後日談3:【マクスウェル視点】4
「……シンシアとは……姉君とはお会いになっていなかったのですか?」
「はい、もう10年ほど……」
確かに、シンシアと大伯母はグルーフィールド伯爵領の領主館ではなく、離れた古い邸にいた。だが。
「失礼ですが、領主館からは少し足を伸ばせば会いに行ける距離であったと記憶しておりますが」
「は、はい……そうですね。それはわかっておりました……私の姉たちも」
それは、長姉のシンシアを尻目に嫁いでいった次女三女たちのことか。
「会いに行かなかったのですか?」
「……はい。姉を姉妹として尊重せず、会いにも行かなかったこと、大伯母様のことを姉に任せきりで、それに疑問も持たずに生きてきてしまったこと、子どもだったとはいえ愚かであったと深く反省しております。
ですがおそらく、姉が私たち姉妹に会ってくれることはもうないと考えます。
なので、もしよろしければ、マクスウェル卿にお聞かせいただけないか……と」
半分は、何がなんでも私と話してこいと父親に命じられているせいだろう。
半分ほどは、確かにシンシアに興味を持っているように見える。
だが、それなら、うちの親戚の邸にいるのだから手紙を出すなりしてみればいいだろうに?
拒絶されるのが恐いのか?
それとも……関心はあるが、距離を置きたいのはグルーフィールド伯爵家の方なのか。
『────あなた方はシンシアの存在が醜聞になると言いますが、逆にうら若き女性から教育の機会を奪って閉じ込めたあなた方の所業の方が醜聞に値するでしょう!!
そんなにご自分が間違っていないという自信がおありならば、一度世に問うてみてもよろしいのではないですか? 新聞社の社主ならばいくらでも紹介して差し上げますよ!!』
…………そういえば、グルーフィールド伯爵とやりあったときにこんなことも言ったような。
シンシアを嫁がせまいと一生懸命だったのだが、そうか、もし父親に姉と距離を置くよう言われているのなら私のせいか。
「…………そうですね。シンシア嬢はとても……決断力のある女性です」
シンシアについて話そうとしたとき、それが一番最初に出てきた。
「常識や慣例にとらわれないのではなくて、常識や慣例の重みをわかった上で、それをあえて踏み越える決断ができる人ですね。
それに人を巻き込むことができるのが素晴らしいと思います」
なんでも1人で決めてしまうので苦労はしたが、そうだ、そんなたくましさを私は好ましく思ったんだ。
「一緒にいて、話をしてとても楽しい相手です。感情豊かで……」
なんだかんだで、演劇は彼女と見に行くのが一番楽しかった。
事前に期待を話し合うのも、見終わってから感想を言い合うのも。
自分の感情をがんがん表に出すので我が道を行っているように見られがちだが、あれで結構家族を細かく見てくれていた。
一番マレーナをしっかり見てくれていたのは、お付きの侍女じゃなくシンシアだったのじゃないかと思う。
「…………わからないことが多くても果敢に挑んで、がんばる人です。彼女のおかげで……妹はファゴット侯爵家に戻ってきました」
私はシンシアを助けたつもりになっていたけれど、私もシンシアにたくさん助けられていた。
「それから、そうですね。良いところは数えきれないほど……」
彼女の人柄に眉をひそめる者もいる。
いまの彼女は自分を圧し殺して誰かに従って生きたりしない。自分の大好きなもののために生きて、理想の令嬢やら聖女やらなんかでは決してない。
だけど、常識外れで俗っぽくて自分の思い一直線で生きているシンシアは、誰より輝いて見えて、私は彼女の存在に支えられていたのだ。
……なんだ。
迷うことも恐れることともなかったんだ。
私が思いを伝えて、あとはシンシアがどう判断するかじゃないか。
「…………急用を思い出しましたので、これにて失礼いたします」
「え、あの!? マクスウェル卿!?」
名前も覚えていないシンシアの妹を置いて、私はさっさと会場を後にした。
◇ ◇ ◇
馬車が親戚の邸についたとき、シンシアの部屋の窓はまだ灯りがついていた。
本でも読んでいるのか、何か書き物でもしているのか……。
「リリスに習っておけば良かったな」
息をついて、地面の小石を拾い、彼女の部屋の窓枠を拾って投げる。
もう一方の手に抱えているもののせいか、全然違うところに飛んでいき、壁にぶつかってカツンと音がした。
…………とはいえ、音は聞こえたらしい。
少し間があって彼女の部屋の窓が開いた。
「…………何してるんです?」
顔を出したシンシアは呆れたような顔をした。
私は手にした花束を高く掲げて見せる。
「君に求婚しに来た!!」