後日談3:【マクスウェル視点】3
────いつものように、シンシアと一緒に出かけようと親戚の邸まで迎えにいった。
その邸の玄関で、私はそれを告げられた。
「お茶会で言われてしまったんですよね。私よりも5つも下の女の子に。
『いくら元侍女だからって、マクスウェル様と出かけすぎでは? 婚約者でもそれを前提とした交際でもないのに、不適切ではありませんの?』
って」
目をそらしながら、シンシアは言う。
「……どうも外出していた際にどなたかに見られてしまったようですね」
「別にシンシアと一緒にいるところを見られても私はかまわない」
「……私、わかってなかったんですけど、貴族の男女で一緒にいたらそれは簡単に醜聞になってしまうって。人目のないところで男性と2人きりでいたら、もう処女ではなくなったものと見なされるって……そういうものなんですね」
『貴族の男女の交際は、平民のようにはいかなくてよ』
マレーナの言っていた、リリスの見落としとは、貴族社会における男女の性規範の厳しさのことだったのか?
私自身はそれはもちろんわかっていたし、その上で他の女性避けのつもりもあって、シンシアと頻繁に出かけていたのだが。
「まぁ私はそもそも結婚するつもりはないので……ご親戚のおうちに長くご厄介になってしまう申し訳なさを除けば、どんな噂になってもかまわないのですが…………」
「だから、私もかまわないと言っている」
「でも私、醜聞で社交界から閉め出されてしまうのは困るんです。リリス様のお力になれないから」
「……………………は?」
しばらく、次の言葉が出てこなかった。
「私が侍女をやめて社交界デビューしたのは、貴族の側からリリス様のお役に立ちたいと考えたからです。私がいることで、リリス様が社交界に少しでも馴染みやすいように。
だから私、社交界に出られなくなったら困るんです」
私よりも、リリスを取ると?
こんな理由で拒絶されるなんて。
「マクスウェル様には、今まで数えきれないほどたくさん、演劇や楽しいところに連れていっていただき、心から感謝しております。今まで、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げるシンシア。やめてくれ。らしくない。
「…………これからは、できれば適切な距離でお付き合いをできましたらと思います」
『友人としてはありだけど恋人候補としては見てなかったりとか。まさか相手からそう見られているとは思ってなかったりとか』
リリスが言った言葉が頭によみがえる。私がシンシアを誘っていたのは迷惑だったのか?
リリスと私を天秤にかけたとき、選ぶのはリリスなのか?
「実家から何か、言われたのか?」
「いいえ。そういうことでは」
「私が嫌いになったのか?」
「……そんなわけないでしょう?」
あんなにずっと一緒にいたのに、いつもと違う様子のシンシアがわからない。恐い。
「シンシア、私は────」
「噂になってしまいます。どうぞお帰りください」
再度、シンシアに頭を下げられた。
「私はシンシアのことを────」
「どうか、お帰りください」
シンシアは頭を上げようとしない。もう、私の顔さえ見ないつもりなのか。
何も言うことができず、私は吐息を漏らして、その場を去るしかできなかった。
◇ ◇ ◇
────その夜。
父の名代で私はある夜会に出ることになっていた。
気分が優れないと欠席をしたいところだったが、そうもいかない。早めに失礼するつもりで夜会に向かった。
「お噂の妹君は、今夜はいらっしゃいませんの?」
会場で、主催の夫人に声をかけられ、私は曖昧な笑みを浮かべた。
「何せ誘拐されてずっと平民として育っていたものですから、マナーや言葉遣いなど、いまから叩き込んでいるところです。失礼のない振る舞いができるようになるまで、まだしばらく時間はかかるでしょう」
嘘である。いま夜会に出ても全然問題なく振る舞えるだろう。
だがリリスを社交界に出すまでは、しばらくは時間をおきたかった。意地の悪い質問をぶつけてくる輩が多いことが予想されたからだ。
「でも、レイエス大公家はマレーナ様よりその方の方が良いとお選びになったのですわね? マレーナ様よりも大公子殿下と気が合ったと?」
微笑みながら探るような目を夫人は向けてくる。
どうもリリスがマレーナから婚約者を寝取ったという話が一部で広まっているようだ。
下手な言い方をしたらそれを強化しかねない。
「どうもマレーナは勉強するうちに官僚職の方に関心が向き始めたようで……。またリリスはリリスで、平民育ちで体力があり身体が強いところを大公殿下が気に入られたので、そのようないろいろあってのことです」
「あら、マレーナ様とは対照的に元気なお嬢さんですのね?」
「むしろレイエスの武術などに関心があるようで、女性ながら戦場に出ていらした大公殿下と話が合うのです」
これは嘘ではない。
一番の理由は当人たちの気持ちだが、もしそう言えば『寝取られ』説に拍車をかけてしまう。大公殿下を理由にするのが最も丸く収まるところだろう。
主催の夫人が興味を失ったように離れていき、私はふうと息をついた。
この夜会にはシンシアは来ていない。
もう一度話したい、真意を聞きたい。だが、もう一度聞いて同じ答えがかえってきたら────。
考え込んでいた私に「お久しぶりですな」と声がかけられた。
顔を上げる。
二度と話したくなかったシンシアの実父、グルーフィールド伯爵が、笑みを浮かべて立っていた。作り笑顔とまるわかりの、微妙にひきつった笑顔。
「…………ご無沙汰をいたしております、グルーフィールド伯爵」
「うちのシンシアが長らくお世話になりましたな。こちらは末の娘の────」
そばにいた少女を紹介されたが、シンシアに少し顔が似ている以外は関心を持てなかった。
執拗に娘を売り込んでくる伯爵をかわし、適当なところで話を切り上げて離れた。
ところが、少女は私を追ってくる。
(なんだ? 何をしても私を捕まえろとでも伯爵から言われているのか?)
少し苛立ちながら、「何か?」と尋ねる。
すると少女は懸命に私の顔を見上げ……
「あの、ぶしつけに申し訳ございません。
姉は……私の姉シンシアは、どのような人なのでしょうか?」




