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後日談4:マレーナのがんばる理由【ファゴット侯爵視点】

   ◇ ◇ ◇



 王宮での仕事を終え、邸へと帰る前に、私はとある一室に立ち寄った。


 そこは、官僚を目指す王宮事務官候補生たちが勉学に励んだり、国政関連の雑務をするための部屋なのだが、その一角で、賢明に課題に取り組んでいる愛娘の姿を見て、つい顔がほころんだ。



「がんばっているようだね、マレーナ」


「……何しにいらしたんですの?」



 マレーナからジロリと冷たい目線を浴びるが、そんなことで怯みはしない。

 身内の贔屓目なしで絶世の美人に生まれた我が娘だが、己の美貌に頼ることなく絶え間なく精進するその姿勢は、本当に素晴らしいと思う。



「様子を見にきた。学園の卒業前からここに出入りして王政の仕事を学んでいると聞いてね。

 そういえばフォルクス侯爵家のカサンドラ様がご厚意で指導してくださっていると聞いたが、侯爵にお礼を言いに行かねば」



 ピク、とマレーナの眉が動いた。

 そういえばマレーナはカサンドラ様を強くライバル視しているらしい。ふるふると、ペンを握る手が震える。



「おや、これもカサンドラ様が添削してくださったのかね」



 私は王宮事務官候補生の試験問題の過去問らしい1枚を手に取った。

 これこれこのような状況下でどのような交渉や条約締結が必要か?という論述問題で、マレーナが書いた答えには、びっしりと赤で指摘が入っている。



「…………ほんっとうに……腹立たしいこと……」


「マレーナ?」


「『あはは。ダメだよこれじゃすぐ全面戦争になっちゃうって』ですって!? すこしばかり王太子殿下に重用されてるからと、調子に乗りすぎではございませんこと!?」


「そういうことは、もう少し人のいないところで言いなさい……。

 口が悪いのはお互い様だし、あの方から学ぶことも多いだろう? 王太子殿下もカサンドラ様を頼りにされているほどだ」


「カサンドラ、カサンドラと……いったいどうして彼女ばかりっ……!」


「仕方がないさ。母君は同盟国の王女、父君は外交のエキスパートで国際情勢には明るいし……王妃教育の内容をほぼマスターしているというのも殿下の力になっているところだろうね」


「それは、血筋や家の問題はいかんともしがたいことですが…………王妃教育?」


「おや、知らなかったかね?」



 大人たちの間では有名な話だったが、そうか令嬢令息らの間には意外と知られていないのかもしれない。



「あの方は廃嫡されたアトラス王子の元婚約者テイレシア様のご学友だっただろう?

 ご学友に選ばれた直後から彼女のことが大好きすぎて同じことを勉強したいと、独学と個人で雇った家庭教師で学んで、結果、学園卒業までに王妃教育と同等の内容をほぼマスターされたそうだ。まぁ王家の機密関連のみは知れなかっただろうがね」


「………………は?」


「だから、せっかくの環境だから父としてはいろいろと吸収してほしいと思っているよ」



 いわゆる一般的な『女の幸せ』とは違うかたちであったとしても、マレーナがその力を発揮して伸び伸びと生きていけるなら素晴らしいことだ……そんな風に私は思っていたのだが。


 なぜか、マレーナの顔が、ひどく思い詰めたものになっている。



 ……何か、私はまずいことを言ってしまっただろうか?



「お、お父様…………わたくしに、家庭教師をさらにつけていただけないかしら?」


「家庭教師? いまからおまえに?」


「できれば、フォルクス侯爵家でカサンドラに教えていたのと同じ方か、同等の方をお呼びくださいませんか。今からでも、わたくし、同じ内容を……!!」


「いや、王妃教育には詩や声楽やその他芸術関連もあるからそれも含めるとかなり膨大な」


「睡眠を削ってもやりますわ……」


「マレーナ?? いったいどうしたんだ??」



 われわれの不穏な会話のせいだろうか、いつしか同じ部屋の中には私とマレーナしかいなくなっていた。


 マレーナは私の手をギュッと掴む。



「どうか、どうかお願いいたしますわ、お父様!!」


「マレーナ!?」


「わ、わたくし、絶対にカサンドラにだけは勝ちたいのです!! (異性として見ていただけなくても、官僚として評価していただけるなら……!!)王太子殿下の右腕の座、カサンドラに渡したくないのです……!」



 なんだかよくわからないが必死で懇願する愛娘の顔を、私は呆気に取られて見つめていた。



【後日談4 了】

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