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◇55◇ 暴露の応酬



(嘘…………だよね?)



 そんなの、荒唐無稽すぎる。

 ファゴット侯爵家は貴族の邸宅らしく、周囲を尖った鉄柵つきの塀で囲まれているし、使用人の人数も多い。

 お産の最中ならお医者さんもいるし、そんな中に侵入して赤ん坊をすり替える? あり得ない。


 マレーナ様もそう思っているのだろう、顔色は変わらないし動揺する様子もない。


 ファゴット侯爵や他の人々は……? 困惑の色を見せている。



「あ? おまえら信じてねぇなぁ? これでもなぁ、おまえらファゴット家のことはずーっと見てたんだぜ。あのクソジジイがくたばりゃ金づるにしてやろうと思ったんだが……クソジジイめ、ずいぶんと長生きしやがった」


 クソジジイ、というのは、マレーナ様とマクスウェル様のお祖父さんのことだろうか?

 マレーナ様がこじらせる原因になった人……。


「出産の日は17年前の11月3日。薄情にも男どもは領地に戻っていて、邸には身重の夫人1人。

 どうせあのクソジジイが『長男でもない出産に夫も息子もついている必要はない、未来の領主としての教育のほうが優先だ』とでも言って、おまえら逆らえなかったんだろ?

 でな、ちょうどその2日前に、俺の女がガキ産んでよぉ……」



(だから、それが私……だよね?)



「栄養状態が悪かったのか、産婆の手を借りず産んだのが悪かったのか……産まれた時点で酷く衰弱してやがってな……やべぇなってんで……恥を忍んで赤ん坊抱いて、ファゴット家に助けを求めに行ったのよ。なのに、使用人どもが誰一人俺のことを信じやがらねぇ。奥さまのお産だから忙しい、帰れってな…………心底、腹が立ってな」


「……あの頃は、使用人の入れ替わりが激しかったんだ。だから、マーカスのことを皆知らなかったんだろう……」侯爵が補足する。


「だから夜、家出するときに使った、家の者しか知らない地下からの入り口を使って入り込んでやったのさ……。貴族の邸によくあるやつだよ。

 まる一昼夜以上かかった出産だ、産んだ女は身も心もボロボロだよな? 使用人どもは奥さまにかかりきりで、産まれたばかりの赤子は泣き声を気にしてか、離れた部屋のベッドに寝かされ、周りにゃ、ろくすっぽ人もついていなかった」



 クククク、と父は笑う。



「そこで入れ替えるのは簡単だったぜ……。それからは、おまえらは金と手間隙かけて俺の娘を育ててくれる。こっちのガキは死なせようが何しようが、かまやしねぇ……。まぁ、こっちのガキも金づるになったのは嬉しい誤算だったがな。

 ちっ。ほんとなら、もう少しで俺の娘が大公子妃になってたところなんだがなぁ……。

 で、おまえらどんな気分だ? 17年丹精こめて育てた娘が他人の娘だって知って」



「…………いい加減にしてよ。あんたがそう言ってるだけ、証拠なんてないでしょう?」



 思わず私が口を挟むと「はっ!! ほんと、そういう短絡的なところが兄貴にそっくりで、見るたび腹が立ったんだよなぁ」と父は返してくる。



「後々金づるにするつもりなら入れ替えただけのはずがねぇだろ? ちゃんと、ゆするための証拠もあるに決まってんだろ」



 父は服の内ポケットから、わざとらしい仕草で何やらボタンのようなものを取り出した。



「見てみろ!! ファゴット家の紋章付きのボタンだ。あんとき、1つボタンがなくなってた服があったはずだぜ?」


「……私の服のボタンが欠けていたものはあった。ずいぶん後に気づいたが」とマクスウェル様。


「ほらな!! それともう1つ決定的な証拠がある────俺の娘の肩にな」



(肩……?)



「左肩に、たばこの火傷の跡があるはずだぜ? 疑われちゃたまらねぇと思ってな、“印”としてたばこの跡をつけたのよ」


「あんた、赤ん坊にたばこの火を押し付けたの!?」


「はっ!! そういう小うるさいところも似すぎなんだよ、おまえの父親に!! 言ってやるよ。おまえなんか今まで一度も娘だなんて思ったことはねぇ。俺の娘は─────」



「────なるほど、そなたの言い分はわかった」



 押さえつけるような大公殿下の威圧的な声に、無礼の塊のような父もビクリと肩を震わせた。



「…………ならば、そなたの娘の肩には火傷の跡がある、なければそなたの娘ではない、ということになるな?」


「は、はい!!!」


「────ということは、我々には答えがすでにわかりきっているのだが…………マレーナ殿。どうする?」



 さっきからの父の言葉にも、まったく顔色を変えていなかったマレーナ様が息をつき、「仕方がないこと」といって、服の左肩をめくった。



 私の記憶にもあるとおり。マレーナ様の左肩には、傷ひとつなかった。



「…………は?」


「わたくし、淑女としてこの身体に傷を負うような真似は幼い頃より慎んでまいりましたの。で、そのわたくしの肩のどこに火傷の跡があると?」


「ぎゃ、逆側だったかな……」



 マレーナ様は右肩も見せた。やっぱり傷ひとつない。



「…………は? ……嘘だろ?」


「会話をするのも嫌な下郎ですが、1つわたくしからも聞かせていただきますわ。あなた、夜の何時頃、どこのベッドに寝ていた赤子をすり替えたのです?」



 マレーナ様に問われた父は「よ、夜10時頃……東の端から3番目の部屋に寝かせられてたところを……」と、もごもごと返す。



「それは本当ですか!!」


 ……と、それまで口を挟んでいなかった人の声が飛んできた。

 つかつかと出てきたのは侯爵夫人で、父につかみかかりそうな勢いで

「夜10時頃、東の端から3番目の部屋にいた子を、あなたはすり替えたのですね!!」

と念を押す。


「あ、ああ……」


「それが、それが、あのリリスなのですね!!! 間違いないのですね!!」


「そうだって言ってんだろ、なんだよこの……」



 侯爵夫人はもう用はないとばかりに父から離れると、私のほうにまっしぐらに向かってきて、いきなり抱き締めてくる。


 何か言っているようなのだけど言葉にならない言葉を口にしながら泣きじゃくる。どうしたの、いったいどういうこと?



「─────11月3日の夜10時には、わたくし、まだ産まれておりませんでしたの」



 マレーナ様の言葉に父は「……は?」と顔をひきつらせる。



「待て、それって……」


「わたくしの出産の際のことはこう聞いておりますわ。とても、とても時間がかかりました。どうにか先に産まれた“姉”をベッドに寝かせ、もう1人の────わたくしのお産に皆かかりきりになってしまった。

 わたくしは無事に産まれたものの、“姉”は残念ながら、皆の関心が薄かった数時間のためか、容態の悪化に気づくのが遅れ、亡くなったと」


「あ、姉、だと!!??」


「母の希望でファゴット侯爵家の敷地内に墓をもうけておりますわ。信じられなければ墓を暴いて差し上げてもよろしいですけれど────」


「マレーナ様、あの」頭がついていかなくて、私は思わずマレーナ様に声をかけた。



「リリス。不本意ながら、わたくしとあなたは双子の姉妹のようですわ」

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