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◇52◇ 異変

(……何? 何が起きたの?)



 壁にしたたかに身体を打ちつけたその痛みに耐えながら、運良く近くに転がっていたナイフのほうへと這う。


 また船が揺れ、身体が転がる。ナイフが遠くなった。


 何か異変が起きている。縄を切らなきゃ。

 海の上じゃ逃げ場がないけど、もし船が沈むような事態なら、縛られたままで海に沈んでいくことになる。


 服にまだ複数ナイフを仕込んでいるけど1本でも温存したい。尺取り虫みたいな不格好なジャンプをして、どうにかナイフの近くに寄った。

 いつまた船が揺れるのか、気が気じゃない。



(何の音だったの……砲撃?)



 後ろ手にナイフを持ち、根気よく縄を切りながら、さっきの音を思い返す。

 海賊に遭遇? そんな、この近海の海賊は、ベネディクト、レイエス両国の海軍と、エルドレッド商会によって駆逐されて久しいはず。


 ……と、扉の向こうでドタドタドタと耳障りな足音が聞こえ、縄が切れる前だったけど、私はとっさにナイフをしまった。



「お、おい!! リリス!!」



 扉を開けたのは父親だった。

 腕を縛る縄が切れかけていることに気づかれたらと、一瞬ヒヤッとしたけど、父親はそちらには目もくれず、私の足の縄を自分のナイフでジョリジョリと切っていく。



「何があったの?」


「わからん。軍艦みたいな船に、いきなり大砲を撃ってこられた!! おい、おまえ心当たりないか!?」


「さ、さぁ?」



(軍艦? じゃあ、レイエス海軍?)



「やたら船が速くて追い付かれそうだ……といって海の上じゃ逃げ場もねぇ……。

 捕まる前に、目立たねぇ船室に隠れるぞ!!」



 足の縄を切ると、無理矢理私を立たせ、乱暴に腕を引っ張る。



「大人しく歩けよ、コイツがあるってこと、忘れんな!!」



 ナイフをひらめかせて見せながら、船室から私を引きずり出した。



(……海軍が来ているとしたら)



 ギアン様以外……たとえば大公殿下に、入れ替わりがバレてしまった?

 もしそうだとしたら? もしかして、ファゴット家の人々が捕らえられてしまって、共犯の私のことも捕らえようとしている?


 罪に問われることかはわからないけど、レイエスの面子を潰すことではあったから。だとしたら……。



「おい! 何もたもたしてんだ!!」



 父親が、船のさらに下層に私を引っ張り込もうとする。



「マーカス!! 何やってんだ、おまえも応戦しろ!!」



 甲板のほうから父の名を呼ぶ声。



「知るかボケェ!!」



 声のするほう向けて父が言い返した、その時。

 一瞬父の手の力が緩んだ隙をついて、私は父の横をすり抜けた。



「ああっ!! おい、リリス!!!」



 相手がレイエス海軍だったとしても、父に捕まったままよりはマシだ。

 もしファゴット侯爵家の人々が捕らえられているなら、私だけ逃げるわけにはいかない。


 重いスカートに足をもつれさせながら階段をあがり、同時に手首を必死に、切れかけて緩んだ縄を懸命にほどく。

 手が抜けた!!



「待て!! リリス!!」



 振り向き様に追いすがる父の顔面に、躊躇なく裏拳を叩き込んだ。


 「ぐっ……」



 階段から転がり落ちる父。


 持ってるナイフは縄を切ったものを含めて3本。ちょっと心もとないけど、手は自由になった。

 あと一層のぼれば甲板だ。外の騒ぎが漏れ聞こえてくる。スカートの裾を持ち、私は階段をさらにのぼる。



「…………何やってんだ、マーカ……おまえは!?」



 突如、甲板から父の仲間がこちらに顔をのぞかせ、鉢合わせた。

 とっさにナイフを投げる。手に刺さってうめく男。抜こうともがくその男の横をすり抜けて、甲板へ。



「ふっざけんな!! このクソ女!!」



 抜けようとしたところで腰をつかまれる。もったいないけどナイフをもう1本引き出して、男の腕を刺した。



「いだだぁぁぁぁっ!!」



 力が緩んだその隙に、男を階段から蹴りおとして甲板に出た。


 父が言っていたとおり、軍艦らしき船がいまにもこの船を囲もうとしている。

 大きい船ほど重さで速度がでないはずなのに、しなやかな海獣のように速く的確にこの船の行き場を塞いでいく。


 父の仲間たちは手に手にライフル銃を持ち、軍艦の上に乗る人々を狙って撃ち続けている。


 足元に一丁転がるライフル。たぶん父の分ということだろう。私はそれを手に取った。



「おおおい!!!女が逃げたぞ!!!」



 階段の下から上がる大声に、父の仲間たちの目が後ろに……つまり私のほうに集中した。


 撃ち方なんてわかんないけど、撃てるふりをしてライフルを構えてみる。

 男たちが、やや怯んだ顔をした。


 その時。



「──────リリス!!!!」



 海風を切り裂くように聴こえたのは、ギアン様の声だった。

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