◇47◇ 【マレーナ視点】どこにそんなものが?
◇ ◇ ◇
「ご体調悪そうですけど、大丈夫ですか??」
「え、ええ。問題はありませんわ」
「それならいいですけど、本当に無理なさらないでくださいね」
……朝からわたくしは、侍女のシンシアに何くれとなく世話を焼かれ話しかけられて、戸惑っておりました。
なぜ侍女であるシンシアが、こんなにも話しかけてくるのでしょう。
……それだけ、シンシアが、リリスを主人として愛していたということなのでしょうか?
深夜に宮殿に戻ってきたときも、『心配しておりました!』とわたくしのもとに駆けつけて、部屋までつれてきてくれました。
『マレーナ様』とわたくしのことを呼ぶので戸惑いましたが、どうやら驚いたことに、わたくしのことをリリスだと信じたままのようなのです。
……そして、朝になった今も。
わたくしは本物のマレーナであることを言おうか迷いましたが、とりあえず、まだリリスのふりをしていることにいたしました。
これから迎える事態において、異変は少しでも少ないほうが良いからです。
朝食の広間に向かいます。
すでにお父様、お母様、お兄様がそろっていて、「おはよう、マレーナ」と屈託のない笑顔をこちらに向けます。
……わたくしは、しばらく向けられたことのない笑顔です。
マレーナと呼んではいても、マレーナ・ファゴットにではなく、リリス・ウィンザーに向けた笑顔であることには間違いないのです。
お父様もお母様もお兄様もきっと、ファゴット家の娘がわたくしマレーナではなくリリスだったら良かったと思っているのでしょうね。
わかっています。自業自得ですから。それでもわたくしは、こういう人間としてしか生きられないのです。
「マレーナ。顔色が良くないが、大丈夫かい?」
お兄様が気遣ってくださいます。わたくしに対して二言目にはお説教の、お兄様が。
「いいえ、大丈夫ですわ」
「まぁ、また船旅だからな。くれぐれも無理は…………あ、おはようございます。ギアン殿下」
振り向くと、ギアン様が広間に入ってくるところで…………わたくしを一目みて、顔色を変えました。
……ああ、あなた様はわかるのですか。
ずかずかずかと近づくと、わたくしの両肩をつかみます。焦りと怒りに満ちた恐いお顔。リリスに嫌われますわよ。
「…………彼女は?」
恐らく感情は猛っているのでしょうが、それでも冷静でした。
わたくしたちにしか聴こえない大きさの声で、言ったのです。
「ど、どうなさったのです、ギアン殿下……!」
「ご無沙汰しておりますわ、殿下。マレーナ・ファゴットです」
小声でわたくしはギアン殿下にささやきます。
「リリスは近くに隠れております。この朝、この場だけは、どうしてもわたくしマレーナでなければならなかったのです」
「…………どういうことだ?」
「……間もなく……わかりますわ。ほら、宮殿の中が騒がしくなって参りましたわ」
――――さっと、ファゴット家の一同の顔をわたくしは見ます。
戸惑った顔ですが、ここにいるわたくしが、リリスではなくマレーナであったことは一同理解をしたようです。
「…………ことが終わればリリスを連れ戻しますわ。あと、少しだけお待ちください」
そうわたくしがギアン殿下にささやいた、その時。
「お、お待ちください!!」
「我が弟の婚約者にけちをつける気か、無礼者!!」
大公殿下とお付きの方のお声にまじり、「ですからそれが大きなペテンだと申し上げております!!」という乱暴な声が。
ベネディクト王家の重臣の1人の声です。
無遠慮にその重臣――お父様より少し年上の男性です――が広間に入ってくると、わたくしを指差して声高に叫びます。
「――――このマレーナ・ファゴットは、偽者なのです!!!」
その殿方の後ろには、わたくしの『協力者』の方々がいらっしゃいました。
「な、何をおっしゃるのです……!?」
「ファゴット侯爵。あなたは恐ろしいお人ですなぁ。娘をこのレイエス大公家のギアン殿下の婚約者としながら、王太子が交代して婚約者がいないとみるや、娘をそちらに接近させ、ギアン殿下にはそっくりな偽者を嫁がせようなどと」
淀みなく『協力者』の方は語ります。
「ここにいるマレーナ・ファゴットももちろん替え玉、本物は、ふしだらにもただいま王太子殿下の外遊に同行しているからなのです!!」
「証拠はあるのか?」
さっさと終わらせて外に放り出したいといったなげやりな態度で大公殿下が声をおかけになります。
「はい!! マレーナ・ファゴットが替え玉に使ったのは、リリス・ウィンザーという元女優です。数か月前に女優仲間に大火傷を負わされて引退いたしました。その火傷のあとが!!この女の右肩にあれば!!間違いなくそれはマレーナ・ファゴットではなくリリス・ウィンザーのあかしだと……」
「ずいぶんと失礼なほど人を呼び捨てになさるのですね」
わたくしはさっさと、胸元のボタンを外すと、右肩をめくってみせました。羞恥など男が女を支配するための道具。今は捨ててしまいましょう。
わたくしの肩と二の腕を見つめ、重臣と『協力者』たちは呆気に取られたような表情になります。
「――――わたくしの肌のどこに、そんな火傷があるというのです??」