おいでよ、魔法の世界へ Ⅴ
魔力を感じさせて、その感覚を身につけてもらう。
その訓練をしばらく続けた後で、気分転換に海に飛び込んだ。
「うわーーっ! めっちゃ透き通ってる!」
「透き通ってる! うぇへっ、しょっぱ!? やっぱ海じゃん!」
「いや、それはそうでしょ……」
テンション上がりきったトモとユイカが海に飛び込んで楽しげに声をあげたところに、このみんが冷静にツッコミを入れた。
まあ、首都に住んでいるだけあって、透明度の高い海って珍しいからね。
プールっぽく思えるし分からなくも……うん。やっぱり分からないかな。
だって海だし。透明度が高いからって真水になるはずもないよ。
そんな事を考えつつ波打ち際を通り越えてざぶざぶと水を蹴り上げながら、しっかり胸元程度の深さまである位置に移動していったトモとユイカのところへ。
このみんには……うん、胸の上ぐらいの深さになっちゃったね。
何か問題でも、とでも言いたげにこっち見なくていいよ、気にしないで。
「そういえば、みんな泳げるの?」
「わたしは25メートルぐらいならなんとかって感じかしら。二人は?」
「ウチらは体力つけるために長距離泳ぎ続けたりしてるから、結構泳げるよ。止まらずにターンして百メートル数本とかやるしね」
「うんうん、だから大丈夫だよ。リンネは?」
「私? 別に特に自分で泳いだりしなくても……――ほら、こんな感じで」
そう言いながら魔力を使って水流を操り、水上へ。
下から押し上げられる形で水上に身体を出して海水を魔力で押し固め、水の椅子を作り出してその場に座ってみせる。
そんな姿を見せれば、3人は目を丸くしてこちらを見上げていた。
「おぉ……、そんな事もできるんだ……」
「うん。その気になれば水上を歩く事もできるし」
そんな事を言いつつ、今度はそのままその場で立ち上がり、ぴちゃぴちゃ音を鳴らして水の上を歩く。
「すげー! ウチもやりたい!」
「アタシも! どうやんの!?」
トモとユイカだけではなく、どうやらこのみんもやってみたいらしく目をキラキラさせている。可愛い。
「んーと、さっきみんなに魔力を感じ取ってもらったでしょ? あれを外に放出して、水に干渉するの」
「どうやって?」
「自分の中の魔力を動かして、それをそのまま外に押し出していくイメージかな。私はそれを、足が水に触れた瞬間に行ってるだけ。って言っても、さすがに最初からそこまでの早さで魔力を操れないと思うから、まずは体外に干渉できるようになるところからだね。目に見えている方が確認しやすいと思うから、まずはこの海水を利用して、外に出す練習をしてみようか」
足元の魔力を解いて、どぼんと水の中へ。
そうして改めて、手を翳して海面から海水でできた球体を浮かび上がらせて、それをみんなの前で滞空させる。
「おー、すげー。よっしゃ。やってみよ」
「トモ、このみん。誰が最初にできるようになるか、競争ね」
「……魔力を……外に……」
「このみんがもう始めてる!? うおーっ、負けるかーっ!」
ぐぬぬぬ、と妙に力んだ様子でユイカも力を込め始めた。
「ユイカ、魔力を込めるのに物理的に力んでもしょうがないよ。それと、私みたいに離れたところの魔力操作はいきなりは難しいと思うから、まずはこう、両手で掬うようにお椀を作って、その中に球体を作るように意識するといいかな」
両手を合わせて見せてみれば、3人も同じように手を合わせてやり始めた。
魔力を感じさせ、体内で操るというところまではしっかりとできるようになっているけれど、私みたいに離れた場所にそれを発生させるとなると、難易度は桁違いに跳ね上がる。
まずそもそも、自分の魔力をその場所まで通さなくちゃいけないっていうのが前提だからね。
その点、両手で掬うように手のひらの上に魔力を集中させるのであれば、魔力の扱いに慣れていなくても、干渉距離も狭く対応しやすい。
まあ、結構集中しないとできないとは思うけどね。
コツを掴めば早いんだけど、最初はなかなか難しい。
……しかしまあ、私は暇なんだよなぁ。
なんかこう、こういう海だからこそできる遊び的なものを開発しながら、3人の様子を見ていようかな。
海の遊び……ビーチバレー?
いや、さすがにそういうのは……うん、レイネ、しっかり用意してくれてるね。
なんかバナナボートとかシャチっぽいのまであるじゃん。
いつ用意したのさ。
私の視線に気がついたのか、砂浜の上でレイネがすっと僅かに会釈して『メイドですので』と念話が届いた。ハイ。
その他に海での遊び……あ、サーフィンとかボディボード?
でもそういう系の趣味はなさそうだよね。
海の話が出た時も、そういうのやってるって話は聞かなかったし。
んー、他には……あ、ジェットスキーというか、水上バイク的に移動するアレとか?
魔法で上手くやればできるかも。
前世じゃ空飛んでたし、海の上って海から魔物が大きな口を開けて突っ込んできたりもするから、やろうとは思わなかったけど、この世界ならできるかな。
という訳で、ちょっと3人から離れた位置で水上で直立。
んー、水を固定して水流を操作して押し出す?
まあやってみればいいかな。
海面につけた私の足と、足の下で押し固めた水だけを水流を操作してそのままぐっと押し出していけば……。
「お、おっ? いい感じだ。この調子でスピードをあげ――うわ、っとっと……へぶっ!?」
放り出される形で顔から海にダイブした。
波で高低差が生じたせいで足が離れてしまって、慌てて体勢を立て直そうとして、そのまま次の波によって足をつけるタイミングがズレてしまった。
「ぷは……っ。んー、難しいかな、これ」
これをするなら板でも浮かべて、その反対側で面に対して浮力を与え続けていればいいんだけどさ。
いや、確かに安定性を求めたり、水上を移動したりするのに使うだけならそれでいいかもしれないけど、なんかこう、サーフィンと同じようなものでしかないんじゃ面白みに欠けるような。
あくまで娯楽目的だからね。
そもそも安定性とか移動性能を求めるって考えるんだったら、最初から空を飛んだ方が早いんだし、転移した方がもっと早い。
「……何してんの、リンネ」
「む? おー、このみん、できたんだね」
「えぇ、やっと少しずつ慣れてきたかも――ぁ」
手のひらの上、10センチ程度の高さで浮いていた少し歪な球体が、このみんが気を抜いたと同時に形を崩し、ばちゃんと音を立てて落ちていった。
思わず二人して言葉を失ってその様を見ていたけれど、何やら線香花火の火が落ちた瞬間にも似た物悲しさがある。
「……くぅ~~、少し話しただけで壊れるなんて……」
「でも、そこまでいけたなら次は早いと思うよ。このみん、割と魔法の才能あるかも」
「ホント!?」
「うん。その調子なら、この夏には以前このみんの目の前でチンピラを沈めた時の私ぐらいの身体強化は使えるようになるね」
「え゛っ。わたし、あんな事できるようになっちゃうの?」
「うん」
「……じ、自衛のためには、いいこと、よね……? うん……そう、そうよ、うん」
なんかすっごい自分に言い聞かせてる。
まあ、社長令嬢って立場なんだし、自衛の手段ぐらいは持っていていいと思うよ。
加減ぐらいならできるようにもなるだろうし、キレやすい若者的な要素も特にないしね。
そんな事を考えてしばらく見守っていたのだけれど、3人とも疲れてきたのか、段々と集中力も途切れてきたらしい。魔力がぴくりとも動かなくなってきてる。
「うん、今日はここまでかな。疲れて集中できてないっぽいし。この練習は家のお風呂とかでもできるだろうし、今無理に完璧にできるようにならなくても大丈夫だよ。少しずつ教えていくから」
「だっはー……、つかれたー……」
「ほんそれ。なんか集中し過ぎて疲れた……」
トモとユイカは近くの海水を集めつつあったし、あの調子ならもうちょっと時間をかければできるようになると思う。今夜ぐっすり寝て魔力がもっと馴染めば、明日にはもっと綺麗な球体を象ったものが作れるようになると思う。
「ねえ、リンネ」
「ん?」
「リンネなら、今の球体を幾つぐらい作れるの?」
「んー、別に大量に作った事がある訳じゃないけど、この見える範囲全ての海水を操るぐらいならできるよ。――こんな感じで」
パチン、と指を鳴らして手のひら大の海水の球体を海の上に大量に浮かび上がらせてみせる。
「うわっ、大量にあるとなんか気持ちわるっ!?」
「分かる」
「確かに」
酷い評価だよね。
なんとなく私が気持ち悪いって言われた気分になってカチンと来たので、それらを空中に浮かべて、今度は全てをくっつけて薄く広げる。
まるで水中から海面を見上げたかのように、陽光が揺らめく海水の膜。
その光景に目と口を丸くあけた3人を見て、私はにやりと笑った。
「――くらえ」
「えっ」
ふっと魔力を消した途端、重力に従って一斉に落ちてくる水。
バケツをひっくり返したかのように降り注ぐ海水が私達の頭にかかる――というところで、見えない壁にぶつかって周囲に飛び散った。
魔力障壁だけど。
「めっっっっっちゃ怖かったんだけど!?」
「あははははっ! すげーすげー! 今のはビビったわー!」
「……私もトモと同じで、怖かったわ」
反応はトモとこのみんが怖がり、ユイカは多分、一周回って爆笑してるタイプ。
あれだ、ユイカは絶叫系の乗り物とかお化け屋敷とか、そういう系でも爆笑してるタイプなんだろうね。
「冗談だよ。まあ、魔力を操れるようになったらこんな事もできるようになるっていう、お手本だと思っておいて」
「お手本が物騒」
「ホントよ……」
「あははははっ、めっちゃいーじゃん! アタシ魔法極めるわ!」
なんだかんだでトモもこのみんも、そして爆笑しているユイカも魔法というものをあっさりと受け入れてくれたらしい事に、気付かれないように胸をなでおろす。拒絶されたら記憶を消すとか考えていたんだけど、その必要はなさそう。
「――じゃ、魔法はここまでにして遊ぼうか」
短く声をかければ、3人も笑顔で頷いてくれた。
浜辺に置かれた数々の遊び道具に気がついたらしい3人と一緒に、あれやろうこれやろうと目を輝かせて声をかけ合いつつ、一度砂浜まで戻っていく。
そうして遊び倒した後、夕方には転移魔法で3人を送って再び魔王城へ。
私とレイネ、それにロココちゃんの3人で、配信を始めた。
ずばり配信の目的は、そう。
レイネの言っていた、専用スタジオを運営する旨の発表である。