02既視感
美しい世界だった。イラストもBGMもストーリーも私好みで、シリアスとギャグと恋愛とアクションを3対4対0対2ぐらいに配分してくれていた………っていうのは冗談で。
実際かなり私の好みの乙女ゲームだったが、プレイしたことはない。なぜよく知っているのかというと、親友と妹がこのゲームにド嵌まりしていたため、朝から晩までこのゲームの良さを語られることもざらにあったのである。やってみたら良い、と勧められるのは、断っていたが。
だってゲームっていちいちボタン押して進めるし?ちまちまちまちました作業ゲーになることは解りきっていた。あとは静かな部屋で、キャラクターの声が私に呼び掛けてくるのがいたたまれなくなって、せっかくの音声をオフにする自信がある。
そんな私にアニメ化はメシアであった。原作ほどの重厚さはなかったが、力の入った作画にオープニングエンディング。理解の足りない部分はノベライズで補ったし、スチルは妹のフルコンしたやつを見せてもらっていた。
……あそこまで嵌まるならプレイできたんじゃないかと、今なら思う。
そう。この世界は乙女ゲーム。世の中には自分を主人公に投影する女の子もいると思うが、『私』の回りには主人公とイケメンキャラのカップリングを楽しむ人しかいなかった。多分大分平和な部類だろう。ついでにベーコンレタスなカップリングをすることもなかった。主人公厨だったのかもしれない……。
取り合えずこの場面は乙女ゲームにあったから、乙女ゲームの世界といって間違いないだろう。
桜が咲き誇る入学式。ヒロインは、新しい生活への期待を胸に入学式へ向かう。春は少し風邪が強い。ひときわ強い風が吹いて、桜が舞う。
桜吹雪に目を眩ませたヒロインが、たたらを踏んでふらつくと、腕を支えてくれた支えてくれた青年。振り返って見上げた顔は、どこか見覚えがある———。
タイトルは………何だったか。君と僕らの世界を繋げるADGみたいなジャンルだったのはわかるんだけど、思い出せない。
思い出せないが、思い出さない方が良いことなのだろうと思う。私はこの世界で生きている。ゲームで遊んでいるわけではないのだ。この世界に名前をつけて、その乙女ゲームの世界だと思えば、きっと私は私でいられなくなってしまう。前世の自分と私が別人であるように、この世界とゲームは違うのだ。
やっとそんなことを考えられるぐらい落ち着いた。
まだまだ、生徒会長のお話は終わらない。
多少の混乱はあるが、割合私は冷静のようで少し安心する。
安堵の息をついて、私は視線を手元に落とした。膝の上に揃えられた手と、案内の小冊子が目に入る。
少し整理しよう。
ここが『私』の知っている乙女ゲームの世界であるのなら、講演台の生徒会長は俺様キャラでメインヒーローのはずだ。うん。正当派イケメンだ。色彩が金髪赤目ってあたりが少々悪役っぽくもあるけれど。
そしてそんな奇妙な記憶を持っている私は、前世の記憶を持っている。
高校卒業と大学在学の記憶はあるので、多分社会人か大学生ぐらいだったと思う。いつ死んだのか、という記憶はないし、唐突に記憶が途切れた、というわけでもない。いつ死んだのか、どうやって死んだのかはよくわからないけど、今私がここにいるのだから、多分死んだんだろう。
5歳の時、事故に遭った衝撃で前世を思い出した。
それにしても、ここが乙女ゲームの世界だったとは驚きだ。いろいろ違いがあるので、前世の『私』が生まれ育った所ではないだろうな、とは思っていたけれど、こんなネット小説じみた展開だったなんて。
カラフルな頭の日本人が多いことに疑問を持つべきだったと反省はするけれど、赤青黄緑紫銀、おおよそ『私』の常識ではあり得ないような色が蔓延っている世界は、私の常識だ。
しかし私も銀髪なのだ。周りが何色だろうと気にならない色ではないか。
―――うん。仕方がない。私が気づかなかったのに、私の責任はないな。
一人内心で自分の責任を放棄し、気を取り直して顔生徒会長を見上げた。
黄金のような煌めく金髪に、強い光を放つ赤色の瞳。
白皙と相俟って幼い頃はさぞや中性的な美少年だったろうと思われる。現在は男前なのだが、なんとなくその片鱗を感じる。
すごく、威圧感と迫力がある、正統派な男前だ。つい見惚れてしまう。
生徒会の面子は皆攻略キャラクターで、風紀委員にもいた筈だ。 メインヒーロー生徒会長はその名に恥じない美形だったけれど、他のキャラクターは実際どうなのかすごく気になる。
今まで、乙女ゲームの世界に転生したと思い至れなかったのか。私だって親友や妹に負けず劣らぬヲタクだったはずなのに……!二次創作でさんざん読んだ展開なのに…。悔しいが、正直仕方がないと諦めもしている。
私自身ゲームに出てこないキャラクターだったし、周囲にもキャラクターがいなかったのだから。
つまり、私は所謂モブなのだ。
この世界が乙女ゲームの世界なのか確認しようだなんてことはやめておこう。攻略対象との接触も以ての外である。藪蛇どころか、蛇より恐ろしい吸血鬼や妖怪が出てきてしまう。
目立たないようにしなければ。目立つのは、所謂メインキャラだ。出しゃばって未来をぶち壊すのは本意ではない。
俯いて軽く息をつき、私は少し落ち着いた。再び顔をあげれば、生徒会長が挨拶を終えるところだった。
『次、新入生代表挨拶。神薙 紅葉』
アナウンスが響く。私はやってしまったと心から思った。
私は新入生総代で、つまり、入試成績学年一位じゃないか。これは、かなーり、目立っている……。そして、出しゃばってもいるんだな、これが。
ああ、前途多難だ。
***
なんとか挨拶はやりきった。動揺して失敗すれば、逆にインパクトを与える。それは嫌だ。あと普通にこんな晴れ舞台で失敗したくない。
席に戻って、校長、理事長の挨拶を聞き流しつつ、周囲を伺う。
流石お金持ち学校だ。育ちが良いのか皆姿勢もいい。なんとなく、私が今まで見てきた、クラスのお金持ちの子、レベルは軽く凌駕しているのを感じる。お父さんが銀行員、レベルじゃなくて、お祖父様が有名政治家、お母様は元華族みたいな感じかな。いろいろ邪推してみる。
俄然学校生活が楽しみになってきた。だって、超庶民の私からしたら、お嬢様とかファンタジーだし、乙女ゲームに転生しているならそんなファンタジーも現実にありそう。
私のクラスは外部生クラスだから、ヒロインズと同じクラスの可能性がある。数クラスに分けられてはいるけれど、外部生は一般入試で入ってきた子も、特待生も、十把ひとからげにまとめられている。内部進学の生徒とは、少し遠いかもしれない。それも一年生の間だけで、多分内部生より人数の少ない外部生が浮いてしまわないように、という配慮があるのだろう。
ヒロインズ……記憶は朧気だが、非常に可愛かった。元気系と大人しい系のダブルヒロイン制だったのである。二人は寮の同室の友人で、対照的なわりに仲が良いのだ。
ある界隈ではなぜ百合ルートがないのか!と叫ばれるぐらいには麗しい友情だった。
前世の愛読書は少女漫画と少女ラノベ。つまりコッテコテの恋愛が大好物だった。現世ではそこまでではないのだが、少し気になる。
ヒロインの恋愛見てみたい。
けれど、仕方がない。
生身の人間である以上、それは覗きだし、無遠慮な詮索になる。あまりにも失礼だし、さっきのでしゃばらない関わらないという決意に反している。
今後の方針を再度固めたところで、入学式は終了した。教室まで担任の後をついて歩いていれば、私と同じぐらいの身長の女の子に話しかけられた。栗色の長めの髪に、桜の飾りをつけている。人懐っこそうな美少女だ。
「ねえ。神薙さん、だよね?」
「そうだよ。同じクラス、一年よろしくお願いします」
声もかわいい。モブまで可愛いとかさすが乙女ゲーム。手抜きはしないのか。
「うん!よろしく!さっき新入生総代の挨拶してたよね?すごいね。カッコ良かったよ!」
「ありがとう」
さらっと流すけれど、純粋な称賛に嬉しくなる。にやつかないように気を引き締めた。
私の表情筋はあまり仕事をしないため、気にする必要はないかもしれない。
「わたし、結姫 桜。仲良くしてね」
「こちらこそ。知ってると思うけど、神薙 紅葉。もみじじゃなくて、くれはだよ。分かりにくいけどよろしくね」
ホームルームでは、担任の自己紹介の他、この学校の設備や基本事項の説明を受けた。 この学園は小中高一貫校のマンモス校だ。なぜ大学がついていないのか甚だ疑問だが、学園は「井の中の蛙にならないため」のようなことを言っているらしい。
やんごとなき令嬢令息も通っているが、中高で外部から生徒をとっているため、庶民も一定数いる。
外部生、といっても、成績以外に何事かに突出した生徒がいるのなら、その生徒も特待生として受け入れている。だから、外部生が皆学力が高いかと言われれば、そうでなかったりもする。
私は成績特待生として入学した。特待生枠は至れり尽くせりの待遇である。金銭面の補助が素晴らしく、貯金を切り崩して生活していた私には本当にありがたかった。 幸い前世を思い出して勉強が有利だったこともあり、首席合格だった。しかし今世の脳はすばらしい。吸収活用がうまくいくので勉強が好きになった。
明日からはしっかり授業があるが、今日は昼過ぎには下校である。
生徒は皆寮生活を義務付けられている。
私は寮に行くのは初めてだ。荷物はもう届いているらしい。
入学式を見に来てくれた保護者と昼食をとって、彼の帰宅を見送ってから、寮に向かう。
寮は綺麗だし、広かった。好感度が高い。
二人で一部屋で、もうひとりは既に部屋にいるときいたので、ノックをしてから鍵を開けた。ぱたぱたと軽い足音がして、奥の部屋から少女が出てきた。
「あ、神薙さん?どうしたの?」
「私、この部屋みたい。よろしく」
「神薙さんと一緒なんだ。うれしいよー!」
入って入ってと部屋に引き入れられる。同じ家具が、線対称に配置されている。既に片側は彼女が使っているのだろう。女の子らしく可愛い雰囲気になっている。彼女のスペースを見ていると、少し申し訳なさそうに告げられた。
「あ、そっち側使ってもらえるかな?ごめんね、勝手に決めちゃって」
「ううん、大丈夫。私は寮に来たの初めてだし」
私側は何も置かれていない、殺風景だ。事前に郵送していた大小のトランクがあわせて三つと、今日の朝持ってきて事務所の方に預けておいたキャリーバッグが置いてあった。
勉強机として置いてある机の椅子に腰掛けて、私は部屋を見渡した。ぼーっと結姫さんを見ていたら、結姫さんが私に笑いかけた。
「改めて自己紹介するね!わたしは結姫 桜。桜って呼んでね。折角同じ部屋になったから、仲良くしてくれたら嬉しいです」
はにかみながら桜はそう言った。そのあとあわてて付け足す。
「わたし、スポーツ特待生で頭わるいから、迷惑かけるかも…。最初に謝っておくね…!」
仕草が可愛らしくて笑ってしまいそうになる。
「うん。私も紅葉で良いよ。よろしく。あと、スポーツ推薦はすごいと思う。大変かもしれないけど頑張れ」
そして、ふと、デジャヴを感じた。
なんか、知ってるぞ、この子。
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思い出した。 この子、主人公だわ。