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07話.[分かりましたよ]

 土曜日、現在時刻は午前十時。

 予定通りであれば佐藤とあのふたりは出かけていることだろう。

 俺はそんな時間にのんびりと起きて最高の休日ってやつを過ごそうとした。


「おそよう」

「おはよう、なんか母さんと話すのも久しぶりな感じがするな」

「しょうがないわよ、だってあなたが帰ってくるくらいから仕事に行くんだもの」

「そうか」


 会話こそ少ないが仲が悪いということは一切ない。

 しかしたまにはなにかを手伝うべきかと思って風呂掃除でもすることにした。


「ゴシゴシゴシーっとなー」


 唐突だが父はいない、物心ついた頃には既にいなかったからなにも分からない。

 顔も声も性格も、そもそも聞こうとしなかったためこの先一生分からないままだ。

 けどいない人のことを考えても仕方ないので、それでもいいと考えている。


「風呂掃除やってきたぞ」

「ありがとう」

「あ、肩揉んでやろうか?」

「そう? それなら頼もうかしら」


 絶妙な力加減を目指して揉んでいると相当疲れてるなとそれだけで分かった。


「母さん、ひとりで育てるって大変か?」

「まあね、けれど苦ではないわよ、自分の子どもが元気でいてくれるだけで私は十分だもの」

「再婚とかは?」


 母は首を振って「必要ないわ」と言う。

 強がっているようには見えなくて、こちらは「そうか」としか言えなかった。


「大学に行きたかったら言いなさい」

「いや、卒業したらすぐに働くつもりだから」


 特に夢があるというわけでもないし、無難なところに就職して早く稼ぎたい。

 それで少しずつでも返していく、だからって別に出ていくわけでもないが。


「そう。ふぅ、もういいわ、ありがとう」

「おう、これくらいしかしてやれないからな」


 部屋に戻ってベッドでスマホを見たら通知がきていることに気づいて確認――送り主は遊で『優羽がいない!』というものだったが……、


「出かけるって言ってただろ……」


 鳥頭というか認めたくないだけなのか、そんなボケをかましてくれている。

『佐藤と出かけてるだけだろ』と返したらすぐに電話がかかってきた。


「だから佐藤と――」

「大田、いまどこにいる?」


 こちらは遊の気にしている姉の優羽の方だった、本当に紛らわしい名前をしていると思う。


「どこって家だけど?」

「あんたなにやってんのよ、大遅刻よ大遅刻!」

「俺は行かないって言っただろ?」

「佐藤があんたを待ってるの、いいから早く私の家に来て」

「だったら遊を連れてってやってくれ」

「これは命令よ、いつでも使っていいのよね?」

「……分かりましたよ」


 さらば俺の休日、さらば俺の最高の時間。

 特に着替えることもなく新田家に行くと外で四人が待っていた。

 結局遊も行くようで、俺はなんのために来たんだ? と思わずにはいられない。


「遅いぞ大田」

「俺は行かないと言ったはずなんだがな?」

「まあまあ、早く行こう」


 聞いちゃいねえ、俺に対しては微塵も配慮とか優しさとかねえなこいつ。

 兎にも角にも、俺らは商業施設へと移動する。

 佐藤の左には優羽、右には向坂、優羽の後ろに遊というハーレムが早速できあがっている。

 俺は混ざりたくもないため一メートルくらい後ろを歩いて付いていく。


「そういえばなんで商業施設なの?」

「カップル限定グッズが欲しいからなんだ」

「「えっ!?」」


 そりゃ驚くわな。

 そういうのは普通女子が特定の男子に「勘違いしないでよね」なんて言って頼むものだ。

 イケメン野郎が頼むのは絶対的に違う。


「私に頼んだ理由ってなに?」

「あー……」

「なによ、はっきり言いなさいよ」

「ほら、新田は小さいだろ? だから恋人に見えないかな――ぐはっ」

「余計なお世話よ!」


 ニコニコしながら聞いてるあいつはどんな気持ちなんだろうな。

 姉を馬鹿にされて怒っているのか、それとも微笑ましいのか、それが分からない。


「よ、よし、着いたな、それなら行こうか」

「話を誤魔化すんじゃないわよ」

「か、かわりになにか買ってやるから」

「物を買えばいいと思わないことね」


 複雑な乙女心が良しとしないんだろう、が、入り口でこんなやり取りを延々としていたところで疲れるだけだ。

 だから用もないのに先に中へと入り、適当に歩くことにした。

 俺が呼ばれたのだって本当に余計な話ってもんだ。


「大田」

「なんだ?」

「あんたが相手になりなさいよ」

「俺が? やめておいた方がいいぞ、後から絶望的な気分になるからな」

「いいから、命令ね」

「ま、お前がいいならいいけどさ」


 で、店内に入って注文を済ましてから分かったことがある。


「これをふたりで飲めっていうのか?」


 量的には大したことない、恐らく市販のペッドボトルよりは容量が少ないだろう。

 しかし、そうしかしだ、何故かストローが二本さしてあり、透き通った緑色の液体の向こうに同じようにして覗き込んでいた彼女の顔が見えた。

 しかも、


「私の目の前で飲みきらないと、グッズは獲得できませんよぉ?」


 店員による監視つき、しかも女性。

 無愛想な男店員に監視されるよりはマシだが、これはなんとも気恥ずかしい。


「飲むわよ」

「お、おう」


 なんか余計な仕様になっておりストローを咥えるとどうしたって顔が近くなる。

 おまけに「ひゅーひゅー、最高ですねー」なんて店員が言うもんだからかあと顔が熱くなった。

 だがここは男、なにより優羽が超真剣な顔で飲んでるのに飲まないなんてできるわけがない。

 もういっそのこと全てを飲んでしまうくらいには吸って吸って吸って、この地獄の時間を終わらせた。


「おめでとうございます! はい、これが商品となります」

「「なにこれ」」

「最近人気のフロッグちゃんの当店限定ぬいぐるみですね! うーん、可愛い!」

「「はぁ」」


 恥ずかしい思いをして獲得したのがこれ、うーん、消えたい。

 というかこれがどうしてカップル限定グッズなのかと思ったら、俺の方には色違いのフロッグ君? が渡された。


「メロンソーダって美味しいわよね」

「おい、現実逃避するな。つかさ、なんでお前も意地になってこんなことを? 佐藤とできないのなら意味ないことだろ?」

「グッズがどんなのか分からなかったけど、あげたかったのよ」

「いや、向こうであいつらもやっているんだけど? 遊はひとりで涙を流して飲んでいるが」


 あれが本当の涙を呑むってやつか――いや、泣いてるから違うけども。


「佐藤を喜ばせたかったのっ!」

「あーはいはい、分かりましたよ」

「なんで背が小さいからって理由で選ばれないのよ……」


 あー面倒くせえ。

 俺は向こうでのんびりとしていた遊を手招きする、彼女はストローを口に咥えたままこちらにやってきた。


「ふぉうしぃてゃの?」

「こいつの相手を頼む、あ、金はここに置いておくからこれで払ってくれ、俺は適当に見てくるから」

「えー、空気の読めない人だなぁ」

「逆だ逆、こいつらが空気読めないんだよ、佐藤と出かけたいのなら自由にお前らだけでしておけってんだ」


 今日ほどなにやってんだかと思った日はない。

 気になる男を喜ばせるために利用され、おまけに愚痴を聞かされる?

 あのことがあるから来たが、もしそれがないのなら絶対に来ていないぞ俺は。


「待ってよ紘人君」

「そうか、俺らは関係ない組だもんな」

「うん、優羽も佐藤君の前では緊張しなくなったしね」


 彼女は両手を後ろで組みながら「今度は別の問題が出てきたわけだけど」と重ねたきた。


「どうやら佐藤君は向坂さんの方がいいのかもね」

「向坂が優羽を誘ってなかったらこんなことにならなかったんだがな」

「どういうつもりなんだろうね」

「分からん、幼馴染でも分からないことだらけだ」


 少なくとも諦めているということはないだろう。

 もしそうなら彼女の方から断るはず――ただ、それを選択した場合の佐藤はどういう選択をしたのかが気になる。

 そこで必死に誘えばやはり向坂有利とはっきり分かるからだ。

 ま、カップル限定グッズ目当てだと分かっていたら結局どっこいどっこいだとは思うが。


「だけどあれだな、ああいうの見てると優羽を応援したくなる」

「そういうのは駄目」

「そうか」


 となるとやはり佐藤のために動いている時のあいつには近づきたくないな、そういう意味で使われるのは複雑だし気を遣わなければならないしで面倒くさい。


「というかさっきのよくやったね、なんでもかんでも受け入れなくていいんだよ?」

「いや、俺を自由に使っていいって言っちまったんだよ、だから命令って言われると従うしかなくてな」

「むふふ、美少女に使われて嬉しいかい?」

「ま、俺は背が小さいとかそういうのは気にしないけどな」


 好きになれば割り切るというかそういう部分も含めて気に入るはずだ。


「じゃあ紘人君がもらってあげればいいじゃん」

「無理だろそんなの、隕石が降ってくる可能性より低いぞ」

「宝くじの一等が当たるよりも?」

「ああ」


 おまけに石上から何故か睨まれるからできるだけ避けたい。

 そこまで考えてそういえばあの時石上はいなかったということに気づく、それを説明していないから問題が起こるのか、と。


「ま、いまはいいか、ゲームセンターにでも行こうよ」

「いいぞ、行くか」


 遊はUFOキャッチャーを、俺は適当にレースゲームを選択。


「あれ、大田じゃん」

「成宮か、なんか久しぶりだな」

「そうだな」


 こいつは相変わらず派手な奴だ、レースは始まっているというのに何故だかじっと見てしまった。


「唐突なんだけどさ、向坂先輩を説得してくれよ」

「辞めさせられたこと、根に持ってんのか?」

「当たり前だ、なんでなにもしてないのに強制退部させられなきゃいけないんだって話だろ」


 ま、俺も似たようなことでうるさく三宅先生から言われたわけだしな、気持ちは大変よく分かる。


「お前の場合はなにもしていないことが問題なんじゃないのか? どうせまたサボったりしてたんだろ」

「頼む、今度は真面目にやるからさ」

「いまはどこに所属しているんだ?」

「まだどこにも入ってない、担任にもうるさく言われてるんだ」


 そもそも俺らが自由に入ったり辞めることができる時点でおかしいんだがな。


「分かった、だが上手くいかなくても文句を――」

「その話、聞かせてもらった!」


 成宮が「だ、誰だ!?」と驚いていた。

 彼女にも慣れていないとこれからあの部活で残り続けられないぞ成宮と、こちらはなんか先輩みたいな気分だった、先輩だが。


「君は成宮青二君だね? して、掃除部に戻りたいと?」

「あ、ああ」

「でもね、いまは向坂さんだけじゃ駄目なんだよ、僕の姉も説得しなければ不可能なのさっ」

「な、なんでだ?」

「ふたつの部活が組み合わさったんだ」


 あまり部活らしくない部同士ではあるが一応教師達も認めているわけだし胸を張ればいいだろう。


「向坂さんより手強いよぉ? それでもやるのぉ?」

「やる、そうしないといまから他の部活にってのは無理だから」

「うーん、おすすめしないけどなあ」

「やっぱり見た目とか性格のせいか?」


 なんとなく聞いてみると彼女が首を振る。


「いや? あのさ、君って女の子がいるから入ってこようとしてるんでしょ?」

「…………」


 そこで沈黙するなよ成宮よ、ここまで分かりやすくはっきりとするのは分かりづらい人間よりはマシだがな。


「そういうのって女の子には丸分かりだから気をつけないとやばいよ?」

「別にそれだけじゃないし……」

「あとね、敬語を使えないのはもっと駄目だよ、年上だからって偉ぶるわけじゃないけどさ」

「……敬語に戻したら戻れますか?」

「結局はあのふたりを納得させなければならないけどね、あとは石上ちゃんかー」

「……本当のところを言うと、石上さんを怖がらせたから辞めさせられたんです」


 ありゃ、意外と素直に敬語に戻した上に至って真面目な感じがする。

 これはあれか、不良がちょっといいことをすると素晴らしく見える心理だ。


「実は俺、異性の友達ができたことないんですよ。だから掃除部ってなんだろうとは思いつつも、可愛い先輩がいて、ついでに言えば同級生が入るって聞いたから自分も入ることにしたんです」

「逆効果なんじゃないのか? そういう真面目な感じでいけばどんどんできるだろ」

「普通に話そうとすると緊張してしまって……、ついでに言えば対男子でも同じような感じで……」


 おいおい、外見とかこれまでのは強がっていたということかよ。


「分かった、とりあえず向坂と優羽に言ってみるわ、今日はここに来てるからな」

「石上さんは……」

「残念だけど来てないな。でもお前やめておけよ? 向坂や優羽を狙ったって彼女になってくれる可能性は隕石が降ってくるよりも低いからな」

「あくまで友達になってくれれば十分ですから」

「そうかい」


 俺のところは良くない偽善感が出てきて説得してやりたいと思ったものの、遊の方は難しい顔で俺らを見てきているだけだった。

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