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番外編:ギアン様とオペラに出かけましょう(3)


 いやいや、ここはもう舞台だ。

 気持ちを建て直し、私はマレーナ様らしくクールな眼差しを向けた。



「この度は、わたくしの侍女の同行をお許しいただき、感謝いたしますわ」


「いや、結婚前であるし当然のことだろう。

 マレーナにも侍女殿にも、楽しんでいただけると嬉しい」


「ありがとうございます。それにしても大変素晴らしい馬車ですわね」


「! 気に入ってくれたなら良かった!」



 馬車の内装は全体的に上品かつシックにまとめられつつも、細部に仕込まれたレイエスの民族的意匠がアクセントになっている。

 派手ではないけれど上質さを感じさせて、とてもセンスがいいと私は思った。



 私に続いてシンシアさんが馬車に乗り込む。

 ギアン様は優しく「シンシア嬢も今日はよろしく」と声をかけた。

 普通に笑顔だ。邪魔しやがって、という目ではないと思う。



(……さすがに、マレーナ様の言葉を意識しすぎたかな)



 いずれにせよ、今夜私は“侯爵令嬢マレーナ・ファゴット”。

 ギアン様がどういう言動をとろうと、私はマレーナ様として振舞えばいい話だ。



 馬車は王都の中心部を優雅に走っていく。

 石畳の上を走っているのに乗り心地がすごく良い。

 顔に出さないように気を付けながら、束の間のお姫様気分を楽しんだ。


 ────「着いたぞ」


 目的地に着いて、再びギアン様に手を取られて馬車を下りる。

 その、荘厳なデザインが目を引く大きな建物を見上げた。

 できたばかりだという劇場の外観の美しさに、つい期待が高まる。



「行こう、マレーナ」



 手を取りつつも、自然と私の足元を気遣いながら、ギアン様は歩を進める。

 なぜか胸が高鳴ってしまう。非日常のお姫様扱いに酔いそうなのかな。ギアン様はこんなに優しいし。



(…………なんだろう。

 こういう振る舞いを見ると、やっぱり上流階級の紳士なんだなぁって感じだ)



 女性をエスコートする所作がスマートで美しい。

 大公子としての立場があるから叩き込まれてもいるんだろうけど。

 その大人っぽいふるまいが、邸の部屋で2人で話している時のすごく少年らしい顔とは、妙にギャップがあった。



(大公子としてのギアン様はどんな日々を送ってるんだろう。

 どんな風に国民の前に立っているんだろう)



 ……どんな風に育ってきたんだろう?

 子ども時代はきっと、平民の私には想像もつかないようなものだったんだろうな。


 ギアン様の後に続き、私は劇場の中に入っていく。


 広々とした玄関ホールに、真っ赤な絨毯……。

 まだ公演が始まるまでは時間があるはずだけど、劇場支配人?らしき男性と歌手たち?が数十人も並んでいる。



「ようこそお越しくださいました、大公子殿下、ご婚約者マレーナ・ファゴット様」



 支配人?の声に、みんな、私たちに向かって一斉に腰を折る。高さのそろった完璧な礼だった。

 キャストが私たちを迎えるために待機していた?

 え?? こんなの芸歴13年の私も超VIP客を迎える時ぐらいしかやったことないですよ???



「数ある劇場の中から今宵、当劇場をお選びくださりお越しいただき、ありがとうございます。まことに光栄に存じます」


「出迎えありがとう。今夜はとても楽しみにしている」



 さらに支配人?の案内のもとで連れていかれた席に息を呑む。

 そこは劇場の席とは到底思えない空間だった。

 華麗な刺繍の入った大きなソファ、燭台などまばゆく輝いている装飾品に、贅を尽くした調度品に、シャンデリア。空気さえ煌めいて見える。



(これ、席……? 応接室とかじゃなく……?)



 例えて言うなら、王侯貴族が泊まる超高級なホテルの一番良い部屋みたいだ。泊まったことないけど。

 伯爵令嬢であるシンシアさんの目も明らかに狼狽している。

 そうだよね、これが貴族の普通って言われたらどうしようかと思ったよ。



「こちら、当劇場が誇るロイヤルボックス席でございます。お気に召しましたら良いのですが」


「ああ、良い席だな。くつろいで楽しむことができそうだ。マレーナは?」


「そう、ですわね。とても素敵なところですわ」



(くつろげるかぁっ!)とリリス・ウィンザーの内心は叫んでいる。


 まさに夢のような席、だけど、お姫様気分を楽しむにも限度がある。

 この空間にどれだけお金がかかっているのか想像もできない。

 うっかり壊してしまったらと思うと、うかつに調度品に触れない。


 ギアン様はもちろんうろたえる様子はまったくなく。



「食事は後で予約しているが、軽食や飲み物は随時好きなものを運ばせよう。

 他にも必要なものがあれば遠慮なく頼んでくれ」


と事も無げに言う。



 ロイヤルボックス席って王族とかの席だったような……。

 そうだった。この人、大公子(というか本来王子)だった。

 劇場にとっては超VIP客になるわけだ。


 諦めて私は、ギアン様と並んで席に座る。


 不意に目が合った。ギアン様のこちらを見る目が、光に反射していつもよりキラキラして見える。



「……それにしても、マレーナとこうして出掛けられるなど夢のようだ」



 ズキン。



「本当に嬉しい。今夜は来てくれてありがとう」



 ズキン、ズキン。

 オペラに行けるとテンションが上がってしまってしばらく忘れていた良心の痛みが、いつもより私の胸を強く刺した。


 優しくされるのも大事にされるのも、私をマレーナ様だとおもっているから。

 ごめんなさい、ギアン様。本物のマレーナ様が来れたら良かったんですけど。



(私が、侯爵令嬢マレーナ・ファゴットとしてじゃなく、平民の役者リリス・ウィンザーとしてギアン様の前に現れていたら)



 ギアン様は私にどんな目を向けたんだろうか。


 そしてもし、この嘘がバレたなら……ギアン様は私に、どんな目を向けるんだろうか。



   ◇ ◇ ◇

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