お土産という名のプレッシャー戦法
私の目の前には円卓があるのだけれど、そこは今、やたらと大量にあるケーキとお菓子に占領されていた。
うーん……すごい量だね、これは。
十代中盤、スイーツなんていくらでも食べられるであろう私をもってしても、尻込みと若干の胸焼けを覚えるぐらいの迫力。
そんなスイーツマウンテンの横で、私に向かって両手を合わせて目を閉じている人物が一名。
決してありがたや~とされている訳じゃない。
いや、お願いを聞いてほしいという事で、このスイーツマウンテンを生み出して手を合わせて拝んでいるので、ある意味一緒の意味かも……?
うん、なんだかあまり深く考えちゃいけない気がする。
「――お願い、凛音ちゃん! もうあなただけが頼りなのよっ!」
「えぇっと、ユズ姉さん。それって、『Connect』で送ってくれたコラボのこと、だよね?」
「そう!」
そういうことらしい。
昨日、私の『OFA』配信がバズってるなんて話を送ってきたユズ姉さんから送られてきたメッセージの後、エフィールさんとのコラボでとある大会に出てほしい、なんていう突拍子もない提案が届いた。
あまりにもいきなり過ぎて、とりあえず話を聞きたいという返事をしたら、今日のこの状況が生み出されたのだ。
この貢物の山とかはそのお願いにもう後がない事を如実に語り、ユズ姉さんの財布と私の心に後戻りできないのだと言い聞かせるような力技の成れの果てである。
すごいね、お土産ってプレッシャーのデバフっていう追加効果を発揮するんだね。
もっとも、私の胃はオリハルコン製なのでプレッシャーなんて微塵も感じていないけど。
うーん、せめてお母さんがいる時に買ってきてほしかったなぁ、これ。
私だけじゃ絶対食べ切れないし、お母さんは究極の甘党だから。
スイーツは別腹どころか別次元だから。
あ、もしかしてお母さん相手ならこの手が通用するから、その娘である私にもその方法が通用するんじゃないか、って考えたのかな?
「んーと、こらぼこらぼ……あったあった。『OFA VtuberCUP』。うわあ、知ってる名前の箱の人ばっかりだね」
「……そうなのよ」
「あー、これじゃジェムプロとしても断れないよね……。ていうかもうモノロジーで流れてるし、ジェムプロ参戦とかトレンドになってるんだ。最後の一人のサジェストも色んな人の名前出てくるし」
「…………そうなのよ」
「で、そんな注目度の高い大会に、無名かつ炎上リスクの高い私を出そうとしてるの? ユズ姉さん、甘いの食べる? 疲れてる?」
「………………たべる」
あ、幼児退行したみたいな言い方。ちょっとかわいい。
抹茶味のシュークリームを手に取って涙目になりながら食べる、普段はデキる女系のユズ姉さんのこんな姿ってちょっとレアかも。写真取ってお母さんに送っとこ。即送った。
ユズ姉さん、撮られた事にも気付いてないみたい。
追い込まれてるなぁ……。
「んー、別に出てもいいよ?」
「…………ふぇ?」
「幼女なユズ姉さん可愛い。じゃなくて、出てもいいってば」
「……ホント?」
「うん。でも私、『OFA』の練習まだ触りぐらいで、ちゃんと覚えてないんだけど……うん、今夜一晩である程度はどうにかできると思うし……」
まだマップを一通り散歩してみて、そこに登れるかを試したり移動方法試したり、視野を確保したりっていうのを一通りやってみただけだから、正直言って我ながら熟知できてないだろうな、と思う。
あのスキルを使うならちゃんと叩き込まなきゃだしね。
そんな状況だけれども、やっぱりユズ姉さんは私の背中を押してくれた人だしね。
私にできる形で恩返しというか、困っている時に助ける事ができるなら、それぐらいはしてあげたいっていうか、ね。
私がVtuberをやってるのもユズ姉さんがいてくれて、背中を押してくれて、色々忙しいのに相談乗ってくれたおかげだからね。
なんて思ってたら、ユズ姉さんにがしっと手を掴まれた。
「あ、あぁぁぁあ……、ありがとおおぉぉおッ!」
「ちょっ、ユズ姉さん、落ち着いて? シュークリームの粉、私の手にすっごいついたよ? 感情もうダムが決壊したみたいになってるよ?」
涙ぼろぼろだし、どんだけ追い詰められてたんだろうか、我が叔母上殿。
というかユズ姉さんがこんなになるなんて、そんなに問題なのかな?
ひとまず手と顔と諸々を洗ったり整えたり、飲み物も用意するというインターバルを経て仕切り直し。
紅茶を飲んでいつもの澄まし顔に戻ったユズ姉さんの頬がほんのり赤い。
多分恥ずかしかったんだね。
決壊しちゃったもんね、しょうがないよ。
そんな状態のユズ姉さんをからかう訳にもいかず、大人しくヒアリング。
ユズ姉さんからジェムプロにおける『OFA』の話を聞かされてから最初に抱いた感想は、なんというかご愁傷さまという一言に尽きた。
「……確かに、そうなっちゃうとジェムプロの子を引っ張り出すのって難しいね」
エフィールさん、リオンさん、スノウさんっていういつも組んでいる三人以外の人が組んで戦うとなると、そのゲスト枠として参加している一人に良くも悪くも評価が偏ってしまうんだろう。
良い戦績を収められたら、三人のナイスフォロー。
悪い戦績になってしまったら、ゲスト枠がもうちょっと上手かったら、という具合に。
「視聴者も悪気はないと思うんだけど、どうしてもそういう評価に流れてしまうのよ。だから三人もわざとやらかして、今回負け越したのは自分のせいだ、みたいに言ったりするし、フォローしようとしてるんだけどね。それを視聴者も気が付かないフリをしてくれればいいのに、『わざとそういう事するの優しい』とか言い出して、フォローされた子は余計に惨めな気分にさせられるらしいのよね……」
「うわぁ……」
自分は気が付いてるよっていうアピールでもしたいのか、それとも本気でフォローしてるつもりなのか知らないけれど……うん、それは悪手だろうね。
気遣いのネタバレされるとか、した方もされた方も辛そう。
泣ける。
「……私、ホント箱とか入らなくて良かったかも」
「そ、そんなこと言わないで……。箱に入ったからこそ支え合ったり友達みたいに付き合っていけたり、良いこともいっぱいあるのよ? ホントよ?」
「あはは……うん、一長一短ってとこだろうなとは思うけどね」
決して箱に入っている人をどうのって思ってる訳じゃなくて、私の場合は一人の方が気楽だなって、そう思っただけの話だよ、うん。
決して今回のユズ姉さんの苦労を見て、ドン引きした訳じゃないよ。
「それで、ユズ姉さんとしては私にどれぐらいの実力というか、成果を期待してるの?」
「へ?」
「うん?」
ん? あれ?
私、なんか変なこと言った?
「ユズ姉さんとしては私にどういう役割を求めてるの? 足を引っ張ってヘイトを買ってほしい? それとも、勝利に貢献するぐらいの実力を見せてほしい? っていう意味で質問したんだけど」
質問内容を改めて噛み砕いて言ってみると、ユズ姉さんはぽかんとした表情を浮かべてこちらを見つめた。
今日はなんだかユズ姉さんの素の表情が盛り沢山だなぁ、なんて思いつつ、私は苺のショートケーキの苺をぱくりと頬張った。