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◇40◇ 最後の夜に

   ◇ ◇ ◇



(今日の夜で最後かぁ…………)



 私はずっと笑わないマレーナ様のふりをしてきたけれど、それでもレイエスでの滞在は、とても楽しくて心が踊るものだった。


 それだけ心尽くしのもてなしをしてくださっているその国の皆さんには、申し訳なくて胃がきりきり痛んだりもするのだけど、それでも、楽しかった。



 最後の晩餐もとても美味しくて、大きな海老のぷりぷりの身がなんとも素晴らしくてたまらなかった。



(それでも、今日で終わり。

 明日の昼に迎えにくる船に乗れば……私のこの島での仕事も終わり)



 ギアン様ともこれでさよなら。


 どうか、願わくば、マレーナ様がめっちゃ反省をしてギアン様と仲良くしてくれますように。



 そう思いながら食事を終えた。

 入浴を終え、ゆっくりと休んでいると、自然と言葉少なになっていく。

 楽しい時間はいつか終わるものだ。感傷的になっても仕方ないのに。



「リ……マレーナ様、お外、ご覧になりませんか?」


「外?」


「ほら、お月様。ものすごく綺麗じゃありませんこと?」


「あ、ほんと。満月ですわね」



 海に浮かぶ満月。綺麗だ。

 海のそばで見たら、もっと綺麗なのかな……。


 窓から身を乗り出して月を見る。


 すると、コンコン、と、ドアがノックされた。



 私は自分の格好を見る。寝間着だ、人に会う格好じゃない。



「断ってまいりますね」


「待って」思わず、シンシアさんをとめた。



 確信があったわけじゃない。ただ、あの人だったらいいのにと思っただけだ。

 上着を羽織り、とりあえずの体裁を整えると、私がドアを少し開けた。



「……少し良いだろうか」



 ギアン様が、そこにいた。



「遅い時間ですけれど、どうなさったのです」


「一緒に月を見ないか?」


「……え」


「月が綺麗に見える場所に、貴女を連れていきたい」


「……少しだけ、着替えをお待ちいただけますこと?」



 断るという選択肢は私にはなかった。

 シンシアさんに目を向けると、こくっ、と、彼女はうなずいた。



   ◇ ◇ ◇



「…………ああ、ここは、“血闘海岸”なのですね。

 あの宮殿のすぐ下だったなんて」



 昼間用の外出着だけど、着替えて、私はギアン様と徒歩で外に出ていた。


 こんな時間だから馬車なんて使わないだろうと思っていたけど、結構な距離を歩いたはずなのにまったく遠いとは思わなかった。

 むしろもっと遠くても良かった。

 それだけ長くギアン様と一緒にいられるから。



「…………砂浜に、入るか?」


「え?」


「このまえ、本当は自分の足で入りたかったのだろう?」



 危険だ、と、直感した。

 言葉にできないけど、このまま、この誘いに乗ることは危険だ。だけど。


 月があんまり綺麗だったから。何かにあやつられるように、私は、片方ずつ、靴を脱いでしまった。

 靴下を脱いで、砂浜に足を踏み入れる。


 裸足が踏みしめる砂浜。ぬるい温度と、なんとも言いがたい感触。そして解放感。マレーナ・ファゴットからリリス・ウィンザーに還ったかのような。



「……行こう」



 ギアン様が差し出す手を、取った。

 空いた手でスカートを少し持ち上げながら、月明かりの砂浜を歩く。



「……貴女とともに過ごせて、本当に楽しかった」


「いえ、こちらがもてなしていただいてばかりでしたわ」


「そんなことはない。貴女がいてくれたから。

 ……いや、あの夜会の夜からだな」



 ギアン様が、足をとめた。私は海に浮かぶ月を見つめる。宮殿の部屋よりも近く、海にその姿を映している月。



「あのとき、姉の命を救ってくれてありがとう」


「いえ、そんな……」


「それから……レイエス人もベネディクト人も優劣はないと言ってくれて、ありがとう。

 単純な話だが、嬉しかったのだ、とても。

 それから、それから……」



 ギアン様は、少し言葉を詰まらせる。

 歯を食いしばるような表情……涙をこらえている?


 ギアン様の手が、ぎゅう、と、私を抱き締めた。



 もう私は、異変に気づいている。



「夢を見せてくれてありがとう」



 私の部屋を訪れてから、ギアン様は一度も、私を“マレーナ”と呼んでいない。


 こらえかねたのか、私の頬に、ギアン様の涙が落ちる。



「最後に、貴女の本当の名前を教えてくれ」



   ◇ ◇ ◇

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