人魔共和国(ニムさんち)の結婚事情 次男の場合
俺が王子として生を受けた人魔共和国は、母の代で興した新興国で、王子という立場にあんまり意味はない。
というか、王政である意味がわからない。
騎士団長は元勇者だし、魔術師団長は元魔王だし。その下にいるのは団長たちの人柄やカリスマ性に惹かれてよそからやってきた猛者ばかり。
軍事力……と言うべきか?こと戦いに関しては個人の力量がえげつないほど飛び抜けてるもんで、戦争を仕掛けられたこともなければ、内乱が起こる気配もない。
至って平和なこの国で、俺は兄貴のスペアとして日々過ごしている。
なにしろ、仕事を嫌がって脱走するのが日常の母の血を引いているのだ。兄貴が逃げ出さないとは言い切れない。まあ、それは兄妹全員に言えることだが。
そんな兄貴だが、どうやら侍女に片思いしているらしい。婚約者候補だったふたりのご令嬢にフラれた後、めちゃくちゃ頑張って外堀を埋めたとか。「本人に聞く前に全部揃えちゃう辺りがビューウェルの子だわ」と、母はゲラゲラ笑いながら結婚許可証を発行してた。いいのか、それで?
「まあ、本気で嫌なら陛下が逃がすだろうから、いいんじゃないか?女子供にはめっぽう甘いからな、うちの陛下。ね?」
と言うのは、父の言だ。晩酌中の父は上機嫌でウィスキーをちびちび舐めている。
兄妹は五人、父親は三人。どうしてこうなったと思わなくもないが、その辺りは大人の事情だそうだ。
なので、俺の父は兄貴の父ではない。
兄貴の父は王配で、俺の父は宰相だ。母は一体どうバランスを取ったのか、王配、宰相、王配、宰相の順に息子四人を産んだ。
末っ子の妹だけは後から迎えた将軍の子だが、幸い母親似の人間らしい顔と体つき(でも角があるし体力お化けだ)をしている。
ある程度成長するまで、幼い頃に見たウェディングドレス姿の将軍がトラウマだった俺は、妹がああなってしまったらどうしようと恐々としていたものだが、杞憂で終わって本当に良かった。
「ところで、ライトは結婚式どうする?エメはタキシード着るらしいけど、お前はドレスを着るの?」
クラッカーに生ハムを乗せて口に運んでもらいながら、母は特大の爆弾を落としてくれた。
王配はご機嫌で膝に乗せた母に餌を与えている。獅子の顔に羊の目と角を持ち、筋骨粒々の逞しい将軍は、何故か母の椅子になっていて、時々動く母を落とさないように体の位置を調整している。
目の前の光景だけで慣れない相手は目を回すだろうが、伊達に彼らの息子を二十年やってない。女王の私室で夜な夜な繰り広げられる意味不明な光景だって見慣れたものだ。
だがしかし。
「なんでだよ!ドレスは女が着るものだろ、ツキだってどんなのにしようってはしゃいでたし……それに、俺は変態じゃない」
「「「好きで着たわけじゃない!!!」」」
ちろっと父親たちを見れば、結構な勢いで返された。将軍に至っては力みすぎて母がバランスを崩していた。父は肺腑がひっくり返るんじゃないかってくらい重いため息をついて、こめかみを押さえた。
「うちは新興国で、国内外の反発を押さえる目的での結婚だったからな。理由のひとつとして、私の祖国と、ビューウェルの国が女王を通じて繋がるという体裁を取りたかった」
「それが、当時俺の祖国を狙ってた国への牽制になったからね。衣装の手配だけは陛下が自分でするって聞かなかったから、俺たちは採寸だけして当日にフィッティングしたんだけど……」
「まさか、あんなことをされるとは。……シダーウッドは完全なとばっちりだ、すまん」
「……」
将軍は遠い目をした。
結婚式の後、部下からの信頼を取り戻すのが大変だったらしい。主に性癖的な意味で。
その壮大なイタズラを、諸外国の重鎮が集まる場で決行した本人は至ってけろりとしたもので、ワインの水のように流し込みながらにっこり笑って更なる爆弾を落とした。
「ツキちゃんがドレス着たいなら、いっそふたりでお揃いのを作ったらいいんじゃないかな?」
「…………酔ってるな?」
「いつの間にか空ですよ。油断も隙もない」
「そろそろ寝た方がいい」
父がボトルを遠ざけ、王配はグラスを取り上げた。将軍は立ち上がり、母を落とすことなく姫抱きにしてベッドに収納した。見事な連携プレーだ。
結局、俺の結婚については一旦兄貴が落ち着いてからということになった。
それから一月、俺はこの夜の母の発言は酔った上での戯れ言だと綺麗さっぱり記憶から抹消していた。
ところが……。
「ライトはどんなデザインが似合うかしら?背が高いし、痩せ型だから……ああ、でも私とお揃いにするならふたりとも似合うものを選ばなきゃいけないのね。難しいわ」
「それも結婚の楽しみですわ、ツキ様。心行くまでお悩みくださいませ」
かたやドレスのカタログを手に、妹と談笑する婚約者。かたや採寸される俺。どうやら母は、本気で俺にドレスを着せることにしたらしい。
「そうね。でも、どうせならライトに似合うものにしたいの。だって、一生に一度のことでしょう?」
……それは通常、俺が君に向ける言葉では?そんな心の声は、ツキにもガーネットにも届かないらしい。
「やっぱり、ストンとしたシルエットがいいかしら?ふたりともパニエを履いていては腕を組むのが難しくなってしまうし……」
「でも、ツキ様」
カタログを抱き締めるツキに、不意にガーネットが声を落とした。
「すっきりしたシルエットは確かにライト兄様にお似合いになると思いますけれど、それをお選びになった場合、局部をどこに収納するかという問題が出て参りますわ」
「まあ!」
真剣な表情で囁かれた内容に、ツキは顔を真っ赤にして……こら、結婚前のレディが揃って人の股間を凝視するんじゃない!
「お……」
叫びかけた俺の肩をぽんと叩いて、中年の女性仕立て屋は笑顔で尋ねた。
「普段はどちら側にお仕舞いですか?」
この後のことは、もう、思い出すのも語るのも嫌だ。
逃げたのに……いまだかつてなく本気で、王都を飛び出して国境付近の山に籠ったのに、それでも女どもは許してくれなかった。
結婚式の当日、お揃いのドレスを着せられて隣で泣く俺に、ツキは満面の笑顔で「大丈夫よ、この国の常識は他国の非常識だってみんな知ってるから!」と言い放って、俺をエスコートしてヴァージンロードを優雅に歩いた。
ああ、強い奥さんをもらって、俺は幸せだなぁ。あはは……。
お読みいただき、ありがとうございます。
ニムさんちの常識はよその非常識。もちろん、王家以外はちゃんとした結婚式してますよ!