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◇29◇ 死んでなお、私を縛る人

   ◇ ◇ ◇



 劇団に行って、母が死んだことを知らされて帰ってきた日。

 言葉にできない感情が渦巻きすぎて、気がついたら夜になっていた。


 あまりにショックすぎて、シンシアさんやマクスウェル様や奥さまが交代で私を見てくれていたということにも、ようやく正気になってから気がついたぐらいだ。


 …………ペラギアさんは、

『ラミナの凶行の原因になった貴族について、引き続き調べてわかったことがあったら教えるわ』

と言った。


 たくさんのことが頭をぐるぐるして、考えがついていかない。


 少し気になったのは、マレーナ様も出かけて帰ってくるなり部屋に閉じこもってしまったことだ。

 マレーナ様にも何かあったんだろうか……。



   ◇ ◇ ◇



 そして数日後。


 卒業式から不思議と少し間が空いて、ギアン様が久しぶりにファゴット侯爵邸にいらっしゃることになった。

 以前までのペースと比べると、ずいぶん日数が空いたなと感じる。



「……マレーナ様。ギアン様にお会いできますか?」



 あれから学校にも行かず部屋に閉じこもり、ベッドの上でうずくまるマレーナ様に、なかば無理矢理私は声をかけた。

 マレーナ様は首を横に振る。



「では、ご体調がお悪いということで、お断りをしましょう?」


「……………………」


「もう、いいですよね? 私の身代わりは」


「……だめ」


「マレーナ様?」



 弱っているマレーナ様は、それでも意思表示をする。



「…………お願い、完璧なわたくしを演じてきて。

 ドレスは、どれを着てもいいわ」


「マレーナ様……」



 自分の感情を自覚した私は、本音を言えば、マレーナ様に扮してでもギアン様に会い、話したかった。

 あのギアン様の琥珀色の瞳で見つめてほしかった。

 少しは回復したとはいえ、気持ちはまだぐちゃぐちゃで、ギアン様に会って癒されたかった。


 そう、そんな感情があるから厄介だ。



「…………わかりました」



 演じるからには完璧に。

 私はうなずき、ドレスを選ぶことにした。



   ◇ ◇ ◇



 午後、やってきたギアン様は、いつもと少し様子が違った。

 私を見つめているのは同じ、だけど、妙に観察をしてくるような。



「今日は百合の花にした。気に入ってくれるだろうか?」


「いつも素敵なお花をありがとうございます」



 清廉な印象の白百合もとても綺麗だった。

 私はいつものようにその場でシンシアさんに渡す。

 その花を受け取ったメイドさんがすぐに生けてくれる。



 お茶の席についても、ギアン様はいつもと違った。

 “私”への一生懸命な褒め言葉を並べることなく、率直に



「実は今日は、見舞いのつもりだったのだ。

 卒業式以来、学園を休んでいると聞いた。

 身体は大丈夫なのか?」



と、聞いてきた。


 卒業式以降も学校あったんかい、とマレーナ様に内心突っ込みたい。

 まぁ、1、2年生だけなんだろうけど。



「……そうですわね、まだ、具合がいいとは言いかねますが」


「つらいことがあったのか?」


「え」


「こどもの頃のマレーナは、よく、つらいことがあると体調を崩していた。

 それでいて、具合が悪いのにそれを隠して、完璧な態度で振る舞っていた。

 私はよく当たられたが」



 そうだったのか。

 ギアン様からマレーナ様のこどもの頃の話を聞くのは珍しい。

 そうか、当たられたのか。



「ご心配をおかけしたうえに失礼なことまで申し上げて、子どもの頃のことは申し訳なく思っておりますわ」


「……いや、すまない。

 私はマレーナの身が心配なだけなのだ。

 つらい目に遭っていないか、苦しんでいないかと」



 良心、めちゃめちゃ痛い。



「質問に戻るが、つらいことがあったのか?」


「…………お話しするようなことではございませんわ」



 マレーナ様が現在進行形で直面しているらしい『つらいこと』が何なのかはわからない。

 もしそれが意中の人に振られたとかなら、なおさらギアン様には言えない。



「そうだろうか。

 学校を休むほど苦しむなら、それは小さなことではないのではないか」


「…………」



 無意識に心の多くを占めていたのだろうか、その時、口が勝手に動いた。



「ある人を……亡くしたのです」



 なに言ってるんだ、私は。



「大切な人だったのか?」



 ああ、ギアン様食いついてしまったじゃないか。



「…………大切だと思うべきなのでしょうが、大嫌いな人でした。

 憎んでいたと、思っていました。

 きっと死んだら、せいせいするのだろうと」



 母がああなったのは、おそらく父のせいだ。

 私を金づるとしか認識していなくて、暴力癖があり、都合が悪くなったら母を棄ててどこかに行き、都合が良くなったら帰ってくる。そういう人だった。


 間違いなく私を育てていたのは母だったのに。

 父以上に、私に近かった母のことを憎んでしまっていた。父が悪いはずなのに。


 そういう自分が、嫌だった。



「こんな話はご不快ですわね。やめましょう、別の話を」


「いや、聞きたい。聞かせてくれ」


「…………お相手の名誉があることですので、詳しくは言えないのです。ですから、本当に断片的な、わたくしの気持ちばかりの話になりますわ」


「それでいい、それが聞きたい」


「……………………」


 良いのだろうか。

 私が、私の母のことを彼に話しても。

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