チーム戦の恐怖
Vtuberの箱として最大手はどこか。
そんな質問をされれば名前が挙がる程度には有名になった我がジェムプロは、今では多くのVtuberを抱えていて、それぞれの方向性に合わせて活躍の幅を広げていると言える。
そんなジェムプロの箱の中でもトップ勢と言えるような配信者による、人気のある配信ネタを何か挙げろと言われるのであれば、チームサバイバルFPSとして世界的人気のゲーム、『OFA』の配信、と答える事になる。
人気のこのゲームは、戦略、チームワーク、武器選択、実力という全てが大事であり、誰か一人のスーパープレイヤーがいるだけではそうそう勝てないゲームでもある。
そのため配信でもスーパープレイをして勝利しようものならコメントは大盛りあがり、切り抜きも伸びる。
しかしこのゲーム、四人一組のチームプレイで戦って行くゲームだったりする。
この四人一組というのが、実はウチの箱では少々問題になっていたり。
まず、我がジェムプロの『OFA』プレイヤーとして名が挙がるのは、以下のメンバーである。
一人はジェムプロの顔、エルフキャラのエフィール・ルオネット。
彼女はセミプロ大会と呼ばれるような有志によって行われる大会にも呼ばれる程の実力者であり、その実力はジェムプロのチーム内でも群を抜いている。
次が二期生、ライオンの獣人キャラ、獅子歌 リオン。
エフィと同様にFPSゲームをかなりやり込んでいて、サバサバとしたキャラクターとは裏腹になかなか負けず嫌いで、ソロ配信をしては台パン――苛立って机を叩く行為――とワンセット。
実力的には上の下から中の上というところだけれど、やり込んでいるからこその強さというものを持っている。
もう一人が四期生、雪女の雪瑪 スノウ。
少しダウナー系というか、マイペースというか、ライバーにしては口数があまり多くないものの、長時間耐久ゲーム配信をしたり、リオンとは正反対にどれだけ死んでもマイペースで黙々とゲームをしていられるようなメンタル強少女。
実力的にはリオンと同程度だけれど、ムラがあるせいかたまにあっさり死んでしまったり、という事もある。
この三人がジェムプロのFPSつよつよ勢なんて呼ばれているのだけれど、どうしても最後の一人が見つからない。
たまに初心者の子を引っ張った事もあったのだけれど、足を引っ張る形となってしまうせいか、本人的にもあまり継続的に参加しにくくなってしまったり、視聴者の心ないコメントに心が折れてしまって、それ以来頑張ろうとはなれなかったり。
箱に所属している子たちを守らなくてはならない私――滝 楪――の立場からすれば、文句を言うなら黙って去れ、と言いたい。
ホント、凛音ちゃんの「見たいヤツだけ見ていればいい、文句があるなら黙って去ね」というアレは私にとっても同意。
ありがたい意見というものがあるのは否定しないけれど、ありがた迷惑でしかない類の辛口批評家ぶったように送られてくる文句は実に腹立たしい。
一時の気紛れで、大事なタレントのモチベーションを下げられるなんて、ハッキリ言っていい迷惑でしかないのだ。
ともあれ、そんな経緯もあってジェムプロチームは常にメインメンバー3人とゲストメンバーという形でしか『OFA』に参加できていなかったりする。
なので、人気はあるけど定番にはしきれないというか、なかなか難しいところではあったし、しょうがないかと半ば諦めていた部分でもある。
しかしこれがまさか、一つの問題というか、解決しなければならない課題になるとは……。
原因は、今私が目の前にあるパソコンに表示しているPDFファイルである。
「……参ったわねぇ……」
「先輩、それ……」
「えぇ、社長が受けてきちゃった例の企画よ」
「……あぁ、あれ、ですか……」
それは今日の朝、社長が受けてしまったという別箱からの一つの提案企画、『OFA VtuberCUP』への参加者への案内である。
Vの業界では、箱同士の関係性はどちらかというと平穏と言うか、絵に描いたようなライバル関係というものには発展しない。
理由として、多様性の時代であることが一つ。
それぞれの箱がそれぞれの特色を伸ばしている時代であり、そもそも同一の方向性に進む訳ではないから、という点。
もう一つが、テレビ業界の女優やアイドルのように、限られたテレビの放送枠の中で、限られた席を奪い合うような関係ではないから、というのもある。
要するに、ぶつかり合う必要がないからとも言える。
かつては姉さんの近くで芸能界の闇を見てきたけれど、限られた席を奪い取るための熾烈な争いというものは凄まじかった。
もっとも、姉さんの場合は本人がのほほんとし過ぎていて、そういう悪意に一切気付かない、堪えないタイプであったからこそ、周りも姉さんに対して嫌がらせをするような事もなかったけれど。
ともかく、そんな訳でV業界では別の箱同士での企画や大会というものに参加する、という事も少なくはない。
……少なくはない、んだけど……。
「よりにもよって『OFA』……。荒れる、荒れるわ……」
大会ともなれば練習とかも必要になるし、その為のスケジュール調整だったりも必要になる。それは仕方ない。
選手として大会に参加する、それもジェムプロの看板を背負って参加するとなれば、ウチの子だってジェムプロの代表として本気で練習するだろうし、いい戦績を収めて笑顔で終わりたい、という気持ちだってあるのは分かる。
むしろそういう気持ちを持って挑んでくれるのは、箱の運営側としては嬉しくもなる。
箱を大事にして、誇りに思ってくれているんだな、って。
でも、『OFA』は良くも悪くもチーム戦。
それが問題なのよね……。
いつもの三人はいい。
あの三人は誰かが何かミスを起こしたとしても支え合えるし視聴者も納得できる。
でもそこに新しく入った一人が事故を起こしてしまったら、三人の視聴者が許すとは限らない。
実際に『OFA』配信のせいで少しメンタルがやられた子もいたぐらいだから、ウチの子たちはみんなお断りするだろう。
事実、私が『Connect』に書いた全体向けサーバーでの『OFA VtuberCUP』の枠、一枠への参加募集に対するコメントは、いつもなら喰い付いてくる子たちの誰もが一切喰い付かない。
チャットへのリアクションすら、あの三人以外は静まり返っている……!
ですよねーーっ!
「ウチの箱からあと一人を出すっていうのはやっぱり無理ね。その後の配信でお互いに気を遣い合うような関係になったら、関係性を修復するまで時間がかかり過ぎるわ」
「え? あ、外部の子を誘うのもアリなんですね」
「えぇ、そうよ。箱の人数が少ないところもあるもの。でも、1チームあたり一人までみたいだけどね」
「それはそうですよね。箱の看板背負ってるのに外部が半分いたら外部チームみたいに見えちゃうかもですし。あ、だったらウチも最後の一人も外部に頼めるんですし、なんとか解決ですね」
「それがそう簡単にいかないのよ」
外部の子を誘うなら、最低でもリオンとスノウと同程度以上の実力でなくては叩かれかねない。
かと言って、名が知れていて実力のある『OFA』配信者を誘うと、今度はキャリーさせる――要するにその外部の子の力だけで勝ちを拾う――みたいに見られてしまうので却下。
名が知れていなくて、それでいて強すぎず、何かがあった時にジェムプロファンの子たちに嫌われてもへこたれないような人材なんて、そんな都合の良い存在がいてくれるなら一番いいんだけど……。
だから、最後の一人になれるタイプは非常に限られる。
ただでさえ狭い門が、もっと狭く……。
そんな事を後輩に説明してあげると、後輩は何かを思い出したかのようにスマホを手に取っていじり始めた。
「先輩先輩」
「はあ……。なに?」
「つまりその大会って、強すぎなくて、名もあまり知られていなくて、ジェムプロ視聴者に見られていても緊張しそうにない上に、何かあって叩かれてしまっても一切動じないようなつよつよメンタルな子がいいってこと、ですよね?」
「……そんな都合のいい子、いると思う?」
半ば呆れ気味に私が後輩に顔を向けると、後輩は私に向かってスマホを突き出していた。
画面に表示されているのは、私の姪っ子である凛音ちゃんのV、ヴェルチェラ・メリシスの絵。
目が赤く光っているように加工され、やたらと大きくて力強い文字で「魔王AIM」と書かれた動画のサムネイルだった。
「……え、何これ?」
「姪っ子ちゃんの切り抜きバズり動画ですよ」
「……は?」
え、なにそれ知らない。
「昨日の夜、姪っ子ちゃん、初FPSで初『OFA』配信やってたんですけど、それがメチャクチャバズってるんです。まあ、あれを見たら普通に驚きはしますけどね」
「え、あの子がFPSなんてやってたの? あの子、小さい頃からゲームなんて全然やってなかったけど……」
凛音ちゃんは小さい頃から一人でのめり込めるものにハマる傾向にあった。
けれど、だいたいそれがピアノだったり絵を描いたりプログラムだったりと、ゲームにハマるという道以外のところばかりで、しかも多才なあの子はどれも凄まじい勢いで上達していった。
そんなあの子だからゲームにハマれば凄い事になりそうではあるけれど、さすがに初めてでバズるなんてそうそうないんじゃ?
そう思いながら、後輩の手の中で再生されている切り抜きを見ていると……。
「……は?」
え、なにこれ、チート?
いや、あの子がそんなものを使って認められたがるとは到底思えないけど。
「先輩、姪っ子ちゃんってエフィがコラボしたいって言ってましたよね?」
「……言ってるわね」
「で、これなら神エイムではありますけど、まだまだ初心者ですよね?」
「…………そうね」
「姪っ子ちゃん、強すぎなくて、名もあまり知られていなくて、ジェムプロ視聴者に見られていても緊張しそうにない上に、何かあって叩かれてしまっても一切動じないようなつよつよメンタルな子、じゃないです?」
…………私は何も言わず、凛音ちゃんにメッセージを送った。
ごめんね、凛音ちゃん……!
ウチの厄介ファンに文句言わせないように、エフィ達からも釘を差させるから、ユズ姉ちゃんを助けて……!