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番外編:ギアン様とオペラに出かけましょう(4)

   ◇ ◇ ◇


 ────劇場に満ちる、魂を揺さぶられるような美声。


 いよいよ、オペラが始まった。

 私たちの劇団のそれとは比較にならない豪華でリアルな舞台、その下で荘厳な音楽を奏でるオーケストラ。

 それを率い、1人舞台の中央でアリアを歌う歌手の存在感。


 私も役者なので、舞台で歌うことはあったけれど、本職の歌手の歌は桁違いだ。


 『六人の復讐者』は、主人公である18歳の貴族令嬢の、母親の死から始まる。


 舞台は、200年ほど昔の架空の国。

 主人公の母親に言い寄った邪知暴虐の王が、拒まれ逆上して母親を殺してしまう。

 その上で、厚顔無恥にも母親に似た美貌の主人公に目をつけ、言い寄る。

 母の死を嘆き悲しみ、王への憎しみを燃やす主人公と、彼女をわがものにしようとする王。

 主人公は王への復讐を誓い、本心を隠して、母の喪があければ王に従うと嘘をついた。

 身を任せると見せかけて王を殺すために。


 実行は主人公が王の(しとね)に上がる約束の日。

 だが、ベッドの上でも確実に王を殺すにはいくつかの問題があった。

 そこで主人公は王の侍従に近寄り、王に恨みを持つ人物を聞き出して、次々に出会う。

 主人公を含めて、王を殺したいほど憎んでいる人間たちばかり、6人が集まった。

 6人は来たる復讐の日に向けて協力と秘密を守ることを誓い、準備を進める。


 しかしある日、その中の1人が協力者とともに何者かに殺されてしまった。


 そして徐々に狂い始める計画。次々に外れる主人公の目論見。

 さらに仲間がもう1人殺される。

 まさか、復讐者たちの中に裏切り者がいる?

 協力者たちに広がる動揺。このままでは王を殺す計画が失敗してしまう。

 復讐の日までに、仲間を殺した犯人を捜し出さなくては。

 主人公は侍従とともに、犯人捜しを始める……。



(それにしても、すごい)



 双眼鏡(オペラグラス)を握りしめ、観客として楽しみながらも、時々演者目線でも見てしまう。

 素晴らしい歌声で紡がれる物語。

 喜怒哀楽を盛り上げる、オーケストラの生演奏。

 さらには舞台が機械仕掛けで動いて変化したり、本物の馬が舞台に登場したり、合唱やバレエまでも組み込まれている。


 非日常な物語の世界に観客を一気に引き込む。そういう場所だ。



(誰も彼も、歌声がいいなぁ。私も一度しっかり声楽を勉強したいな。きっと舞台でも……)



 そう思いかけて、もう自分が役者として舞台に立つことはないんだと思い出し、ふと寂しくなる。



 あとは事件の真相と復讐の結末を残すのみ、というところで、3回目の幕間に入った。

 幕が下りてやっと喉の渇きに気づく。それだけ話に入り込んでいたからだろう。

 シンシアさんがタイミングよく注いでくれたシャンパンを口にすると、にこにこしているギアン様と目が合う。



「気に入ってくれたようで良かった!」

「……悪くはありませんわ」



 夢中になって聞き入ってしまったところを見られていたようだ。



「それにしても、今時珍しいほどの豪華な舞台ですわね。

 歌手もオーケストラも素晴らしいですし、人気が出るのもうなずけますわ」


「うむ。私も驚いた」


「確かに今回のストーリーは面白いですけれども、舞台や歌や演奏がこのクオリティなら、むしろストーリーはシンプルでも全然良いですわね。たとえば……」


「たとえば?」



 薄幸ヒロインが王子様に見初められるようなベッタベタの王道ラブロマンスとか。

 ……って、マレーナ様が言うはずがないな。うん。



 と……何だか、廊下の方が騒がしい。

 言い争い?のようだ。

 ボックス席は分厚いカーテンと扉で廊下から仕切られているわけで、ちょっとやそっとの物音は聞こえないのだけど、それでも私たちの耳に入るぐらいなら結構な声の大きさだ。

 外で待機していたギアン様の侍従の声が混じっている。

 シンシアさんも一礼して、様子を見にか扉の外に出る。



「何かあったのでしょうか?」

「私が見てこよう」

「ギアン様直々に見に行かれなくても……」



 私が言いかけた時「だから……がいるんだろう!? 女優の……」という声がうっすら聞こえて……血の気が引いた。



「……あの席から舞台を見ていたんだ。間違いない。あの性悪女、人の誘いを断っておきながら、こんなところで貴婦人(づら)して男と……」



 声だけじゃよくわからないけど、もしかして、外の人が探しているのは私?

 私が誘いを断った男の人たちには貴族もいた。

 もしかして、そのうちの誰か?



(というか何で舞台じゃなくて観客席を見ているの!? 舞台観ようよ!)



「ギ、ギアン様。いま出て行かれるのは危ないのではなくて?」

「心配するな。収めてくる」

「で、ですが、揉め事に巻き込まれたらお怪我など」



 思わず腕を掴んで止めようとした私の頭に、ギアン様が笑み、ぽん、と手を置いた。



「酔客相手だ、怪我などしない。だからここで 待っていてくれ」



 温かい手の感触にドキリとした間に、サッとギアン様が扉の外に出てしまう。


 どうしよう、外にいる誰かがギアン様に、隣にいるのは貴族令嬢じゃなく役者のリリス・ウィンザーですって言ってしまったら……それでも私はマレーナ・ファゴットですって貫くしかないけど、ギアン様の中に疑いが芽生えてしまったら……。


 閉じられた扉に耳を押し付ける。すると。



「────居たぞ、この性悪女!!」



 さっきのと同じ男の人の声と、女性の悲鳴が聴こえてきた。



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