、という話はしてしまっていたらしいけどね。
しかし、デビュー配信スコッパーとも言えるエフィールさんによって私が発掘され、モノロジーで私の事を投稿して、そんなエフィールさんにユズ姉さんが困ったような態度をしたり、ユズ姉さんにしては珍しく個人勢配信を追いかけ続けている点から違和感を覚え、デビュー時期から逆算して件の姪こそがヴェルチェラ・メリシスであると最近になって見破られてしまったそうだ。
そうして、最初はただ仕事のマネージャーとしてコラボをしたいと言われていただけだったのに、最近では姪なんだからコネがあるだろうと言わんばかりにユズ姉さんにエフィールさんも声をかけ続けていたらしい。
なかなかに粘着質というか、しつこいんだね……。
「それにしてもユズ姉さん、大丈夫? 箱のタレントの情報バレたりしてない?」
そんなにあっさりとバレてしまうなんて、と思ってしまったのは当然の流れだよね。
ユズ姉さんは箱のマネージャーなんて立場なんだから、そういうのは気をつけなきゃいけない立場にいるはずだし。
《失礼ね。さすがに箱のタレントには常に気をつけているわ。身内だからつい心配になっちゃって、仕事の意識から外れてしまっていたのよ。当時のあなた、心配だったし》
うん、まあ私も前世を思い出すまでは確かに心配されてたもんね。
だって今の私とは全く違うもの。
見た目も隠して猫背で顔を隠して、口数も少なくて、服装もカッチリ制服を規則通りに着込んでいて。
友達と遊ぶ、なんて事もなく、常に学校から一直線に帰宅。
……うん、そりゃ心配にもなるかも。
《そもそもね、こんなにあなたが一気に人気の出る配信者になるはずなんてないって思ってたのよね……》
「それはそう」
《リンネ、配信で性格変わり過ぎじゃない? って言っても、今のあなたもなんだか以前よりずっとあっけらかんとしているっていうか、どこか飄々としてるっていうか……》
「そうは言われても、私は私だよ?」
《ま、そうなんだけどね。むしろ姉さんの娘って実感させられた気分でもあったもの》
お母さんかぁ。
滝 紅葉。
子役デビューして以来、子役の生き残りは難しいと言われる芸能界においてもなお、その演技力とルックスの良さから常に人気をキープし続け、海外のレッドカーペットを歩き、そして名を呼ばれトロフィーを受け取った事すらある大女優、それがお母さんだ。
そんなお母さんの演技は、完全憑依型の演技とでも言うのか、その役の人生、背景を深く深く自分に落とし込んで、ドラマや映画となる瞬間を生きているのかまで考え、その役になりきってしまう。
一般的に女優には演技の色があって、その色から離れ過ぎた演技はできない、なんて言われがちなのだけれど、お母さんの色は「無色」なんて言われるようになった。どうやら巨匠と呼ばれるような映画監督がそう表現して絶賛したらしい。
その映画監督は厳しすぎるぐらい作品に対して真剣な人で、そんな人が本気で絶賛したという事もあって当時は相当な話題になったようで、それ以来お母さんは『無色の女優』と呼ばれるようになった。
そんな絶賛を受けたお母さんの実力が話題になった時、ちょうど日本のドラマでキャリアウーマン役をやっているのに映画ではマッドサイエンティスト役をやっていた事もあって、両方を見た視聴者からは「脳がバグる」、「完全に別人」とまで評価されていたのを私も覚えている。
ちなみにお母さんにその事をすごいと素直に称賛したら、お母さんはにこにこと微笑みながら「色々な人生が楽しめるから、女優って面白いわ~」なんて言ってたっけ。
凄い表現だった。
私より転生しているみたいだ。
そんなお母さんの娘だからこそ、私の二面性というか変化というものもユズ姉さんにとっては「さもありなん」とすら思うようになったのだとか。
さすがに私はあんな演技はできないと思うけどね。
まあ前世の記憶っていうよりも血の影響と言った方が納得してもらえるだろうし、敢えて否定はしないけど。
《あら、来たみたいね》
ユズ姉さんの声を聞いて『Connect』の画面を見ると、エフィール・ルオネットの名前がそこにはしっかり表示されていて、それを見たと同時にディロロンと微妙に不協和音っぽい効果音と共に、VCチャンネルにエフィールさんが入ってきた。
《おはよう、エフィ――》
《――おおおぉぉぉっ! ヴェルちゃん陛下!? 本物!?》
いや、声デカ。
というかどっちかという私がやりそうな反応だよ?
「――くくっ、初めましてじゃな、エルフの姫、エフィール・ルオネット」
《きたーーーーっ! これこれ! 本物じゃん! マネちゃんナイスゥ!》
……思ってたのと違う。
ユズ姉さんの話では、配信中じゃない時のキャラ付けは最低限でいい、っていう話だった。
というか、私だって最初は普通に挨拶して、配信の最中のお互いの呼び方を決めたりとか、そういう設定上の決め事だったりを話したりするっていうのが主な予定だったはずなんだけど。
本物かどうかと言われたものだから、とりあえずそっちで接してみたけれど、大興奮過ぎてコレジャナイ感。
そういうの、私より有名なあなたに対して私みたいな個人勢がやるようなものなのでは??
《エフィ、落ち着きなさい。ヴェルチェラさんが多分画面の前でドン引きしてるわよ》
《んぇ!? あぁっ! ごめんごめん、ちょっと興奮し過ぎた》
「構わぬが……妾はこのままの方が良いのかの?」
《崩しても構わな――》
《――是非そのままで!》
ユズ姉さんの言葉に被せてきたよ、このエルフ。
前世のエルフって言えばどちらかといえば物静かで聞き心地のいい柔らかな口調っていうのが共通だったんだけど、これ私の中のエルフ像ががらがらと崩れそうだよ。
《エフィ……?》
《ごめんて。でもさ、リオンちゃんもスノウちゃんも、ヴェルちゃん陛下のキャラ大好きだから、そのままの方がいいかなって》
《……あなた、もしかして時間よりも早く反応していきなりVCに入って来たのって、まさかそれを言うために?》
《ん、そうだね。ちょうどヴェルちゃん陛下がアンチを取り沙汰した配信あったじゃん? あの時さ、実はリオンがアンチ発言で少しまいってたんだよね。で、ヴェルちゃん陛下の切り抜き紹介したら、元気になれたんだよね。だから、あの子らの手前、ヴェルチェラ・メリシスでいてほしいんだ。スノウちゃんも布教したらファンになってるしね》
《……はあ。まったく、仕方ないわね……。ヴェルチェラさん、申し訳ないけれどそれでもいいかしら?》
ユズ姉さんとしてはあまり乗り気ではないんだろうね。
なんとなく声色からそんな感情が伝わってくる。
きっと今、ユズ姉さんは板挟みみたいな状態なのだろう。
家族である私に変に気を遣わせたくはないと考えていそうだし、けれど、大切な箱のタレントだからその希望は叶えてあげたくもあって。
そういえばお母さんが言ってたしね。
ユズ姉さんはそういうのを引き受けてしまって、パンクしてしまうって。
なら、答えなんて決まってるじゃない。
「んむ、問題ない。そういう事であれば、妾に否やなどありはせぬ。コレが妾じゃからな」
《……本当にいいんですか?》
「なに、先程も言うた通り、これこそが妾じゃからな。別段気を張っておる訳でもない。むしろ日常の方が擬態と言えば擬態じゃからな。さすがにこの素のまま他人と接する訳にもいくまい」
紛れもない事実ではあるしね。
そんな事で気を遣われてしまっても逆に困るというものだ。
「むしろ妾は敬語など一切使わぬが、それでも構わぬか?」
《だいじょぶだいじょぶ。私らも敬語使われても困るし、『OFA』で敬語使われたりしたら意思疎通遅れちゃうしね! って事で、こっちも敬語ナシでよろしくね、ヴェルちゃん陛下!》
「そのヴェルちゃん陛下とかいう妙な呼び方はどうにかならんのか……?」
《んじゃヴェルちゃん! あ、不敬になったりしない?》
「くく、呼び方など些末なことよ。その奥に無礼がないのであればなんとでも呼ぶが良い」
《おぉ、さすが魔王! 太っ腹!》
そんな話をしている内に、再びディロロンと音が続き、リオンさんとスノウさんが入ってきた。
ちらりと時計を見れば、ちょうど時間だったらしい。
……時間になるまでクリックできる体勢で待っていたりしたのかな?