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番外編:ギアン様とオペラに出かけましょう(6)


   ◇ ◇ ◇


「あなた、余計な演説をせずにわたくしの代役を務められないのかしら?」



 翌朝。熱が下がってベッドから出られるようになったマレーナ様に昨日の報告をすると、彼女は私そっくりの顔をしかめてこちらをにらんだ。



「……すみません、確かに今回はやりすぎました」


「今回『は』?」


「やっぱりまずかったですかね?

 マレーナ様の評判的に……」



 言わなくてもわかるのでは?と言いたげな冷たい眼差しをこちらに向けたマレーナ様。

 だけどしばらくして諦めたように、はぁ、と息をついた。



「まぁ、ギアン殿下とわかって婚約者ともども馬鹿にしてきたというのなら、元々悪意のある方々だったのでしょう。

 あなたの失態、今回は忘れて差し上げますわ」


「すみません……。

 あの、マレーナ様」


「何かしら」


「もしもマレーナ様やマクスウェル様が今回の野次馬たちの立場だったら……同じようなことをして、同じようなことをおっしゃいましたか?」


「は?」


「ギアン様の行動を笑いました?」



 眉根を寄せて、マレーナ様は、首を横に振った。



「貴族には『高貴なる義務ノブレス・オブリージュ』というものがありますわ。

 どんな職業であろうが弱者を助けるのは、それが老人や女性や子どもならばなおさら、何もおかしいことではありません」



 こう答えてくれるだろう、という答えではあった。

 だけどそう答えてくれたことにホッとして、ちょっと笑ってしまった。



「……何ですの?」


「いえ! すみません。続けてください」


「そのあなたが言う野次馬?という方々は、助けもせずに面白がって見ていた自分たちの行動が誉められたものではないことを内心わかっていたからこそ、理由をつけて助けたギアン様を中傷したのでしょうね。

 助けなかった自分たちは何も悪くないと思いたかったのでしょう。

 ……まぁ、わたくしでしたらもっと穏便な手を使ったでしょうけれど」


「……穏便……になりますかね……?」


「どういう意味ですの?」


「いえいえ! なんでもないです。

 それより、今回は本当に残念でしたね。

 せっかくマレーナ様ご自身がギアン様とお会いになるチャンスだったのに。

 ……でも次は、ご自身でお会いになりますよね?」


「考えておきますわ」


「はい、ずるいですそれ」



 うーん。

 これは、自分が行く気は元々なく、どうにかして私が行くのを止めたかったとかそんな感じだろうか。

 でももったいない、本当に。



「オペラもすごく良かったんですよ?

 絶対マレーナ様も楽しめたと思います」


「あなたはずいぶん楽しんできたようね」


「はい! それはもう!

 帰ってからずっとシンシアさんと語り合っていました。

 そうだ、オペラのストーリーもお話ししますね。

 知っておかないと、マレーナ様がギアン様に会ったときにおかしなことになりますし」



 マレーナ様は嫌そうな顔をしたけれど、私はかまわず、身振り手振りと演技を交えて、オペラの内容を語っていった。


   ◇ ◇ ◇


 ――――2日後。



「この前はとても楽しい時間をありがとう」



 素晴らしい薔薇の花束とともに、ギアン様がファゴット侯爵邸を訪れた。

 例によって私はマレーナ様に扮して応対する。



「いえ。こちらこそ素晴らしいオペラにお誘いくださり、感謝しておりますわ」


「その後、あの時の女優から礼状が届いた。

 あのいざこざの後は何事もなくオペラを楽しめたとのことだ」


「ええ。わたくしの方にも届いておりました。

 当たり前のことをしただけですのにね」


「当たり前のこと、か。その通りだ。

 暴漢に襲われている人を助けるなど、迷う理由などない、当たり前のことだ」



 不意にギアン様が、私の顔をじっと見つめた。



「……どうなさいました?」

「……そう言ってくれて、嬉しいのだ」



 心臓が早鐘を打ち始める。

 顔に出さないよう、必死で呼吸を整えた。



「民族が違うということは、文化も考え方の根幹も異なる。

 容姿だけではない、生まれ持った感覚が異なるのだ。

 レイエス人である私はベネディクト王国の中で生きていくとき、何が『ベネディクトにとって』正解なのかいつも迷い、間違えるたびにレイエス人であることへの誇りが揺らぎそうになる」


「…………」


「だが、今のマレーナといると、自分が自分であることを肯定してよいと思えてくるのだ」



 そう言ってギアン様が浮かべた微笑みは、これまでで一番私の胸を締め付けた。



「どうかこれからも、私のそばにいてほしい。ずっと」



 この笑顔も、この望みも、私をマレーナ様だと思っているから。

 もしも私が、侯爵令嬢マレーナ・ファゴットとしてじゃなく、平民の役者リリス・ウィンザーであることをギアン様が知ったら。この微笑みはどんな風に変わってしまうのだろう。



「…………マレーナ?」


「……喉が渇きましたわ。お茶をいただきますわ」


「そ、そうだな! 気づかず悪かった」



 あと少しだけ、あと少しだけこの時間が続けばいい。

 自分の中に浮かんだそんな感情を、私は自分でもよくわからないままでいた




    【了】


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