【配信】親と子ども
「唯一無二の魔界の女王、魔王ヴェルチェラ・メリシスである。今宵もよくぞ来た、我が臣下ども」
『ばんわー』
『こんこん』
『待ってた!』
『出た、相変わらず偉そうw』
開幕の挨拶から早速とばかりにコメントを入れてくれる視聴者たちに紛れるちょっとした一言。
これが私の神経を逆撫でしようと小馬鹿に言っているのか、親しみを込めて言っているのかは判らない。ただ、字面で見た時に相手に感情を、意図を届けようとするというのは大事なことだと実感させられるね。
応援のつもりが相手を傷つける一言だった、なんて事もあるかもしれない訳だし、言葉っていうのはなかなかどうして難しい。
「さて、先日はバブルを割りきれんかったのでな。今夜はなるべく質問に回答していくような流れを作っていきたいんじゃが、モノロジーで投稿した通り、ピアノの曲の方をリストアップしておってな。厳選しておらん。なので今日もオートでピックアップした質問に答えていくかの」
『陛下、行き当たりばったりでございます』
『ピアノの曲、マジでやるんか』
『どれぐらい来てんだろ。もう臣下1万超えてるし多そう』
『手元動画は外注ですかぁ?w』
うん、分かりやすい煽りだ。
確かに動画である以上は外注なんかもしようと思えばできてしまう、というのも有り得るかも。
ただまあ、そこで外注したっていずれボロ出るのは間違いないし、そもそも私にとってみれば外注なんてお金もないし、お金をかける意味もないからなぁ。
うん、無視でいっか。
そんなの見てもらえばいいだけだし。
いちいち気にしてても先に進まないし。
「ってことで、早速1つめからいくぞーぃ。『こんばんは、陛下。臣下の一人です。ところで陛下は花のJKとの事ですが、学校に友達はいますか?』。ふむ、そんなこと聞いて何が面白いのか判らんが……。友達と言えるほど親しいかは分からぬが、話す相手ぐらいならおるぞ」
『困惑w』
『まあほら、JKの日常を知りたいというか……w』
『陛下を知りたい臣下の心が折れるw』
『えっ、ぼっちじゃないんだw』
「ふむ、友達とやらの定義が分からん。一緒に遊びに出かけるとかならおらん。というより、妾も別段、外で誰かと遊びたい、とはならんのでな。誘われれば行くやもしれぬが、妾から誘うことはないじゃろうな。動画やら何やら、やりたい事が多いのでな」
『おっと、これは……?』
『んんん、ぼっちw』
『ぼっちっぽいような、そうじゃないような』
『イマジナリーフレンド?』
正直、私はぼっちだったとは思う。
実際、今までに私に話しかけてくる人なんていなかった訳だし。
ただ今は前世を思い出した事もあって、ユイカとトモとは普通に話していたし、そんな二人経由で他の子とも少し話すようになったんだよね。
うーん、哲学。
ぼっちっていうのはちょっと違うかな。
難しいね、中途半端だ。
「ほい、次。『尊敬するVtuberはいますか?』。ふむ、妾の場合、誰かのコアなファンという訳ではないんじゃ。色々見て楽しんでおるぐらいじゃな。なので特定の誰か、というのはあまりないかもしれんのう。次、『Vtuberになろうと思ったきっかけはなんですか』。これは親しい者からの勧めじゃな」
他愛もない、当たり障りのない質問に対してはいちいち言葉を止めずに答えていく。
コメント欄はさっきから普通の反応が8割で、2割程度がアンチっぽい感じかな。
ユズ姉さんが言った通り、やっぱりなんでもかんでも口撃したいポイントを探してでもいるのか、時折煽ってみたりもしているみたいだけれど、残念、私はそういう言葉にいちいちイラッとはしない。
むしろ必死だなぁ、ってちょっと可哀想なモノを見る目をしそうになるぐらいだったりする。
そうやってコメントの流れを追いつつ色々と答えていたところで、その質問がきた。
「次じゃな。『中学2年生です。学校でイジめられていて、学校に行くのが苦痛で、親も心配してくれていたみたいですが何も言えませんでした。最近は親も何も聞いてこなくなりました。部屋の外に出るのも嫌です。どうすればいいですか?』とな。ふむ……」
『これはヘヴィー……』
『気持ちは分かる』
『イジメはホントダメ』
『陛下の場合は「効かぬわぁッ!」ってなりそうw』
いや、確かに効かぬが。
今の私がイジメに遭ったとしたら、まず間違いなく「嫌になるまで、泣いて土下座するまでやり返す」の一択になってしまう。
魔力が蘇ったせいで、運動能力も身体強化がかかっちゃってるしね。
体育とかすっごい力を抜いて頑張ってる、違う意味で。
「まず、返事が遅れてしまった事を謝罪させてもらおう。すまぬ、ようやっと絞り出せたであろうお主の声に気付くのが遅れてしまった」
『絵越しに頭下げたのが分かって泣きそうな俺がいる』
『そこまでせんでも』
『おっと、人気取りですかぁ?w』
『さすがにこの状況でアンチコメは空気読め』
「心配してくれていた、と書いてあったが、もしも今は家族が何も言わずにおるのであれば、親とてお主がどう対処していきたいか、その為に何を対処していけばいいか分かっておらんのじゃ。親は子を産み、育てながら親になっていくもの。不安なのは親も同じということじゃな」
私は前世を含めても誰かの親になった事はない。
けれど、かつての部下たちには親がいて、子がいる事もあった。
育て方を失敗したと嘆く親もいれば、親を憎んだ子もいたし、逆に親を慰める子もいれば、仲が良くて友達同然のような親子の姿もあった。
けれど、彼ら、彼女らは常に言っていた。
――最初から立派な親になれる訳じゃないのだ、と。
子供を守らなくちゃと肩肘張って、教えを与え、時に叱りながら、情けない親の姿を見せないようにと、子供の前を歩き続けて、一緒に、けれど絶対に前にいなくてはならない。それが、親という存在だ、と。
「親として情けない姿を見せるまいと前を歩き続けておるが故に、立ち止まる事ができない親もいよう。手を差し伸べる方法を忘れる親もまた然りじゃ。前を歩いている内に、己が小さな世界の支配者にでもなったかのように振る舞う親もおる。詰まるところ、親であっても結局のところ、一人の人間じゃ。十人十色であり、絶対の存在でもないのじゃ」
――子供にどう接してやるべきか、迷いましてなぁ。
そう苦笑してみせた部下は、結局のところ力ずくで子供と殴り合って分かり合っていた。
――情けない姿を見せたくなくて、つい。
そう苦い表情を浮かべながら目を背けた部下は、子が家を出て行ってしまって嘆いていた。
私には子がいた事はないけれど、でも、知っている。
「何も聞いてこなくなったのは、お主を見放してたからではない。どうしてあげれば、何をしてあげれば良いか、親にも分からず、どうしてほしいのかを言ってほしいと思っておるのじゃろう。おそらく、余程お主は親にとって手のかからない、気遣いができる優しい子なのじゃろう。故に、親もまたこれまでに悩む機会がなかったせいで、こういう時に何をしてやれば良いのか判らず悩んでおるのじゃ」
親だからと、悩まない親はいない。
親だからと、なんでも分かっているなんていう親はいない。
親だからと、絶対の存在なんていないのだという事を。
「お主はまだ子供。親に言って迷惑がかかるなど、そんなものは可愛いものじゃ。迷惑をかけるのに何を躊躇する必要がある。何を遠慮する必要がある。存分にワガママを言って、困らせて良い。人生、子供でいられる時間はそう長くはないのじゃからな」
『天使かな? めっちゃ声が優しくてすき』
『深い』
『うんうん、親には迷惑かけたってバチ当たらん』
『絶賛ニートのわい、もう無理。涙が止まらん』
天使とか不敬だよ。呪うよ?
「もし話しても親が何も動かず、精神論で励まし、叱咤激励するだけであれば、その時は家を出れば良い。が、無計画に出ろと言う訳ではないからの。しっかりと保護を目的としている団体を調べ、状況を素直に伝え、そこに行くためにはどうするのかという点を相談するのじゃ。何処ぞの顔も分からぬ人間ではなく、しっかりと活動しているところを探すのじゃ。親から離れる事を決断するという事は、自分の責任の中で行動し、自分でしっかりとやっていく必要がある、という事でもある。まずはそういう所を探す事から始めるべきであろうよ」
『確かに、SNSで家出とかはヤバイ』
『ガチレス助かる』
『正直ここまでちゃんとした回答が出てくるとは思わんかった』
『てっきり「叩き潰せ」かと』
「……十代半ばという若さで見ている世界なんぞ、大人になればこれっぽっちだと思う程度の広さでしかない。が、当事者にとっては唯一の自分の世界でもある。世界は広く、いくらでも生き方は転がっておる。とまぁ、現役JKの身の上の妾が言うのもおかしな話じゃがな」
『現役JKとかマ?』
『年齢詐欺では??』
『ふっつーにいいアドバイスだと思う』
『ニート歴10年選手のわい、今夜親と話してみようと思う』
「ふむ、動き出しは早いならそれに越したことはなかろう。じゃが、別に無理に急ぐものでもなかろう。心というものはとかく厄介なものじゃからな。無事に見えて罅だらけ、なんて事も珍しくはない。傷付いておるのであれば、羽を休める時間も必要というものじゃ。何も飛び続けるだけが人生ではないのじゃからな。充分に休み、そして輝いてみせよ。それこそが何よりも妾にとっての楽しみじゃからの」
『そこでまたw』
『まさかの輝き』
『結局そこなんかーい』
『ある意味安定の陛下で安心した』
しんみりとしたまま話すというのもどうかと思ったので、敢えて自分から炎上寸前に持ち込んだ言葉を口にしてみれば、分かりやすいぐらいコメントが加速した。
そんな風に加速するコメントに埋もれるように。
けれど、確かに。
短く「ありがとう」、と。
まるで言葉という名の茂みの中に隠れるかのような一言があった事に気が付いて、私は小さく口角を上げて微笑んだ。