番外編:ギアン様とオペラに出かけましょう(2)
「え……いや……シンシアさん、それは……」
「だってリリス様、見たいんでしょう?」
「そりゃ、めちゃくちゃ見にいきたいです。
でもさすがに……。
もしマレーナ様の知り合いに遭遇したら、絶対バレますよ?」
「リリスの言う通りですわ。
邸の中でならばともかく、劇場でわたくしのふりなど、発覚のリスクが高すぎます」
「……いや、意外と大丈夫かもしれないぞ」
「マクスウェル様!?」「お兄様!?」
「ボックス席なら他の席とは隔離されている。
早めに席に入ってそこらをうろつかなければ、ギアン殿下以外の人間との接触も少ないだろう」
普段ならここで慎重な意見を言うはずのマクスウェル様が、なぜかシンシアさんの後押しをする。
「そうですよ!
いつもがんばってらっしゃるリリス様にだって、それぐらいの役得はあっても良くないですか?」
「いえ、ファゴット侯爵家での待遇は良すぎるので、むしろさらに役得があったら申し訳ないぐらいなんですけど」
シンシアさんにそう返しながら、私はマレーナ様の顔を盗み見る。
その私によく似た顔から、苛立ちが隠せていない。
他の人には言っていないだろうけれど、マレーナ様には好きな人(本人いわく恋愛ではなく『わたくしこそがあの方の妻にふさわしい』相手)がいる。
ギアン様とデートする“マレーナ・ファゴット”が周囲に目撃されると、周りの人から婚約者と関係良好とみなされるわけだ。
それはたぶん、マレーナ様の恋路(?)の邪魔にはなるんだろう。
「皆、リリスが行く前提で話しすぎてはいないか?」侯爵が声をかける。
「マレーナ、ギアン殿下との結婚を前向きに考えると私に言っただろう。
だが、その後もずっとリリスに替え玉をさせてばかりだとマクスウェルから聞いているよ。
自分は興味がないことでも、少しは相手に合わせてみるつもりはないかね?」
「ありませんわ」
「ふむ……」
あくまで折れないマレーナ様に、侯爵は困った顔をしてしばらく考え込み。
「……では、こうしよう。
ギアン殿下には、マレーナがオペラに行かせていただくと返事をする」
「お父様!?」
「マレーナが行かなければ、リリスが行くということでどうだろう。
ギアン殿下のことだから間違いはないと私も信じているが、シンシアを同行させ、身に危険が及ばないように気をつけさせよう。
マレーナ。リリスが行くのが嫌ならば、自分で行きなさい」
「卑怯ですわ! お父様!!」
「そうですね。ここのところマレーナはリリスに甘えすぎでしたから、それぐらいはやって良いと私も思います」
「お兄様!?」
「私も賛成だわ、もちろんリリスが良ければですけれど」
「お母様!?」
「リリス、どうかね?」侯爵が私の方を見た。
「ええと……ええと……」
マレーナ様がめちゃくちゃ私の方を睨む。
『断りなさい!』というすごい圧を感じる。でも。
「マレーナ様が行かないなら、私、行きたいです」
ごめんなさい、マレーナ様。
その場にいる全員が敵に回ってしまったマレーナ様は、拳を握りしめ、ふるふると肩を震わせて「……考えておきますわ」と答えた。
◇ ◇ ◇
マレーナ様は、発覚を恐れている、というより、私が劇場で何か失敗して“マレーナ・ファゴット”の評判が落ちることを恐れているようだった。
(ナイフ投げた前科あるしね、私)
動機はともかく、侯爵夫妻とマクスウェル様は、これでようやくマレーナ様が自分で婚約者に会ってくれるだろう……とホッとした様子だった。
私も、そりゃオペラには行きたいけど、マレーナ様がちゃんと自分でギアン様に会うのなら喜んで身を引くつもりでいた。
そうして迎えた、ギアン様のお誘いの当日────
「……ゴホッ……ゴホッ」
「うーん、風邪ですかね」
赤い顔をしてベッドで咳き込むマレーナ様を見ながら、私はため息をついた。
「これは行けなさそうですね、さすがに」
傍らにいる侯爵夫妻とマクスウェル様に声をかける。皆やっぱり残念そうな顔をしている。
「……待ちなさい……だめよ……あなたが劇場になんて……」
「でもマレーナ様は、さすがにその状態では無理では?」
「本当に体調を崩したんだし、これまでの仮病欠席さえなければ正直にお断りできたんだがなぁ……。
念のため、リリスにオペラについて叩き込んでおいて良かったと言うべきか……大丈夫かリリス?」
「はい、マクスウェル様。代役問題ありません」
念のため、ということで、先日からマクスウェル様とシンシアさんの2人にオペラの基礎知識とマナーについて特訓してもらった。
さらに2回も近場のオペラに連れていってもらった。
どうもマクスウェル様はかなりのオペラ好きらしい。
シンシアさんはじめ使用人の皆さんをまとめて連れていったり、わざわざ天井桟敷というマニアが集う席に見に行っては、身分関係なく同好の士たちと語り合っているそうだ。
『マレーナも、オペラに興味があればいろいろ教えてやりたかったんだがなぁ』
と残念そうに呟くのを見て、
(今回のマクスウェル様が妙に乗り気だったのは、もしかして、オペラ沼の住人を増やしたかっただけなんじゃ??)
と、私は疑っている。
「……大丈夫ですよっ。
ばっちりバレないように演じてきますから、マレーナ様は気にせずしっかり風邪を治してくださいねっ」
無理して起き上がろうとするマレーナ様をぐぐぐぐと押さえて寝かせながら、私はそう言った。
同じ顔で似た体格でも、力勝負なら全面的に私の勝ちだ。
マレーナ様は悔しそうに私をにらんで、羽布団に潜り込んだ。
◇ ◇ ◇
約束の時間ぴったりに、ギアン様の馬車はファゴット侯爵邸に迎えにやってきた。
「お誘いいただき、ありがたく存じますわ。お礼申し上げます」
「こちらこそ、応じてくれて本当に嬉しい。マレーナとこうして出かけられるなんて……夢のようだ。
楽しみで楽しみで、昨日はなかなか眠れなかった」
目をキラキラさせて、お出かけ前日の子どもみたいなこと言ってるのが微笑ましい。
(こういうところが、やっぱり他の男の人と違うんだよなぁ……)
美人女優という扱いだったので、これまでお金持ちの男性から食事なんかに誘われることはかなりあった。
それが皆、『大人の付き合い』を求めてくるものなのは言うまでもなく、そういう男の人たちを私自身擦れた目で見てきた。
でもギアン様は違う。
一途で純粋で、婚約者を大切にしている。
『大人の付き合い』を求めてくる男の人たちとは、比較対照にするのも申し訳ないぐらいだ。
ギアン様はうやうやしく私の手をとる。
(……っ、あれ?)
私とそんなに身長の差があるわけじゃないのに、手袋越しのギアン様の手は意外と大きくてドキリとした。
『────殿方がふたりきりになる場所に誘う目的など、ひとつですわ』
マレーナ様の言葉をこんな時に思い出してしまう。
ギアン様はそんなことしない……と思うのに。




