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ふーいずひろいん  作者: 夏野 千尋
一学期
8/9

08問いかけ




 あれから数日がたって、生徒会にもなれてきた。心にざらりと小さな不快感を与えるものもいるが、大したことではない。


 会長は、ひたすら自分の仕事をこなしてあまり私たちを教育しようとしない。指示をするのは副会長だ。


 副会長は、ギリギリまで私たちを酷使するけれど、無茶は言わない。出来ることと出来ないことのギリギリを見極めて仕事を出すから、凄く無茶ぶりをされた気分になる。


 小野寺くんは、自分も仕事があると言うのに、私たちをたまに手助けしてくれる。美少年は性格もいいんだね!


 苛立つのが会計先輩だ。デザートを奢ってくれたのは正直美味しかったのだが、それを引いてマイナスになるぐらいには彼の振る舞いが癪に触っている。

 当たり障りのない笑顔なのは別に良い。出会って数日の人間に素顔をさらけ出そうとしないのは、普通だ。けれど、だからと言って、私たちを他の女の子と同じようにあしらって、役員として役にたてようとしないのは嫌だ。煙に巻くようにして、私たちと話そうともしない。


「………きっと、私と似ているんだよね」


「ん?紅葉、何か言った?」


「ううん、何でもないよ」


 同族嫌悪。

 休み時間。ぽつりと呟いた私は、桜に聞き咎められて誤魔化す。ほら、こういうところだ。

 桜は、会計先輩が私たちを煙に巻くようにして遠ざけていることに気がついていない。きっと。

 私には八方美人というか、事なかれ主義というか、波風立てずにいろいろなことをやり過ごしたいという悪癖がある。愛想は悪いが、特定の誰かの悪口を言うこともなく、誰からも距離を保って中学までを過ごしてきた。だから、私は会計先輩に腹はたつけれど、声に出して非難出来ない。そういうところも会計先輩の振る舞いに通じるところがある。


 またひとつ、ため息をついた私は頬杖をついて、真っ黒な黒板を眺めた。



 ***



 そのまま暫く時は過ぎた。

 昼休みのことだった。桜は小テストの追試で留守にしていた。30点中2点って……むしろどこがあっていたのか。解答を暗記して走っていった。


 私はお昼を適当に済ませて中庭を散策していた。少しずつ暖かくなる季節だ。ついこの間まではカーディガンを買おうか迷っていたのに、今はどうやってこれからを涼しく過ごそうか考えている。

 ぽかぽかとした陽気。

 4月ももうすぐ終わりだが、桜の花はまだ散りきってはいない。その下に一人の男子生徒が立って桜を見上げていた。


 さて、どうしようか。

 会計先輩を見つけてしまいました。


 黒銀の髪に通った鼻筋。さあっと風が吹いて桜の花びらが舞い散り、彼の上着がはためく。ぼんやりとそれを眺めていたら、急に会計先輩がこちらを振り向いた。


「あれ?君…」

「…お疲れ様です」


 とりあえず頭を下げておく。しまった。気がつかれてしまった。よりにもよって会計先輩に。こんなことならさっさと教室戻れば良かったと後悔するが、もう遅いことぐらい知っている。


 会計先輩こと白銀拓巳は、言わずもがな攻略対象者である。たしか狼人間とヴァンパイアのハーフで、俗に言う女たらしだ。人付き合いが良く、愛想の良さは天下一品である。


「紅葉ちゃんか。丁度良いや、一つ答えてほしいことがあるんだけど」

「はぁ…」


 思いの外真剣な顔。私は彼にそんな視線を向けられたことなどないから少し戸惑う。そのせいで曖昧な返事になった私に、先輩は予想外のことを聞いてきた。


「俺の笑った顔って気持ち悪い?」

「……はあ。何故私に?」


 一瞬頭の中がフリーズしたぞ。マジ意味わからん。会計先輩の顔面が気持ち悪かったらこの世の八割は見れた顔じゃない。一瞬でそんなことまで考えてしまった。さすがに世間全体への当たりが強すぎて自分の発想に反省した。


「いや、さっき通りすがりの女の子に言われたんだよ。あなたの笑顔は気持ち悪い、って」

「……」


 どう反応したらいいかわからないのでとりあえず黙る。何その変な人。


「一年生だったみたいだけど知ってる?黒髪ツインテの子なんだけど」

「さあ…うちのクラスではないですね」

「ふ―ん、そっか」


 適当に流しながらも、一人だけ心当たりが浮かんだ。以前見かけた千里葵がそんな髪形だったような気がする。知り合いではないし、無責任なことは言えないが。


 ただ。

 私が前世の記憶を持っているのだから、千里葵も転生者でもおかしくないと思ってしまう。さっきの台詞、アニメで桜が白銀拓巳に言うシーンあったし。若干符合している。

 白銀拓巳は重い生い立ちや幼少時代の経験から、人を信用しておらず、それを隠す笑顔の仮面をつけている、らしい。彼はメインヒーローではなかったし、アダルト担当要員だったので、正直人気投票の順位は高くはなかった。そのため、アニメでの尺も少なめだったのだが、彼の笑顔が作りものだと、アニメのヒロインが指摘するシーンがあった。千里葵が乙女ゲームの知識を持つ転生者で、会計先輩や他の攻略対象と近づきたいと考えたとき、ヒロインのセリフを利用することを思いつく可能性も高い。

 思い返して見れば、彼女は『私』の知っている『千里葵』とは全然違うしなあ…。

 まあ確証も害もないのでそのことは置いておこう。


「で、先ほど先輩がおっしゃったことですが…」


 その子が誰だか分かったら会計先輩が何をするのか。ちょっと分からなくて怖いしさっさと話を戻そう。うやむやにしてしまえ。


「まず、言わせてください」

「うん?」

「初対面で人にそんなケチをつけるような人間は、おかしいです。会計先輩は気にせずに捨て置くのが一番でしょう」


 私の意見を言わせてもらう。千里葵が何を思ってそれを言ったのか、私には推し量ることはできない。だが、初対面の人間に言うにはあまりにも酷い台詞だろう。だが、それだけでは会計先輩の顔は晴れない。

 しかしそんなことを気にする私ではない。言いたいことを言わせてもらおう。


「それに、会計先輩の笑顔は気持ち悪くないと思いますよ。綺麗な作り笑顔です。あそこまで100%作り笑いって凄いと思います。私の無表情並みの強度を誇っています」

「作り笑いって気がついて……」


 気がつきますよ。でも、私は会計先輩と似ているから気がついたのだと思う。どうすれば相手の気分を害さないか。私は表情をあまり変えないがその分自分の感情が漏れ出て相手を不快にさせない面があると思う。あとはアニメの知識って偉大ですよね。


「作り笑顔にも種類があるから基本他人にはバレないのではありませんか?桜も多分気がついていませんし」


 先輩の表情は、私やその他大勢に向けるものは全て作り物。良くそこまで出来るな、と思う。私の無表情はずっと同じで良いから楽なのに。


「……」


 先輩は黙り込んだ。


「私は、なぜだか気がついてしまっただけなんです。だから気にしないで下さい。私は会計先輩の笑顔を気持ち悪いとは思いません。むしろ先輩の態度の方が気に入りませんし」

「俺の、態度が?」

「私は会計先輩の表情なんてどうでも良い」


 目を見開いた会計先輩は素の表情をしているようだった。確かに、これを見たあとにあの作り物の表情を見たら気持ち悪いかもしれないが、大したことではない。


「私は、あなたが私たちを生徒会の一員として認めてくれていないことが嫌。あなたはいつも、私たちに仕事を振ろうとしなければ、教えようともしない。遠回しに拒絶している。自分でようこそって言ったのに。私はあなたの表情なんてどうでも良い。あなたが私達を役員として仕事ができることを信頼してくれれば良い。そこに私情なんていりません。仕事なんだから」


 ぽかんと目を見開いていた会計先輩は、私が口を閉じて暫くしてから表情を変えた。


「紅葉ちゃんは、真面目に仕事をしているんだね、見直したよ」


 遅い。さっさとしてくれればよかったのに。会計先輩は楽しそうに笑んだ。


「待遇に見合ったことをしなくてはならないでしょう?」


 働く人が給料を貰うのと一緒だ。生徒会役員は普通ではあり得ないような特権ばかりだから。


「そうだね。紅葉ちゃんを信頼するね?」


 会計先輩は、心の底から楽しそうだ。私はそれを見ると言わずにはいられなかった。


「はい……。あと、最初のことなのですが、会計先輩の作り笑いは綺麗です。でも、先輩の本当の笑顔を知っている人は寂しいと思います。先輩の本当の表情は素敵です」


 なんか口説いているみたいだが、仕方がない。私は続けた。


「感情を吐露することは、精神の安定に繋がります。心から笑うことは大切です。だから、心から笑うことを忘れなければ、いいのではないでしょうか」


 まあ、常に無表情の私が言うのも何だが。

 正直に色々文句やら思ったところやらを告げたところ、白銀先輩は少し驚いたように目を見開いたあと、声を上げて笑い出した。おなかを抱えて前かがみになっている。正直何を思ったのか分からないが笑いすぎではないだろうか。


「えっと…私笑われるようなこと言いましたっけ」

「…くっ、いや、ごめん。最後を良い感じに纏めるとは思わなかったからね」


 確かに最初の文句から考えると凄く纏まってる。あの一方的な文句から何があったのか。

 ひとしきり笑った会計先輩は、うん、そっか、と呟き、きょとんとしている私の横をすり抜けていった。


「君はとてもおもしろい子だね、紅葉ちゃん」


先輩は非常にいい声をしていた。あと囁き方がシチュエーションボイスっぽくて色っぽくていいですね。ちなみに私はシチュエーションCDも苦手だった。のんびり喋ってないで活字にしてくれたら一瞬で読み終われるのに…と。妹が聞いているのをスマホか何かいじりながら横目で見ているぐらいの経験しかない。


「じゃ、またあとで。あ、あと、俺のことはちゃんと白銀先輩って呼んでよ!拓巳先輩でも良いよー」


 はっと後ろを振り返ると会計先輩はいつもの飄々とした態度で、ひらひらと手を振って去っていった。あとに残された私は、立ち尽くす。態度が急に軟化したし、まさかの拓巳先輩呼び。呼ばないが。


「何なのさ、あれ…」


 頑張って半目で先輩の後姿を眺めるが、じわじわと朱が上ってくるのを隠すように俯いた。

 会計先輩が私に背を向けた後、本心からの笑みを見せていたことなんて、知らない。






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