#5 新たなクラスメイト
昨日は、普通の日曜日だった。今日だって、普通の月曜日だった。朝ごはんの目玉焼きにソースをかけて食べ、惰眠を貪る兄さんを起こして、クラスメイトにおはようって言って。授業を受けて、お昼ご飯を食べて、また授業。だけど、放課後だけが違う。窓の向こうに見える透き通った青空を見ながら、私はボケッとした。
(何なの、この放課後ループ)
2016年の7月11日。平凡な学校のあり触れた放課後は、どうして繰り返されるのか。何故そんなことができるのか。
分からない。――分からないけど、ここから私は帰りたい。胸の奥から奔ばしる感情のまま、席を立つ。がたっと派手な音がして、みっちゃんと武藤さんがこちらを向いたのが見えたけれど、勢いのまま私は教室の扉の前に立った。扉の近くには宇都宮くんの席があるけれど、彼はこちらをちらりとも見ない。
でも、それでいい。
ここに居たい。家に帰りたくない。私はそんな彼の気持ちが分からないから。
今まで教室ばかりだったし、外に出てみよう。そう決めて、扉の取っ手を引く。2年2組の教室の扉は、ちょっと引っかかただけでスルスルと開いた。廊下は誰も居らず、隣の2年1組と2年3組からも人の気配がない。まずは二階から、探してみよう。
「……」
廊下側から、ガラッと教室の扉を開けてみる。時計の針は、5時58分を指していた。2年2組の教室の人数は、井岡くんが増えて六人になっている。
二階を隅か隅まで調べてみたけれど、誰も居ない。先生も生徒も一人も居ないのは不自然すぎる。私がとりあえず席に戻ると、みっちゃんがやって来て私の正面の席に座った。
「律、おかえり。急に出て行ってどうしたん?」
ちょっぴり眉を寄せ、心配そうな顔をするみっちゃんに話すかどうか迷っているうちに、またチャイムが鳴って――。
――キーンコンカンコーン……
みっちゃんと宇都宮くんに手を振り、ガラリと教室の扉を開ける。お花摘みに出てきたことになっているので、廊下を歩きながら、私のは渋面を作った。武藤さんに若干引かれながらも、ごみ箱の底や壁かけの時計の裏……2年2組の教室を隅から隅まで探してみたけれど、何もなかった。それならばと宇都宮くんと井岡くん以外の人に、一回のループごとに一人ずつこっそり話を聞いてみたけれど、特に何も知っている人は居らず、井岡くんはいつも5時50分に教室に来てすぐに寝てしまうため、ほとんど話す時間がない。
「放課後ループ、今回で9回目かぁ」
時間にすればまだ9時間。諦めるには早すぎるのだけれど、私は廊下の真ん中で頭を抱えた。
宇都宮有住が、あからさまに怪しい。露骨に怪しい! でも聞きたくない!
手近な窓を開けて、深呼吸する。窓の外には青空やグラウンドではなく、また別の校舎が見える。戸西高校の校舎はいわゆるコの字型校舎だ。私が今居る棟に教室があり、向かいの棟には音楽室や家庭科室、理科室や、文科系の部室などがある。
「あっちも居ないみたいだなぁ……」
そよそよと風が吹く。ちょっと涼しい。
「とりあえず、こっちの棟を探してみて――あれ?」
向かいの棟の二階の隅。昼間でも日傘を差したような暗さがあると定評の音楽室。その音楽室から、二人のクラスメイトが顔を出す。一人は、丁寧に整えられた姫カットな黒髪にすらりと背の高い美人。もう一人は、綿あめのようにふわふわした癖を持つ淡い紅茶色の髪の背の低い美少女。
2年2組のクラスメイト。佐伯さんと戸田さんである。
「佐伯さん、戸田さーん!」
窓から身を乗り出して手を振ると、姫カット美人――佐伯涼香が、目を剥いた。
「あなた、何をしていますの!?」
「そこで待ってて!お願いします!」
「もう一度言いますけど、いったい何をしてるか分かっていますの!?」
「すずかさん……くーる……そーくーる……」
戸田由愛さんが、ぽんと佐伯さんの肩を叩く。正確に言うと、戸田さんは両手に抱えた六十センチくらいのたぬきのぬいぐるみの片手で、ぽふと佐伯さんの肩を叩いた。すると佐伯さんは眉を寄せ、腕組して押し黙る。ちょっと落ち着いてくれたようだ。今の内にと渡り廊下を通って向かいの棟に渡る。音楽室の前にたどり着いた時には、佐伯さんは腰に手を当て仁王立ちしていた。
「……で? あそこで、何を、されていたんですの?」
冷ややかな眼差しに、背中に冷ややかな汗が垂れる。佐伯さんとのことを忘れたわけじゃない。そうじゃないけど、今だけは忘れていたかった。
――佐伯さんと出会ったのは、戸西高校に来る二年ほど前。中学三年の時のクリスマスだ。みっちゃんの家のクリスマスパーティーに招待され、プレゼントとターキーを持ってやってきた私を待ち構えていたのが佐伯さんだった。
『加納くんならまだしも、こんな方と付き合っていたら、レベルが下がりません?』
いきなりの先制パンチ!怒るみっちゃんと、フン!と鼻を鳴らす佐伯さん!鳩に豆鉄砲状態な私!そうしてワラワラと集まってくる宮島家の弟妹!……みたいな感じで、最悪の初対面だった。佐伯さんからは後に謝罪を受けたけれど、どうにも私が気に障ってしまうらしく、お互いなるべく不干渉を心掛けていた。
(佐伯さんの対応はちょっと理不尽だけど、分からなくもないんだよね)
何故なら佐伯さんは、みっちゃんの幼馴染。佐伯さんから見れば、私はぽっと出ててきて自分の大事な友達にちょっかいかけているよく分からないヤツなのだ。だからと言って、聞かれたことを答えぬわけにもいかない。私は慎重に口を開いた。
「何って……ええと……佐伯さんと戸田さんを見かけたから?」
佐伯さんの眉間にシワが寄ってゆく。これは相当に怒っているぞと身構えていると、佐伯さんは声を荒げた。
「だから……だからって! 窓から落ちたらどうするのです。心臓が止まるかと思いましたわ!」
「ご、ごめんなさい」
「あなたに何があったらと考えると……わたくし……っ。わたくしの気持ちにもなってくださいませ!」
ふるふると身を震わせる佐伯さんは、怒っているというよりは心配しているようだ。彼女の目じりに涙が浮かんでいるのが見えて、軽い混乱状態に陥ってしまう。オロオロとする私とクッと歯噛みする佐伯さん。そんな二人を見ていた戸田さんが、たぬきを胸に抱いて忍び笑いを漏らした。
「りつさんと、すずかさん、仲、いいです……。はうびゅーてぃふるいっつはぶぐっとふれんず、ですね」
「何を言っているんですの!?」
きっと眉を吊り上げる佐伯さん。戸田さんが、何を言っているか分かんないけど、たぶん仲がいい友達って言われている!
「え? うん、そ、そうかなぁ」
「当たり前ではないですか」
竹を割ったようにまっすぐな言葉が、佐伯さんの唇から零れ出る。ポカンと口を開けた私に、佐伯さんは早口で言った。
「記憶力は悪くないのにいつも試験はいつも平均点、運動能力は悪くはないけれど走りすぎて倒れるタイプ、性格は可もなく不可もなく毒にも薬にもならない平凡な人間ですけど!」
一拍の間を置いて、佐伯さんは言い切った。
「友人の為に怒ることができ、思い込みも強いですが思いやりもあり、困っている人に自然と手を差し伸べられる人ですから!」
佐伯さんの言葉に、戸田さんが微笑む。そうして後ろ手で持っていたたぬきのぬいぐるみを、ゆらゆら揺らしてウンウンと頷いていた。
「もしかして、佐伯さん――」
「な、なんですの? わたくしがあなたを褒めて、おかしいなんてこと」
「具合、悪い? 保健室いく?」
大輪の花のように華やかな笑みを浮かべ、佐伯さんが固まった。