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ふーいずひろいん  作者: 夏野 千尋
一学期
7/9

07初仕事




 やって参りました生徒会。今日は初めての活動です。正直緊張しているけれど、隣の桜のほうが緊張しているので少し気持ちが楽になる。


「失礼します」


 ドアをノックすれば、昨日と同じく「入れ」と声がした。


「失礼します。………今日からよろしくお願いします」

「あ、よろしくお願いしますっ」


 入ったところで挨拶をすれば、私に倣って桜もペコリとお辞儀をした。気合いを入れるためにさっき結っていた、ポニーテールの尻尾が揺れて可愛い。


「ああ。よろしく頼む」

「はい。こき使いますよ?」

「あ、次から別に断り入れないで入って大丈夫だからね。おんなじ役員なんだから」


 会長がにやりとあくどい笑みを浮かべ、副会長も眼鏡を光らせている。怯えさせないようにか柔らかな笑顔を浮かべた会計先輩がフォローをするが、桜は会長への反骨心からかより一層やる気を出しているのでフォローの必要はなかったように思える。


「それで、今日は何をすれば?」


そういえば、副会長がこれをどうぞ、とプリントの山を私と桜に半分ずつ渡してくる。ずしんと腕に乗った重みに思わずたたらを踏む。


「これ、何ですか?」


桜が副会長に聞いた。


「これはですね……まあ、いわゆる洗礼でしょうか?今日のあなたたちの仕事です」


 周囲をちょっと見れば、小野寺くんと会計先輩が気の毒そうな顔をしていた。会長はにやにやと楽しそうな顔である。


「あなたたちの仕事は、この書類を書いてある先生方にお渡しすることです。手渡ししてきてくださいね」

「全校職員分あるから……100枚程度、か。まあ頑張れ」

「……新役員は皆この道を通るから、ね?大丈夫、一日でできるよ」


 激励の言葉を受けるが、逆に頬はひきつるばかりである。今日中にやれと?優しそうな顔をしてスパルタなことを言う。


「え………。あ、小野寺くんは?おんなじ一年生じゃないですか!」


 私と同様に呆然としていた桜は早々に立ち直って、同じ一年生の小野寺君を巻き込もうとした。だが。


「あ……僕はもうやったから……」

「小野寺君は内部生だから」


 私が窘めるまえに小野寺君が答える。


「がんばって」と優しく笑う姿は、流石攻略対象者である。儚げな美少年!だが正直道連れにできなかった悔しさのほうを感じる。


 早めに手を付けなければ終わらないだろう。諦めた桜と私はじゃあ、行ってきますね、と整理した書類を小分けにして一束抱えた。しかし、会計先輩に呼び止められる。


「紅葉ちゃん、生徒会のバッジ、つけ忘れているよ。俺の貸してあげる」

「え?あの……」


 生徒会バッチとは、学生バッチとは別に、生徒会の役員だけが持っているピンバッチのことである。まさにこの学園の特権階級の象徴のようなものである。乙女ゲーム内では、これを身に着けることによってさまざまなやっかみを受けることになっていたので、身に着けたくない、と悪あがきをしていたのだ。

しかし目敏い会計先輩に注意を受けてしまった。仕方がなく、荷物を置いてポケットから取り出そうとするが、その前に、会計先輩は私の方に屈み込んで、セーラー服の襟にバッジを着けた。


 顔が!顔が近い!


 声をあげようとしたが、あまりに距離が近くて息が止まりそうだ。会計先輩がバッジをつけ終えるまで硬直していたが、それまでに私は必死に動揺を押し隠した。


 落ち着けー落ち着けー。


「はい。できたよ。うん、よく似合ってるね」


 私はじとっと会計先輩を見た。


「今日からタラシ先輩とお呼びしても?」

「え?なんで?」

「………ご自分に聞いてください」


 タラシ先輩は冗談だが、凄く腹が立った。綺麗すぎて非常に緊張するし、正直寿命が数年縮んだ気すらする。

 流石に誰も怒らなかった。むしろ、タラシ先輩もとい会計先輩が注意されていた。わかる。ほぼ初対面の女子にその振る舞いはよろしくない。


 私の緊張から来る不機嫌に気づいたのだろう。会計先輩は平謝りで、後で私と桜にカフェテリアのデザートセットを奢ってくれたので許した。あとこの話を蒸し返されると私が美形の顔面に弱いのが露呈するので、早く終わらせてしまいたかったのも理由の一つである。今まで意識したことがなかったのだが、どうやら私は美形に弱いらしい。確かに桜の上目遣いには抗えなかったしな…と自分の弱点を見つけてしまったことに少し落ち込んだ。




 その後の私と桜の仕事は主に雑用だった。副会長に教わりながら、コピーや届け物で校内をバタバタと移動する。クラスメイトは外部生である私と桜が生徒会役員に選ばれたことを応援してくれているが、正直外部生ではない大多数からの風当たりは強いように感じている。

 生徒会バッジをつけている時にそれを如実に感じる。視線が痛いのだ。生徒会メンバーは、乙女ゲームの攻略対象だからか非常に顔がよい。ついでに異種族の血を持っているからか、ある種のカリスマ性も持ち合わせている。言うまでもなく小学生のころから学校中で絶大な人気を誇っていただろう。しかし彼等の聖域ともいえる生徒会には誰も入ることができなかった。そんなところにぽっと出の外部生の女子2名が入ったとなると、どうしても嫉妬や羨望を抑えきれないのだ。

 私は一応入試一位の成績を誇っているからか面と向かって何かを言われたことはないのだが、正直視線はちくちくしている。桜はスポーツ推薦だが、今のところ大会もなく、大きな功績もない分、目を付けられやすいのだろう。


「桜、生徒会の仕事も終わったし、バッジは外しちゃおうか」

「なんで?先輩たちはいつもつけてるし、わたしたちもつけっぱなしのほうが良いんじゃない?」


 桜の純粋な質問に心が痛くなる。あなたがただの女の子だから、歓迎パーティーの時のようなことを避けるためにバッジを外せといわなければならないのか。

 正直私たちに非はないのに、まるで自ら罪を認めているみたいに。

 いや、でも…アニメで見た、悪役令嬢的なライバルキャラにいじめられて、狭い倉庫に閉じ込められてしまう桜の姿を思い出す。心を鬼にして言おう。


「私たち、この学校の女子にすごく嫉妬されてるのは桜も気づいてると思う。新歓パーティーで、ちょっと会長と話しただけなのにあんなに突っかかられたから、きっと、バッジをしてたら余計に狙われちゃうよ」


ゆっくりと真剣に、だが怯えさせないような響きを心掛けて桜に告げる。桜は、いつもにこにこしている表情を真剣なものに変えて、押し黙った。


「だからさ、生徒会の仕事をしていないうちは、バッジをつけないほうが良いと思うの。だって、狙ってくださいって言っているようなものだから」


 納得してくれるだろうか。桜を傷つけてはいまいか。そう思いながら桜の表情を伺えば、桜は静かに反論した。


「…紅葉が、わたしのことを思って言ってくれているのはわかるけど、それっておかしいと思う。」


 考えながら、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。


「わたしたちは悪いことをしていないし、そんな風にこそこそしている方が変だよ。まるで悪いことしてるみたい。それに、生徒会のみんなのことを好きな人たちに、生徒会の仕事を真面目にやってるんだって納得してもらうためにも、生徒会役員らしく、いつでも仕事ができるんだって言うことを見せるために、私はバッジをつけたいよ」

「でも、新歓パーティーよりひどいことをされるかもしれないのに?」

「大丈夫だよ。わたし、陸上部だから。足も速いし、なんかあったら走って逃げるから。紅葉のことだって、助けてあげるよ」

「…私も、足はそこそこ速いから、大丈夫」


 桜は生徒会の仕事に真摯に向き合っているな、と少々反省する。内申上がるのラッキーだな位にしか思っていなかったし、正直桜の添え物程度なのだから、時間外に生徒会役員としてなど考えたこともなかった。


 これは私の完敗だ。仕方がない。桜の言葉を聞いて、私は外していたバッジを襟に着けなおす。


「あ、でも、紅葉、これはわたしの意見だから、紅葉はつけなくても大丈夫だよ?」

「ううん、私も決めたから」


 桜1人がバッジをつけているより、私もつけていた方が、何かと面倒も減るだろう。そう思いながら付け直す。


「桜、生徒会の仕事、一緒に頑張ろうね」


 桜は笑って頷いた。





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