認識違い
「――あー、東條かー。リンネもメンドーなヤツに目ぇつけられたっぽいね」
ユイカと合流して駅前で買い物中。
教室での一幕を伝えると、ユイカが苦い表情を浮かべながらも同情するような表情を浮かべた。
東條……うん、名前知らないや。
「アイツさー、一通りの女子に声かけてっから下心見え見え過ぎてキッツいよね。ユイカも声かけられてなかったっけ?」
「だねー。まあ無視してたらいつの間にか標的変わってたけどー。トモだって声かけられてメッチャ嫌そうな顔してたよね?」
「嫌に決まってんじゃん。なんかこう、アイツって他人のこと見下してる感じしない?」
「あー、メッチャわかるわー。二人称が『お前』って時点でホント無理。あれナチュラルに相手を見下してる言い方だからね。無自覚に言ってる時点で余計に分かりやすいよね、そういう人間なんだって」
「それなー」
トモとユイカの会話はなんていうか、勉強になるよね。
私の記憶が蘇るまではどっちかっていうとぼっちだったし、そういうのあんまり気にしてなかったから気をつけなきゃ。
前世の記憶があるとは言っても、さすがにこの世界の常識みたいなところまで補完できる訳でもないしね。
「『お前』呼びってそんなに嫌がられるものなの?」
「んー、基本的に無理かなー。たまーに恋人にはそーゆー呼び方されたいって子いるけどさー。恋人でも『お前』なんて言われたら冷めるタイプだわ、ウチは。ユイカは?」
「ムリムリ。そんなん当たり前に受け入れられるなんて二次元とかドラマぐらいじゃん? 普通に「は? 何こいつ、クッソ失礼」としか思わないもん」
そうなんだ……。
でも確かに私も親しくもない相手にそういう言われ方されたら嫌かな。
まあ、ネット上はだいたい失礼だけどね。
私はほら、魔王らしい感じで『貴様』にしてるけど、そういうキャラだからね。
話を聞く限り、あの猿……うん、猿は家がお金持ちの名家というものらしく、割とやりたい放題しようと思えばできてしまう家庭であるらしい。
そこに加えて自分の顔がそれなりにいいという事もあって、鼻が伸び切っているような状態である、とか。
「ほら、ウチの学校って実は上流階級向けな部分あるじゃん? 芸能関係か上流階級か、みたいな生徒ばっかだしさ」
「え、トモとユイカもそういうお家柄なの?」
「ちがうちがう。ウチらはどっちかっていうと芸能かな? いわゆる訓練生ってヤツだから」
「アイドルの卵って言えば分かりやすいんじゃない?」
おおう、知らなかった。
確かに二人とも可愛い子だとは思ってたけど、うん、確かにそういうのにもなれそう。
ただの元気娘のユイカ、ギャルのトモ、みたいに安直に思っててごめんよ。
ほら、魔王、そういうの知らないから。
魔王をもってしても無理だから。
「ていうか、リンネこそどうなん? 前までは上流階級っぽいお家柄なのかと思ってたけど、その顔とスタイルだったら普通に芸能とかもやってそうだけど」
「んー、ウチはお母さんがそういう仕事してるだけで、私は違うよ」
「あー、そっちね。親が芸能人だから公立校とか普通の学校に行きにくいって生徒も多いしね、ウチ」
「そそ。親のどっちかが誰もが知ってるアイドル、なんて子もいるしね」
知らなかったけどね。
私なんてお母さんから「家からも近いしここオススメよ~」って言われて通うようになった学校だから。交換留学生とか留学生とかも多いから、って言われてただけだし。
でも、なるほどなぁ。
そういう学校ならああいうひん曲がったクソガ……げふん、おかしなのもいるかもなぁ。
あと、私が私だから、というのもあるかもしれない。
元々ぼっちで髪とかも隠し、顔を見られないようにひっそりと過ごし、目立たないようにと制服をしっかりと着ている陰キャ感丸出しな私が、こうして見た目を隠さなくなってみせた。
つまり、まだまだ人付き合いとかに不慣れな私なら御しやすいとでも思ったんじゃないかな。
うん、普通に考えたら陰キャの高校デビューみたいな状態だしね。
年明けデビュー? かな?
どっちにしても、そんな私だから扱いやすいと考えたというのもあるとは思う。
まさか前世魔王が記憶と力を取り戻した、なんて思うまい。
私だってそんな話されたら「え? そういう設定?」って思う。
まあ、私はどうでもいいとして、だけど。
問題は、あの手のタイプは面倒臭いということ。
特に私はつい先程誘いを拒絶し、そしてトモが私を庇う形で釘を差してしまったということ。
それをぐにゃぐにゃと折り曲げて捻って回転させて歪曲させて受け止めたらしいあの男は、「恥をかかされた」みたいな顔をしていた。
ああいうのいたなぁ……。
貴族家のボンボンとか、そういう選民思想にどっぷりと浸かってしまっているタイプは特にそういう方向に歪みやすいんだよね。
普通の家庭なら子供の頃に「諦めなきゃいけない」とか「希望通りにいかない」という状況にぶつかったりするものだけれど、そういうものを味わった事がないものだから、免疫がないのだ。
そこに知恵と権力っていうものがなまじっか存在してしまうせいで、簡単に悪い事をしてしまう。
そういう頭のおかしい……げふん、頭の悪い……うん、頭の悪い連中がどんな手を使うのか、ある程度推察できちゃうんだよなぁ……。
「しばらくを気ぃ付けた方がいいかもねー」
「それなー。ウチとユイカは家近いから一人にならないし、たまに迎えとかも来てくれてるけど、リンネは?」
「うん? 私は歩いて通える距離だから普通に歩いてるよ?」
「え、ヤバ。今日から二人で送ろうか?」
「大丈夫だよ」
正直、魔力が覚醒している私に人間が傷をつけたりなんてできないしね。
たとえば車で突っ込んできたとしても、刃物を突き立てられても、銃を撃たれたとしても、全て私の皮膚に届く前に止まり、弾かれる。車とかなら私は無傷で車がぐしゃぐしゃ、刃物なら折れる、銃弾ならどっかに弾かれる。
要するに、この世界の人間が私を傷つけようとしても何も私には届かない。
それに私だってそういう事態になったらやられっぱなしでいるつもりもないしね。
「むしろトモの方が心配だよ。いくらユイカと一緒でも、男が複数とか相手だと厳しいんじゃない?」
「え?」
「え?」
「男が複数ってどゆこと?」
あー、うん。
トモは私が想定しているようなもの――要するに、暴漢を雇ってどうのこうの、なんて事は想像していないみたいだね。
猿が一匹でしつこく声をかけてきたり文句を言ってきたりとか、そういうアレだったのね。
「ごめんごめん、なんでもないよ」
「複数とか言うから東條分身とかすんのかと思ったわー」
「え、キモ。あれが増殖するとかないわー」
……増殖……。
それは私も勘弁してほしい。
そんなの見たらきっと勢い余って焼き払ってしまいそうだもの。
でもまあ、確かにこのご時世で暴漢を雇って誘拐、なんて真似をするとは考えないのが一般的と言えば一般的かな。
一昔前の日本ならまだしも、今じゃみんながスマホという名のカメラも持っていて、情報をあっさりと発信できてしまうような時代だからね。
ただ……、私はどうもそういう穏便な方向で終わるようにも思えないっていうのが本音だったりする。
帰り道に公園とかあったっけなぁ、なんて思いつつ、私は二人との買い物を終えて帰路に着いた。