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◇20◇ 謝恩パーティーを見学するはずが。

   ◇ ◇ ◇



「……ここですか! マレーナ様とギアン様が通っている王立学園って」



 卒業式当日だというその日。


 変装して侍女に扮した私は、マレーナ様やシンシア様とともに馬車に乗って、学校というよりも宮殿みたいな建物が並ぶ敷地に入った。



「控え室を確保していますの。

 式典に制服で出席したあと、控え室でドレスに着替えますわ」


「結局、ギアン様からのドレスのプレゼント、お手紙でお断りしたんですね」


「――何か文句があるのかしら?」


「いえいえ。

 マレーナ様自身が決めて、マレーナ様がご自分でお断りしたなら、私は何も異存はないです」



 そこに私が介入するのがおかしいというだけだ。



 ……相手のあることだ。

 だからこそ、どうしても駄目なら早めに婚約解消を申し出ることも誠意なんじゃないのかなと、私は思う。

 ただ、貴族にとって婚約解消で名誉が傷つく……というのが、どれぐらい大変なことかはわからない。


 一方で、直接会って話すなかで、マレーナ様のギアン様への気持ちが変わる可能性もあるんじゃないかなって希望も私は捨てきれない。

 ただ、それがうまく行ったら行ったで、他の男性との結婚を目論んでいた事実に若干もやっとする思いは残るだろう。



(人間の心の中のことなんて、周りには何もどうこうできないんだよね、結局)



 少なくとも今日が問題なく終わるように、私はサポートに徹しよう。


 そう思ったら、一瞬だけ、ちくりと胸が痛んだ。良心の呵責(かしゃく)、だろう。



   ◇ ◇ ◇



 午前中の式典が終わって、控え室にやってきたマレーナ様はドレスにお着替えした。

 シンシアさんはじめ、侍女の皆さんの手際はすごく、女子学生らしいたたずまいだったマレーナ様を、ものの見事に華やかで美しい貴婦人に仕立て上げた。


 けれど、マレーナ様は浮かない顔だ。



「……どうかしました?」

「なんでもありませんわ」



 ため息をついている。

 卒業式で何かあったのかな?


 マレーナ様が出ていくのを見送る。

 待機しているのも暇なので、3階にある控え室の窓から、私は会場をこっそりと覗いてみた。



(わぁ……綺麗)



 それは、華やかなドレスや盛装の男女が入り乱れる、ガーデンパーティーだった。



(ドレスの色、新緑のなかにいろんな色の花がまざって咲いてるみたい。

 上流階級の世界だなぁ……)



 見ているだけで、ため息が出る。

 いや、もちろん大公家の夜会も本当に華やかで素敵だった。

 ただ、あのとき私はあの舞台での『演者』のつもりだったから、『観客』としてその華やかさを味わう余裕はなかった。



「気になります? リリス様」



 いつの間にかシンシアさんが隣に来ていた。



「あ、いや、その……」


「私も、1回くらいこういう場に出てみたかったですねー。もう23だからいろいろ遅いですけど」


「そんなこと言わないでくださいよ……私の役者仲間で23から演劇の世界に来た人もいますよ?」


「なかなかね……難しいです。あ、リリス様。あれですよ。奥さまがおっしゃってた王太子殿下」


「あれ、ですか?」



 遠目でよくわからないけど、その中で、一人の若い男性が一際たくさんの女性たちに囲まれているようで、それをシンシアさんは指差している。


 その人の輪に入ろうとしている女性がいる……あれはマレーナ様?


 だけど、囲まれている男性に何か言われたのか、すごすごと後ろに下がっていく。

 気落ちした様子。

 いったい何があったの?


 そのあとしばらく、マレーナ様は、人の輪の中央にいる男性に話しかけるタイミングを狙っているようだったけど、男性は明らかに意図をもって歩きながら、ほかの男女に声をかけていく。


 動いたら、顔が見えた。

 銀髪の、瞳の色はわからないけど遠目に見てもひどく美しい男性…………。



「あれが王太子殿下……ですか」


「ええ。これはたぶん、卒業生に順番にお声をかけてる感じですねぇ」



 黒髪に褐色の肌の女性が王太子殿下に寄り添い、周囲の人間の流れをさばいている。

 心なしかマレーナ様が……その女性をにらんでいるような?



「そうだ。リリス様。お飲み物はいかがですか?」


「はい! ありがとうございます!」



 意気消沈したようなマレーナ様が気になったけど、窓に張り付いていても仕方ないので、私は窓から離れて、お茶をいただくことにした。



   ◇ ◇ ◇



 事件が起きたのは、それからしばらくあとのこと……頃合い的にはギアン様と合流して1時間はたったであろう頃だった。



「……大丈夫ですわっ」

「しかし、顔色が悪い。医務室に」

「控え室で十分ですの。失礼いたします」



 廊下の方で男女の声が聴こえると思ったら、バン!と控え室の扉があいて、よろけるようにマレーナ様が入ってきた。

 と思ったら、すぐに扉を閉める。



「どうしました?

 何かありました?」



 額には脂汗がにじんでいる。

 明らかに具合が悪い。



「…………本当に、いつもいつも間が悪いったら……」


「え?」



 さっとシンシアさんが駆け寄る。



「お嬢様。月のものの痛みですね?」



 慣れた様子でシンシアさんは、マレーナ様のドレスのひもに手をかけ、ほどき始める。



「マレーナ様、月のものだったんですね?」



 全然気がつかなかった……。



「お嬢様、コルセットが前開きでまだよかったですね、留め具はずしますよ…………ところで婚約者様は?」


「控え室の……外で……」



 ギアン様が控え室まで連れてきてくれたのか。


 ドレスを脱がされ、コルセットをはずされたマレーナ様は、肌着姿でソファに横たわった。

 私はその身体に毛布をかける。


 生理中なのに、無理してコルセットで身体を締め付け、パーティーに出て具合を悪くしちゃったのか……。

 少し責任を感じてしまった。



「これは……マレーナ様、しばらくお休みにならないと駄目そうですね」



と言うと、シンシアさんもうなずく。



「さすがにもうパーティーの方には戻れないでしょう。お嬢様、私、婚約者の方にそのようにお伝えしますね」


「だ……だめ、ですわ……」


「どうしたんです?

 仮病じゃなく具合が悪いんだから、もう仕方ないでしょう?」


「ギアン様が……さっきから医務室に行けと……うる、さいの……。月のものだなんて……殿方に、知られるぐらいなら、死んだほうがマシ……」


「……なるほど? いやでも、医務室行ったほうが??」

「そうですよ、月経は何も恥ずかしいことじゃないですし」



 首を強く横に振るマレーナ様。

 貴族令嬢の感覚、わからない。

 こんなにしんどそうなのに。

 月のものだとそんなに知られたくないもの?



「────ギアン様を安心させた方がいい、と?」


「……ええ」


「残り時間どれぐらいです?」


「1時間と少し……ですわ」


「シンシアさん」


「大丈夫です、ばっちり同じに仕上げて差し上げます」



 せっかく、マレーナ様ご本人がギアン様と話す機会だったのに。

 それとも、ここまでの時間で少しでも話せたのかな。

 私はため息をついて侍女のお仕着せのボタンをはずし始める。



「では、代役務めさせていただきます」



   ◇ ◇ ◇


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