◇18◇ 【マレーナ視点】平民女優の反旗。
◇ ◇ ◇
「どう考えても、ご学友がたくさんいる中でのあなたの替え玉は絶対に無理ですよ。卒業式の日にはマレーナ様が出てください。ギアン様と一緒に」
……と、強調してくる平民女優。
わたくしは思わず舌打ちをしてしまいました。
(冗談ではありませんわ。クロノス殿下が外遊される前にお会いできる、最後の機会ですのに……)
「舌打ち聞こえてますよ? 聞いていますか? 私が替え玉で出席して、みんなにバレてしまってもいいんですか?」
「……わきまえなさい、平民が」
「私がわきまえても事実は変わらないです。
つまり、卒業式にも謝恩パーティーにも、あなたが出なければならないという事実は」
(もちろん出るつもりでしたけれど、ギアン様となんて……)
そうしたら謝恩パーティーの間、ギアン様はわたくしを解放しないでしょう。
クロノス王太子殿下とろくにお話しすることができませんわ。
わたくしたち在学生が出席できるのは、卒業式と謝恩パーティーの昼の部のみ。
(夜の部は卒業生と、その婚約者だけが出席できるのです)
式典は制服で出席、謝恩パーティーは卒業生のみ盛装に着替え在学生は制服で……というのが原則ですが、
『慕う先輩の卒業に祝意を示したい』『意中の方にアプローチしたい』
などの理由で在学生が盛装をすることも黙認されておりました。
(今年はクロノス殿下の異父弟君がご卒業される年。必ず殿下は謝恩パーティーまでいらっしゃる。そしてこの出席直後に殿下は国をお出になって、1か月お戻りにならない……)
クロノス殿下には、絶対にパーティーではお会いしなければならない。
ですが、ギアン様連れでお会いすることになればアプローチとしては逆効果でしょう。
さらにご挨拶ぐらいしかできなくなってしまいます。
また、ギアン様とともに会場を歩かなくてはならない……。
皆にその姿を見られることになるのです。
といって、お断りをしても不自然でしょう。
これをどう切り抜けるべきか。
「……マレーナ様。
ギアン様はいい人です。
意中の相手がいるあなたには邪魔者に思えてしまうのかもしれませんが、どうか、ちゃんと、あの人をまっすぐ見てあげてくれませんか。
婚約は2人のものなんですから」
「ずいぶん肩入れしますのね」
「しますよ。だって、筋道とおってるのはギアン様の方ですもん」
「………………………………」
この者、本当に生意気で無礼。
おまけにわたくしと張り合うぐらいには口も達者。
そして同じ顔をしているのに、わたくしにはない強い眼。
気を抜くと心が揺さぶられそうになります。
……女優として観客を虜にしてきた人間の技なのでしょうか。
「…………わかりましたわ。
卒業式、それから謝恩パーティーはわたくしが出ますわ」
リリスはホッとした顔を見せました。
「ただし、2つ条件がありますわ。
1つは謝恩パーティーの最初の方はわたくし単独でご挨拶したい方がいらっしゃいますの。
ギアン様とは途中から合流とさせていただきます」
「はい。それでもちゃんとマレーナ様が出られるなら私は大丈夫です」
「もう1つの条件は……念のためあなた、侍女たちに紛れてついてきてくださる?
最近ギアン様とお話ししたことなど、記憶が怪しくなったら確認をさせてもらいたいのです」
「それぐらいでしたら問題ないです。
マレーナ様に似てるとわからないように変装していきますね」
「……変装……?」
変な格好はやめてほしいところですが。
ただ、とにかくこれで私ひとりで行動できる時間を確保いたしました。
その時間に 王太子殿下にご挨拶し 私を印象付けましょう。
ギアン様とは、公衆の面前でそばにいるのは極力短時間に絞りましょう。
あとは体調が悪いとでも言って人気のないところで休み、その間に少しでも話をすれば、『謝恩パーティーで婚約者とともに過ごした』という思い出ができて満足するのではないかと思います。
昔から、そういう何も役に立たない思い出を作るのが好きな方でしたから。
「…………それでは、卒業式の日はよろしくお願いいたしますわ」
そう言いながら私は、 もう少しこの女の使い方をよく考えなければならないと思いました。
思いがけないことが起きていたからです。
◇ ◇ ◇
「 マレーナ様。
今日もお手紙があちらからまいりましたわ!!」
「こんなにも麗しくて素敵なマレーナ様が、あの野蛮な国に嫁がれるなんて……わたくしたち残念ですわ」
今日。学園の教室にはいるなり、同情めいた声を〈淑女部〉の友人たちがかけてきました。
王立学園の中では男女別学。
〈淑女部〉〈紳士部〉の婚約者同士が会う際は、互いの教室へ使用人を使って手紙を送りあい、約束をし、図書館やティーラウンジなどの共有領域で待ち合わせることになります。
そう、それがちかごろのわたくしの悩みの種でした。
ギアン様が最近私にちょくちょく、ティーラウンジや図書館で会おうと誘いの手紙を送ってくるようになりました。
それを目ざとく級友が見つけてしまうのです。
以前よりもずっとその頻度が増したのは、リリス・ウィンザーに私の替え玉をさせるようになったためでしょう。
「わたくしは気にいたしませんわ。
いずれ結婚するのは紛れもない事実ですもの」
と、建前を口にしますと、
「……ああ、貴族令嬢の鑑のようなマレーナ様が、なぜあんな国に」
よよよ、とわざとらしいなきまねまでしてきます。
…………人口は少なくとも強い軍事力を持ち、公益の拠点であり、農産物海産物いずれも豊かで、金銀や資源にも恵まれている。
それでも民族が違うというだけで、ベネディクト王国の貴族たちからは無条件で一段低くみられてしまう。
それがわたくしの婚約者の国。
それでも未来の大公妃でしたら……身分ではベネディクト王国の王族に次ぐ地位となれましたので、友人たちもこんな無礼な同情はしなかったでしょう。
「マレーナ様があのような婚約から逃れる方法はないのかしら?
わたくし、父にも相談しているのですけれど……」
わたくしよりも身分の低い令嬢に言われるほど、不愉快なことはありません。
薄ら笑いのあわれみの言葉を受けながら、わたくしは、ギアン様に静かな怒りを燃やしました。
◇ ◇ ◇
(────その上、なぜか、王太子殿下にはずっとお会いできていませんわ……)
思い悩み、ため息をつくわたくし。そこに、コンコンというノックの音がしまして、
「――お嬢様」
と、『協力者』の侍女が声をかけます。
「お入りなさい」
「はい、お嬢様────明日、学園の放課後、王宮でのお茶会にご出席くださいと────我が主人からの言伝にございます」
『協力者』の方々からのお誘いですわ。
そういえば、リリス・ウィンザーの身辺調査も依頼していたのでした。
(何か、『協力者』の方々から良いお知恵をお借りできるかもしれない)
わたくしはそう思いながらうなずきました。
◇ ◇ ◇