学校のあれこれ
アンチに関する議論、みたいな配信を終えて数日。
学校は期末テストを間近に控えており、心なしか休み時間の活気というものがいつもより控えめなものになってきていた。
私もまたそういう勉強はしっかりと行う方だったのだけれど……なんていうか、前世の記憶が蘇ってから妙に頭が良くなったというか、一度見たものをしっかりと憶えるようになってしまったらしい。
魔王時代はそれが当たり前のものだったし、今の私にとってはそれが異常だと知るからこそ違和感を覚えたというものなのだけれど。
そのおかげで、今年に入ってからというものの、勉強が非常に楽になっている。
魔王バンザイ。
いや、魔王というよりもおそらく魔力のせい。
魔力が活性化して、自身の集中力や記憶というものを強化するという方法を無意識下に行っている。身体強化も然り。
だって、運動していなかった私が軽いジャンプでダンクできちゃうんだもの。
さすがに他の生徒たちの前ではやってないけど。
魔力を得てしまった以上、そういうのを利用して努力している人達の上を行くというのは、ね。
私もしたくないし、それはするべきじゃないと思っているので、下手に担ぎ上げられないよう、表には出さないようにしてる。
さすがにさ、うん。
その辺りはやっぱり表に出さないように弁えるよね、普通。
私だって何かに打ち込んでいるのにそういうので何の苦労もなく上にいかれたら、やっぱり面白くないと思うし。
私がもしラノベよろしく中世風異世界転生チート持ち、なんてなったら人里にはいかないかもしれない。
……よくよく考えたら今がまさに異世界転生チート持ちだけど。
うん、まぁそれはいいとして。
ユイカとトモという二人と話すようになってから、クラスの生徒からも何かある度に話を振られるようになった。
前までは居てもいなくても空気のように存在を無視されていたというのに。
ずいぶんとまあ扱いが変わったなぁ、なんて思う。
女子はこの辺り、結構シビアだからね。
なんていうか、興味がなければ「どうでもいい」んだよね。
好き嫌いじゃなくて、単純に自分には関係ないものと割り切るから。
結果として私の変化に興味を持ったのだと思う。
そんな訳で、私の学校生活は割と充実している。
――なんて、言ってみたものの……何も順風満帆と言える程ではない。
実のところ、見た目を変えて他の人と話すようになって、問題が浮上したりもしていた。
「――滝さん、今日はどう? 遊ばない?」
「用事あるので」
「えぇーっ、また? なんだかすっごい忙しそうだね?」
「そうですね」
「滝さんさ、あんまり付き合い悪いと嫌われるよ?」
「その程度で嫌う相手と付き合う方が苦痛なので、是非嫌ってください」
問題その一、この男子である。名前は知らぬ。
同じクラスの男子なのだけれど、イメチェンして二日程経ってから何かと話しかけて放課後に遊びに行きたがろうとする、煩わしい系男子である。
見た目はそれなりにイケメンっぽい感じにしているのだけれど、視線が下心ありきだとすぐに分かる程度に分かりやすい。
ユイカとトモ曰く、この男子、これで人気らしい。
見た目が爽やかで、一緒にいて楽しい。家はなんだか裕福みたいでお金があって奢ってくれる、と評判なのだとか。
他の生徒の評価が中身に言及しない辺り、なんとも学生らしい評価基準だね。
ちなみにトモとユイカからは「チャラそう、馴れ馴れしい、調子乗ってる、たまに目潰ししたくなる」という激辛コメントをいただいているこの男子がやたらと私を誘うようになったせいで、クラスでこの男子を狙っているらしい女子数名から何やら睨まれるようになった。
解せぬ。
欲しいならくれてやるというか、願い下げだからさっさと連れて行ってほしい。
はよ持って行っておくれ。
しっしと手を払いたくなる。
そんな事を考えてため息を吐いていたら、某男子がそっと肩に馴れ馴れしく手を置こうとしてきたので、裏手で払って顔を見ると驚いたような顔をされた。
手加減はしたんだけど、身体能力を魔力で強化しているから結構な勢いで弾いたような格好になっちゃったよ。
というか驚いたのはこっちだよ。
なんでこの塩対応にボディタッチしようとした?
割と大きな音が鳴ったせいで周りの目が集まったせいか、男子も完全に顔を強張らせていた。
「え、あ、ご、ごめんごめん、馴れ馴れしかったかな?」
「えぇ、非常に。親しくもない相手に触れられたくないので」
「……あ、はは……、ごめんよ」
何を勘違いしているのか、この猿は。
ごめんよ、って。
謝罪に対する誠意が足りぬぞ、小童。ひれ伏せ、下郎。
次やったら事故に見せかけてその腕折るぞ。
誤魔化そうと強張った笑みを浮かべる男子と、不機嫌さを隠そうともせず冷たく目を向ける私の間に流れる険悪な空気に、周りの注目も分散せずに集まり続けている。
実のところ、この猿もとい男子は、何かとつけて色々な女子に声をかけている、簡単に言えば軟派な男なのだ。
さすがに学校生活でそれはマズいって事ぐらい理解しているのか、随分とまあ小賢しく周囲の目が向けられにくいタイミングを狙って声をかけてくる。
なのでこうして注目を浴びるのは不本意なのだろう。
さっさと立ち去りたいというのが本音らしく、明らかに焦っている。
前世の記憶が戻ったおかげか、こういう状況を内心で愉しんでいる私はどう切り抜けるのかお手並み拝見という気分でニヤニヤしてしまいそうになるんだけど、ポーカーフェイスをキリッと維持している。
キリッと、というより視線をヒヤッとさせてる。
おーおー、焦ってる焦ってる。
逃げてもいいのに、逃げるのは格好悪いと理解しているらしい。
粉をかけた女子からも私が嫌がっている姿は見られているし、さて、どうする?
下手な言い訳をしようにも、この場では誤魔化せまい。
「リンネ、どしたん? はよいこー」
あら、これは予想外というか。
睨み合っている構図から私を助けようとしてくれたのか、トモが横から声をかけてきて、くいっと腕を引っ張ってきた。
「ごめんね、トモ。そこの男子、しつこくて」
「まー、リンネは今注目株だかんねー。でも別に行く気ないんっしょ?」
「うん」
「ははっ、即答。っつーことで、ウチら行くから。アンタさ、リンネに前から嫌がられてんだから、いー加減察したら? いこ、リンネ」
「……ッ」
軽い調子で告げるトモに腕を引かれてさっさとその場を立ち去ろうとしている中、あっさりと釘を差される形となった男子が一瞬苛立ちを隠せずに顔を歪めている事に気が付いた。
あー、なんか見たことあるタイプだ、前世で。
あの手のタイプは私も前世で何度も見てきた。
はあ……。
なんとなく面倒事になりそうな気がして、ため息を吐き出しつつトモと一緒に教室を後にした。