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◇49◇ 【マレーナ視点】急転

「あの夜会、そしてギアンの訪問に、此度の招待。そなたが(おのれ)の替え玉を寄越していたということを認めるのだな」


「はい……相違ございません。わたくしの意思で、大公家と婚約者であるギアン殿下をたばかる真似をいたしました」


「────姉上は、いつお気づきに?」



 こらえかねたようにギアン様は口を挟みました。



「夜会でな」



 ギアン様の問いに、大公殿下はさらりとお答えになります。



「誤魔化せたと思ったのだろうが、マクスウェル殿の位置からあの暴漢の手には刺さらぬ。

 それにあれは大道芸用のナイフだ。貴族令息が持ち歩くようなものではない。

 角度からいって投げたのが十中八九マレーナ殿であること、かつ、食事の席で見せた健啖家ぶりに、これまでとは異なる様子とあわせて考えれば、まぁ、何らかの理由で本物のマレーナ殿を表に出せず、瓜二つの替え玉をどこぞから連れてきたかと思うのが自然であろう。なにがしかの理由で双子の片割れを隠し子にでもしていたか、とな」


「ではなぜ」


「命の恩人の面子をその場で潰すほど私は冷血ではないのでな。

 どの家にも内情はいろいろとあるのだ。取り繕うのをいちいち見咎めてやるのも気の毒だろう。

 まぁ、欠席ではなくわざわざ替え玉を出してくるあたり、本物のマレーナ殿は男と駆け落ちでもしたのかと邪推していたが」



 そんなことは、と反論しかけて、あまり変わらないことをしていたことに気づいてわたくしは口をつぐみました。



「そういうわけで、私はすっかりあちらの娘がマレーナ殿の代わりに嫁いでくるつもりでいたのだ。ボロは出していたが気づかぬふりをした」


「しかし、婚約者はマレーナ殿です。彼女ではなく」


「そなたも気づいて隠しておったのだろう?」


「!!」


「好いておっただろう、かの娘を」


「何をおっしゃるんです!?」


「私も気に入っていたのでな。

 まぁ、いかなる動機か何が背後にあったか、全容はのちほど聞かせてもらおう。それよりもマレーナ殿」



 大公殿下の目がわたくしを見据えました。



「まさか、ここまでのことをして、何もなかったように我が国に嫁げるとは考えてはおるまいな?」


「……は、はい」



 思わず、声が上ずります。

 王太子殿下の名誉を守るために、わたくしはこうしてここに現れてしまいました。


 それでもギリギリまで、もしかしてどうにか誤魔化せるのではと考えていた、己の甘い考えに唇を噛みます。



「どうした? 高位貴族の娘たるもの、一生日陰の身になる覚悟もなく謝罪をしたのではあるまい?」


「……はい」



 貴族というものは名誉第一。

 非を認めるとは、わたくしが、父と、母と、兄の名誉を道連れにするということ。ファゴット家そのものの名誉を汚すことです。



「……いかなる処遇でも甘んじてお受けする所存ですわ」



 ファゴット家の面々が顔を見あわせます。

 兄がなにか言おうとしたのをわたくしは目で制しました。いまは、わたくしがけじめをつける場なのですから。



「良かろう。で? そなたと入れ替わった娘はどこにいる」


「……はい。わたくしの替え玉リリス・ウィンザーとは昨夜入れ替わり、馬車に乗せ、身を隠させてございます」


「リリスというのか。場所は」


「待ってください、姉上!!」



 ギアン様が割って入りました。



「彼女はたまたまマレーナ殿に似ているからと雇われ、自分の仕事を果たしたまでです。どうか責を問うようなことはなさらないでください」


「そう、そうなんです!!」



 無礼にもシンシアが口を挟みます。



「あの方は、本当に才能のある女優で、たまたまこちらの窮地に手を貸してくださっただけで、その」

「シンシア!!」



 リリスを擁護しようとするシンシアの口をふさぐお兄様。


「大公殿下、恐れながら」

と切り出そうとしたところを、大公殿下の目で制止されるお父様。



「────女優か。なるほど。ギアンよ。そなた、そのリリスという娘に言いたいことはないのか?」


「彼女は、最初からただ雇われただけなのです。今日を最後にするつもりだったと。ほんのひととき、好きでもない男の婚約者を演じただけで」


「本当にそう思うのか?」


「…………私は」



 言葉に迷うように目を伏せ、ギアン様は唇に指をあてました。

 似合わない仕草だとわたくしは感じましたが、しばしの逡巡の後、顔を上げたギアン様の目には、強い光が宿っていました。



「────私は、彼女に……リリスに聞きたいことがあります」



 大公殿下はうなずきました。



「良かろう。では、そのリリスに迎えの者らを差し向けよう。場所は────」



 そのお言葉にかぶさるように、部屋の外が騒がしくなります。

 なにかが起きたのでしょうか。

 ギアン様が扉を開きました。



「─────陛下!!」



 入っていらしたレイエスの臣下がそう大公殿下を呼びます。そうでしたわね、大公殿下はこの国のなかでは女王陛下。



「恐れながら、“血闘海岸”の北端で早朝人さらいが起きたとのことです!!」


「人さらい?」



 “血闘海岸”の北端ですって??

 それは、リリスを乗せた馬車を待機させた場所でした。



「馬車が襲われ、ベネディクトの貴族令嬢と思われる16、7の女性がさらわれたと──────」



   ◇ ◇ ◇

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